第11話 覚醒 その2

 治めの現場に着くとタスクとテグスの両親も来ていた。

「ご無沙汰しています。倅たちがお世話になり始めた時にご挨拶に伺って以来で、その後忙しぶりで申し訳ありません」

 父親がそう挨拶をして、両親は深々と頭を下げた。

「こちらこそ。それにしても倅さんたちはよくやってくれています。二人の働きにはとても感謝しているんです」

 そう言ってヒンジも頭を下げた。

「依頼主の娘さんが中に居りますのでお入りください」

 父親が家の中に誘導したその瞬間、家全体が揺れるほどの突風が吹き荒れた。土埃が激しく舞い上がり容赦なくヒンジたちに襲い掛かる。窓がガタガタと音を立てている。ヒンジは西の方向に目をやった。

「敵意がむき出しだな!」

 ヒンジが呟いた。

「先生、どうしますか?」

 慌てたようにタスクが問いかけた。

「まずは施主に会う」

 ヒンジはそう言って家に入った。居間に通されるとそこには瘦せ細り見るからに生気を失った表情の娘が一人、炬燵こたつにうずくまるように入っていた。

「こんにちは」

 小さな声でそう声をかけたが、その娘は返事もしなければヒンジのことを見ようともしない。

「すいません。私の所に相談に来たところまでは良かったんですが、それ以来ずっとこんな状態なんです。食事も殆どとっていないようですし、生きているのが不思議なくらいなんです」

 タスクの父親が詫びながら娘に同情の目を向けた。

「気にされなくても大丈夫です。娘さんはこれから私が言うことを聞いていてくれれば、それでいいんです」

 ヒンジは治めの概要を簡潔に話した。そして最後にこう付け加えた。

「貴女の苦しみは今日で終わるでしょう。心配しないでここで待っていてください」

 ヒンジの語り掛けは優しさに満ち溢れていた。でもその娘は声を出すでもなく、頷きもせず、つまりは無反応だった。しかしヒンジはこの娘の心の内を察していたのだった。

「娘さんの傍にいてやってください」

 タスクの両親にそう言って居間にあった仏壇の前に進み合掌した。

「紫光大尊にもう申す。

 ここに坐す娘の先祖代々が浄土へと繋がる大根に入らせしむるよう、またこの地に淀み羅動とある諸霊位の解脱を促し清浄へと転化せしめ、これもまた大根に繋がるようにと法要致す。

 お聞き届けを御願おんねがい奉る」

 

 一行は治めの準備のために外に出た。ヒンジは護摩壇を組む位置を決めその芯を塩で清め、その塩の上に五色のお花を置いた。宝生を祈念した札木を井桁に二段組んだ。その中にあらかじめ糊付けして組み上げておいた護摩壇を置いた。その間に弟子たちは護摩壇の北側に榊を立てその前に皿に盛った塩と洗い米を置き、両脇に酒を供えた。

 準備のための手際はすこぶる良かった。手間取れば隙を与えてしまい抵抗を許してしまうからだ。

 瞬く間に準備は整った。全員が朱の袈裟を纏った。


 ヒンジが塩の入った袋を手にし、芯、東南西北の順に塩を撒いた。西側に生い茂る木々が音を立てて揺れ動き始めた。と、黒いもやもやした煙のような得体の知れないものが渦を巻き始めた。その渦の中心辺りに二つの紫色に光る玉のようなものが現れた。まるで黒い渦の目のように見える。

 ヒンジは両刃の剣を手にした。左手には菩提樹の数珠を持った。

「我が言に聞く耳はおありか!」

 ヒンジがその光る玉のようなものの方に向かって問いかけた。

「ない!」

 地響きするような太くしゃがれた声が聞こえた。しかしヒンジはこれで黙る筈がない。

「我らはそなたらを縛しに来たのではない。むしろこの剣にて縛を解く」

「黙れ! そのような戯言、信じられるか!」

「これまでの成り行きを知った故、そなたらの思いを理解する。

 しかしこのさまは余りに無情。弥陀聖尊の慈悲に会す道を示しに参った」

 ヒンジは一方的に話しを進めた。黒い渦は聞く耳は持たないとヒンジを拒んだのだが、だからと言ってここで引き下がることなどあろう筈がない。ヒンジは話を続けた。

「まずはこの地に打ち込まれた杭を抜いて進ぜよう。更に鬼門の呪縛を解き放とう」

「騙されんぞ!この地から去れ!さもなくばお前らをここで食いちぎってやる!!」

 黒い渦の眼光が一瞬眩しい程に強くなった。と突風が巻き起こり護摩壇を吹き飛ばそうとした。窓ガラスはガタガタと音を立て、家はギシギシと軋んだ。

 ヒンジは両刃の剣ですかさず護摩壇を抑えた。

「もし我が言にきょのあるなれば、その時は食いちぎられるも良しとする。この両刃の剣に誓う」

 両刃の剣が朱色の光を放った。それを見た黒い渦は一瞬怯んだ。更にヒンジが全く動じることなく、素早く両刃の剣で護摩壇を抑えるなど、その動じない動きに意表を突かれたようでもあった。

「ただ我らを信じよと申しても、そなたらのこれまでの経緯に思いを致せば、それは叶わぬも然り。

 先ずあそこに打ち込まれた杭を抜く」

 ヒンジは東の角を指差し躊躇なくそこに進んだ。

「杭、抜去ばっきょ!」

 そう発声すると両刃の剣を地に突き刺した。すると赤紫の煙のようなものが突き刺したその所からモヤモヤと湧きあがって来た。

 ヒンジは地から剣を抜くとその赤紫の煙のようなものを左下から右上へと二度切り上げた。袈裟切りである。

「天照クサナギ! 清浄に転化!」

 煙のようなものは赤紫から白色へと変化した。剣を引き抜いた後の穴から赤紫の泡がボコボコと湧き上がって、その色はどんどんと白色に変わっていく。

「これで良し! 

 タスク、ここに塩を1・3・1と撒き両刃の剣を構えて芯の方を向いて立っているように」

 ヒンジはタスクに指示を出し南の角に向かった。

 杭は打ち込まれてから長い年月が経ち既に朽ち果てている。そこには拝み屋の念だけが残っていたのだ。その念が消去され塩で清められたことで杭が抜かれたと同じ結果となったのだ。

 ヒンジは南の角地でも同じことを繰り返し、テグスをそこに立たせた。西と北にも施法しセンショウとタクトをそれぞれ立たせた。

 残るは芯。ヒンジがその芯に剣を突き刺そうとした時だった。

「ワッ ハッ ハ!」

 大きな笑い声が西の方向から聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る