第9話 悪霊 その2
幾日かが過ぎ、親からの情報があった。タスクはそれをヒンジに伝えた。
これがその概要である。
初めてそこに家を建てたのは富豪の事業家だった。しかしそこに住み始めると間もなく事業が失敗し多額の借金を抱え悩み苦しんだ挙句に主は首を吊ってしまった。このことに心を病んだ夫人はめっぽう衰弱し後を追うように他界してしまった。
この家は売りに出された。次の買い手にも短期間に不幸が続いてまた売りに出された。その次の買い手はその噂を聞いて住み始める前に拝み屋に依頼して除霊を試みた。
「この地は『悪霊』に
拝み屋はそう言ってその土地の四方と芯に杭を打ち込み、鬼門の方向の角に大きな石を置きしめ縄を張り「封」の文字が書かれたお札を貼った。
その後、治まったように思えたのはほんの束の間だった。当然のように次の住人にも不幸が襲ったのだ。要は拝み屋の封じ込めの力よりもそこに残留する私念の力の方が強かったということである。
これではもう買い手はつかない。止む無く不動産屋が引き取りそこに建っていた家を取り壊し更地としたが全く売れず、10年が経過したという。
「そうか・・・ やっぱりな」
ヒンジはその地に思いを馳せていた。
「娘さんは何とかして欲しいと、それしか言わなかったそうです」
「そうだろうな!でも今はそれで十分だ」
ヒンジは拝み屋が「悪霊」と言った対象が気になった。
「悪霊か・・・
でも本当に悪霊なのかそこはちゃんと見極めないといけないよな。
いきなり力で封じ込めたその拝み屋の祈祷は如何なものか。本来はその災いを引き起こした原因を探らないといけないと思うんだけどな・・・」
ヒンジは渦巻いたあの黒っぽくもやもやした残留私念に思いが及んでいた。
ここで少々断りを入れておく。
「ざんりゅうしねん」とは本来「残留思念」と書く。しかしヒンジは敢えて「私念」の文字を念頭に置く。個人(私)の計り知れないほどの強い無念や他を圧倒する強引な執着心から来るものと捉えていた。従って「私念」とした方が実態を表しているだろうと感じていたのである。
それは宇佐神宮の元宮や善光寺の雲上殿に於ける治めの時に痛切に感じていたことなのである。
ヒンジは今回の状態もまぎれもなくこの私念によるものだと考えた。故に強い無念や強引な執着心から解脱させなければ治まることは無いと考えたのだ。
更なる情報がヒンジの元に届いた。タスクの親が何度も不動産屋に取り合ったところ、しぶしぶ事の成り行きを話したという。
何十年か前に遡る。
当時その場所はかなりの荒れ野だった。しかし近くには緩やかな川が流れ、太くて背の高い木が多数見受けられるものの、それを伐採すれば日当たりはよくなる。田んぼや畑に十分なりうる地形だと考えられた。条件は悪くない。
ただこれまで誰も手を付けようとしなかった理由は、やはり開墾するための困難の度合いだった。何故ならばそこには大きな石がゴロゴロしていて、また高木は幹が太く伐採後の切株は取り除くのに相当の手間がかかるだろうと思えたからである。重機などがない当時はこれらを全て手作業で行わなければならなかったのだ。要はそれに耐えきれるかどうか、なのである。
多くの者が開墾を検討したようだったが、皆一様に諦めるしかなかった。
だが果敢にこの地の開墾に挑戦する人々が現れた。でもやはり作業は思うように進まず、その人々の暮らしは貧しさを極めた。
一年が過ぎ、二年が過ぎ、やがて病に倒れて息を引き取る者が続出した。このためその地の西の端に共同の墓地を作り、そこに埋葬した。石塔などは勿論ない。墓は塔婆を立てただけの簡易なものだった。
地域の住民はこれらの在り様を見て見ぬふりをした。「奴らはよそ
落胆の中、そうこうしているうちに限界が訪れた。開墾に携わっていた最後の一人も力尽きた。この最後の一人は埋葬されたのかどうかも不明のままだという。
そんなことからここらの住民は尚更のように災いを恐れ、誰もそこには近づこうとしなかった。
やがて塔婆も風雨にさらされその形を留めることはなかった。共同墓地は跡形もなくなった。
歳月は流れ、住民の記憶も薄れた。そして新たな地主がこの地を住宅地として開発した。かつて共同墓地だったところも何事もなかったように区画整理され、宅地の一画として販売された。
「なるほど! よく分かった」
経緯を聞いたヒンジは頷いた。
その晩、ヒンジは千手観音に問いかけた。
「治めの依頼を受けました。八幡戦士として大地の淀みを清浄に転化する法要を致したく思います」
「八幡戦士としてこのご縁を頂けたことに感謝の思いで執り行うことが良いでしょう」
千手観音からの返事であった。
「生を基本として臨みます」
ヒンジが返した。
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