第14話 覚醒 その5

 黒鬼は紫の光に包まれながらゆっくりと地に降りてきた。

 黒鬼の目にうっすら涙が浮かんでいるように見える。

「これが御仏の慈悲なのか?」

 黒鬼がヒンジに向かって言った。

「そうだ。弥陀聖尊の慈悲がそなたの全てを包み込んでくれている。これが安らぎの世界なのだ」

 ヒンジはそう言って芯に両刃の剣を突き刺した。

「これまで辛く苦しかったことを偲ぶ。南無阿弥陀仏」

 赤紫色の煙がモヤモヤと立ち上って来た。それをまた2度切り上げた。煙が白色に変わっていく。湧き出てきた泡も白色に変色した。

 黒鬼が腹の中の3つの白い玉を吐き出した。ヒンジが懐からお花を取り出し散華した。すると白い玉は散華されたそのお花の上に乗った。

 ヒンジは護摩壇に火を入れた。

「阿弥陀経」

 ヒンジの指示に厳かに読経が始まる。白い玉を乗せたお花はフワフワと祀ってあった榊の所まで飛んで枝の間に刺さって止まった。

 読経が始まって間もなく西に配置していたセンショウが大粒の涙を流し始めた。もう読経にならない程喉を詰まらせていた。

 黒鬼は紫色に輝く菩提樹の球に包まれたまま動かなかった。

「この暖かさは何なんだ。初めての経験だ。実に心地よい!」

 小さな声だった。

 その様子に黒鬼に対するヒンジの警戒は無くなった。ヒンジは鬼門に置かれた大きな石の所へ行って塩で清め波切りをして封じ込みの念を解いた。

 そして黒鬼の所に戻ると足元にお花を置いた。

「そなたらは運がいい。つい先だって浄土へと繋がる新しき道が出来たばかり。このお花に乗ればその道を進むことができ弥陀聖尊の下にたどり着くことが叶う。さすればもっと大きな安らぎに繋がるだろう。

 さぁ、どうする?」

 黒鬼は目に涙を一杯貯め、ヒンジに軽く会釈をしてお花に乗った。


「覚醒されて何より!」


 黒鬼の姿が徐々に透けるとともにそのなりも小さくなっていった。

「ありがとう!」

 やはり小さな声だったが、そのお礼の言葉をしっかりとヒンジは聞き取った。


「光切り!」

 弥陀聖尊に感謝の意を示し、治めの祭儀を終えた。


「先生、ところで飛び散った菩提樹の球はどうされますか?拾い集めてきますけど・・」

 テグスが聞いた。

「そうだね。球はこのままにしておこう。それでこの地が清まるし、この地のお守りにもなる。あの娘さんにとってもそれがいいと思う」

 テグスは納得したようだった。


 治めが完了したことをタスクの両親と依頼者の娘に報告した。

「もうこれで大丈夫。何も心配はいりません。あとはしっかり美味しいものでも食べて、体調を回復させることが大事ですよ」

 その言葉に両親は深々と頭を下げた。

 娘がヒンジの顔を見てニコッと微笑んだ。


 帰路の途中、弟子たちから質問が出た。こんなやり取りがそこにあった。

「先生が剣で天を突いた時、朱色の光線が放たれるのが見えたんですけど、あれはどういうことなんですか?」

「ああ、あれは天照様のお力が動いたんだよ。出雲に行く前、伊勢の神宮に寄っただろ。その時に頂いたお力が今も剣に宿っているんだ。有難いね」

「それにしてもなぜあそこで天を突くという行動をとったのですか?」

「千手さんが『天を突け!』と教えてくれたんだ。千手さんには本当に感謝だよ!」

「過激だった悪霊の黒鬼が菩提樹の球を浴びた途端に急変したのは阿弥陀様のお力と考えてよろしいでしょうか?」

「そうだね。それでいい。

 かつての拝み屋が『悪霊』と言って封じ込んだけど、あの黒鬼は悪霊でも何でもない。辛く苦しいという思いの塊があんな形にしてしまったんだ。弥陀聖尊の慈悲に触れればそんな恨み辛みは消し飛んでしまう。だから迷って浮遊している全ての霊には大根おおねに入って弥陀聖尊の下に行ってもらいたいよな」

 ヒンジは善光寺に思いを寄せながらそう言った。そして弟子たちに向かってこうも言った。

「本当の悪霊ってもんはそんなんとはレベルが違う。その内対峙するかも知れない。その時は本当に命懸けだ。千手さんは勿論だけど、大日如来さんやタケルさん、沢山の本尊に助けてもらうことになるだろう」

 そう話した時、ヒンジに千手観音が言葉をかけた。

「今日は八幡戦士として素晴らしい仕事をされました。

 そなたたちの尽力で設けることの叶った浄土へと繋がる新しき道が大いに役に立っています。

 お疲れさまでした!」

「まさか千手さんから労いのお言葉を頂けるとは・・・ 

 恐れ入ります」

 そう応答し千手観音からの言葉を皆に伝えた。弟子たちは一様に笑顔になった。


 質問はまだ続く。

「ところで何でセンショウはあんなに泣いたんですかね?」

「それは娘のご両親と弟の思いがセンショウに乗り移ったんだよ。センショウは乗られやすいんだよな」

「それにしても最初から数珠で対処すればあんなに苦労しないでも済んだのでは?」

「まずは戦わないと心の内を探ることが出来ないと思っているんだ。それに相手に舐められちゃいけないしね」

「先生が黒鬼に向けて投げた数珠の球が紫水晶のように光ったのは、もしかして今朝先生が水をかぶった時に奥さんが見たというそれと重なっているんでしょうかね?」

「うん! 今朝のコウの言葉を聞いて思いついたことだから、如来さんがお力を貸して下さったんだと、俺もそう思う」


 治めの後の会話は、結構盛り上がるようだ。

 それにしてもこの治めの結果というか、その後の在り様はどうなったのだろう。

 まずこの地に於いての災いは、全く無くなったという。

 娘は?

 すっかり元気を取り戻し、会社勤めも再開したという。更にいい人との出会いもあったとか・・・


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