十三

「世話になった」

「…おぬし、これで役目が終わったなどと言い出すなよ?」

供養の壇を終え、山を降りて道を急ぐ路程に戻る途中。

 氏政が云うのに、慌てて家康が振り返る。

それをあきれた黒瞳で氏政がみる。

「少しは有難いと感謝をしておるのだが?」

「…――すまん、あきれておるか?」

山道を歩きながら、黒の法衣に身を寄せて、手を氏政の耳許にかざすようにして云う家康に。

「無論だ。もっと落ち着かぬか」

「…まあ、――すまぬ。…それと、な、寺を造るなら何処が良い。あとは、でなくば供養を頼める僧はおるか」

困ったように視線を空に向け、歩きながら云う家康に氏政が見直す。

「…すまぬ」

「いや、…供養はするものだ。おぬしが治めておれば、当然したろう」

「うかつな話を外でせぬが良いぞ?…村に御坊がおる。戦で亡くなっておらねば、まかせられよう。…堂は破却されたときいた。塔頭が残る跡が、村の外れにあるはずじゃ」

低い声ですらすらと寺と僧の名を告げる氏政に。

 少しばかりつまるようにして息を呑み、泣くのを堪えて家康が空を睨む。

「…前を見て歩け」

「ひどいぞ、…おぬしな」

難しく眉を寄せて、家康が泣きそうになるのを堪えながら一応は前を向く。それに、淡々と。

「こけてはみっとも無いぞ」

「…――きさまな」

複雑な面持ちで家康が唸る。民のことを知り、この小さな村の寺と僧の名さえ覚えている氏政に感嘆とこの主を無くした民の悲劇と、落された命、それらの民を想う氏政の心と。

 それらに泣かされそうになりながらいる家康に、淡々と水を注す氏政に。

「こけん!」

「なら、前をみよ」

淡々と黒衣の法衣で云う氏政の隣で唸る家康である。



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