一夜  嵐玉 6

 それでは、お話しますけど、そう明るい陽射しの下でみますと、すべてが何ですか、悪戯じみて、どうにも出来損ないの絵画のようでしたよ。

 廊下に斃れている遺体の周りは、赤黒いねえ、血の飛散ったさまでしょう?それから廊下に硝子が飛散っていて。散乱した硝子に、日が反射してそれは綺麗でしたね。

 さらに、白い髪をした遺体が、白い紐で支えられて天井から吊られてテーブルに立ってるなんて。明るい日に、眺めますとね、どうにも戯画化した、なんだか本物じゃないみたいな、悪いいたずらめいた感じがいたしましたよ。

 それに、どこか滑稽なのですね。

 ああ、もちろん玄関先の遺体もありました。あれもねえ、首がとれていたりするでしょう。するとね、人間って、首があるとないとでは、随分別物に見えるのですよねえ。おそろしいには違いないはずですのに、それだけのことで現実味を失ってしまうんですよ、遺体であることには違いありませんのにね。もしかしたら、現実味を感じるのがあんまりにもおそろしいからかもしれませんけど。まるで、転がっている玩具のように見えましたよ。

 すべてが、どこかしら、現実味の無いねえ。けれど、どうしても違いますねえ。残念なことに、本物でした。嘘のようにみえるのですけどね。ああしたときは、本物の方が嘘くさいもの何ですねえ。

 ぼくは担当になった警部さんとかにお話をして、前の晩に迷い込みました経緯とかですねえ。いろいろとお話いたしました。

 そう、それで、あとは家に帰りました。

 ああ、ぼくが解決したのでしょうって?そんなことを憶えていてくれたのですか?うれしいですね。ですけど、実際解決したといいましても、帰る前に、すこしお話をしただけです。ええ、多分あの晩に何がありましたかということを推測で。

 それだけですよ。

 え、犯人は誰でしたのですって?

それは簡単ですよ。ああそう、ぼくがそういったときに、あの警部さんもおんなじような顔をされましたっけねえ。でも、見ればわかることですよ。犯人は、あの、最後に転がっていた遺体の方でした。

どうしてわかるのか、ですって?

簡単ですよ。

ぼくはそれから家に帰りました。休暇を取っている処に、連絡がありましたよ。そう手間なことでもなかったのですね。結構早かったことをおぼえています。

何の連絡ですって?ええ、ぼくの推測が当っていたという連絡でしたよ。ほら、ぼくが懐に仕舞った拳銃をおぼえています?あれ、もちろんぼくはお渡ししたのですけれどね。そこにあった指紋と、首のなかった遺体の指紋が一致したという御連絡でした。銃を撃ったのはあのかおの持ち主でしたのですねえ。

あと、吊られていた遺体からも、同じ指紋が出たというお話でした。死因は窒息でした。細工した紐の下に、柔らかい衣服の上から首を絞めていたのですけど、指紋が一部残っていたそうですよ。本当にねえ、隠すつもりはなかったのかもしれませんね。

どうして吊るしていたのですって?

さあ、どうしてかしら。それはもうわかりませんけどねえ。何はともあれ、これで犯人はわかりましたのでね。事件は解決です。

え、かお?

ああ、――――かおでございますねえ。あれもね、考えてみれば、明るい陽射しのもとでしたら、特に不思議なことはないのだとわかりました。

鏡は、ものを映しますでしょう?

あら、ええ、違いますよ。鏡があったわけではありません。けど、立派なお屋敷だといったでしょう?廊下には絵画が掛かっていたと。画の表面は、保護するために硝子で覆われていたのですよ。それが、一瞬の白い光に照らされて、鏡の役割をしたのですね。

窓から覗いた犯人のかおが、鏡になった画に一瞬映って、まるでそこにいるように見えた、――――画があることを知らなかったぼくにすれば、暗闇のなかでならそう見間違ってもおかしいものではありませんよ。あわてたぼくは、動いて向きを変えるでしょう。そしたら、次には向き合うようになっていたっておかしくありませんよ。硝子に反射した顔に向き合う形になるわけですよ。

ほら、つまらない結末でしょう?

ぼくに行き会って屋敷を出た犯人が、外から廊下を覗いていれば、それが雷光に照らされて絵画を覆う硝子に反射する。本当にねえ、ぼくが倒れていた位置に、大きな画がかかっているのを見たときには。

まあそんなものでございますよ。

ああそう、きっとそうでしたのでしょうね。

他に考えようはありませんもの。

犯人の首はどうして落ちていたのですって?

こわいことを聞きますこと。

 ええ、確かにそれは気になることですね。でもそれは吹き荒れた嵐のしわざでしたよ。吹いた風がね、硝子を割りましたでしょう?あの破片が、吹き千切ったのですねえ。硝子は、随分と離れた処から見付かったそうですよ。風が酷かったですからね。

 そんなこともあるのですねえ、それはとても不思議なお話ですけど。でもそれもそうとわかってみましたらそれだけのことで、不思議というわけでもありませんでした。

 唯、そう不思議といいましたら。

 ひとつだけ。

ぼくがみたかおですけれど。

 角度からして、窓から普通に覗いていたのでは、―――たぶん、むりなのですねえ。

そう、たとえば浮いていましたら。風にほら、浮上がってね。そうしたら、かおがあの位置に画に映ってみえても、不思議はないのですよ。

 丁度首がとばされたときにぼくが映ったかおをみたとしたら、―――――

 嵐玉のお話をしましたでしょうか。嵐の玉という名の妖ですけれどね。ぼくが聞いた話では、嵐の夜にね、飛び回るのだそうです。昔は刑場で首が晒されましたでしょう。その首が、嵐の晩に飛び廻るというのですねえ。罪人の首を風がさらって、宙に踊らせるというのです。罪人の首を宙にねえ。嵐が攫うというのです。そうして嵐の晩に、罪人の首が踊り狂うというのですよ。それを、嵐玉というのだそうです。

 ですからね。ぼくはその、嵐玉をみたのでしょうねえ。くるりと嵐に首が舞って、宙にかえって、嵐玉が踊り狂うさまを。嵐玉が出たと、そうとしかおもえないことがありましたというのは、そのことでございますよ。

 嵐の晩にくるりと首が宙に舞っていたのでしょうねえ。

 狂気と放心を同時にあのかおが持つようにみえたのも無理はありません。

 ぼくはきっと、その首が嵐に攫われる処を、千切られたそのかおをみたのでしょうからねえ。

 はい、それだけのお話でございますよ。

あらあら、いつのまにか、随分と夜も更けてしまいましたこと。今宵は、これまでにいたしましょう。

おやすみなさいましね。



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