第3話 紗々の動 その1

 季節は冬の真っ最中。外には霜柱があちこちに立っている。その上を歩くとサクッサクッと歯切れのよい音がする。

「この感触、結構好きなんだよな!」

 ヒンジが言った。タスクとテグスもことさらのように霜柱を踏みつけその感触を楽しんだ。

「三人ともまるで子供みたい」

 母屋の方から三人を見送っていたコウが微笑みながらつぶやいた。


 寒い時期は杉などの選定作業は不向きである。杉の育成に悪影響を与えてしまうからだという。したがってヒンジ達は鍛冶の仕事に精を出しているのだった。


「それにしても今日はやけに出来が悪いな」

 ヒンジは叩いていたはがねをスクラップ用の籠の中に放り込んだ。

「原因は何ですかね。まさか寒さの所為ってことはないですよね?」

 テグスがヒンジに尋ねた。

「そりゃないよ。原因はいろいろ考えられるけど、多分これは鋼材の製造時に不純物が混ざってしまったんだろうな。炭素とかリンとか。だから鋼がもろくなって割れるんだ」

 ヒンジは仕入れた鋼材に問題があると考えた。

 鋼材の製造現場では異なる材質を製造するとき、念入りに鉱炉の清掃を行うのだが、まれにそれを怠ってしまうことがある。すると通常ではありえないような不純物が混ざってしまう場合があるのだ。

「これじゃ仕事にならないな。材料屋に全部引き取ってもらうしかないな」 

 止む無く新たに材料が届くまでは鍛冶の仕事は見合わせである。


「山の手入れにでも行くか」

 剪定はできないが枯れ枝の整理とかなら問題ない。三人は山に行くことにした。妻は急いで三人分の弁当を作った。

「行ってらっしゃい。余りお天気が良くなさそうだから気を付けてね」

 妻がキッショウを抱っこして見送った。空にはやや黒みがかった雲が散見された。

「寒いですね。この分だと降れば雪になりますかね」

 タスクがそうつぶやいて手に息を吹きかけた。その様子を見ていたテグスが空に向かって息を吐いた。

「おぉ、息が真っ白だ!」

 三人は背中を丸めて山に急いだ。

 山に着くと同時に白いものがちらちらと落ちてきた。

「やっぱり降って来たか」

 タスクの見立てが当たった。

「取り敢えず下に落ちている枯れ枝を一か所に集めよう」

 全員で枯れ枝集めを始めた。ただ出かけたのが遅かったので直ぐ昼の時間になる。また雪の降りも少し多くなってきた。

「雪が強くならないうちに弁当、食っちゃうか」

 三人はおもむろに弁当を開けた。おにぎりが入っていた。

「うまそ!」

 タスクがおにぎりを取り出そうとしたとき、何故だかそのおにぎりを落としてしまった。

「やべっ!」

 急いで拾い上げて見たがごみが一杯付いてしまって、とても食べられそうにない。

「あぁ、もったいないことした」

 タスクはおにぎりを割って中だけ食べようとした。

「やめとけよ。こういうところはどんな雑菌がいるか分からんし、腹壊しかねないよ。足らないのなら俺のを分けてやるから」

 ヒンジが止めた。タスクはしぶしぶ食べるのを諦めた。


てのひらを開いて雪を受け止めてごらんなさい。何か気が付きませんか?」

 千手観音が意味ありげな物言いをした。

 ヒンジは言われたことを二人に伝えると、二人も弁当を横に置いて掌を開いた。指と指の間に多少の隙間がある。

折角せっかく掌の所に降って来たのに、指の隙間から下に落ちてしまう雪があります」

 ヒンジが言った。


「気が付きましたね。

 このことを『紗々ささの動』と言います。

 これは2種です」


 広大な空一面から降る数知れない程の量の雪。その中からわざわざ狭い狭い掌の所に落ちてくるその確率は、それこそ宝くじの一等に当たるよりも低いだろう。何憶分の一。いや何兆分の一かも知れない。そんな低い確率で折角ここまでやって来て、何と離れた指の隙間から漏れ落ちてしまう。その雪と掌との縁の薄さと言えばいいのか、その虚しい現実を感じない訳にはいかなかった。これは無情ともいうべきか。

 ヒンジは切ない思いになった。


「誠に心苦しいことです。先ほどのおにぎりとて同じです」

 タスクが落としたおにぎりのことにも言及した。

「また枯れ枝を分別する作業も2種。

 必要のない物、余分な物の仕分けです。

 作業場の素材を全部引き取らせる対応も同じです」


「これからの全てにおいてこのことを覚悟しろと。

 これはその教示でありましょうか?」


 紗々とは薄く透きとおった布のことである。光や空気などが透け通る布なのだ。

 ここで意とすることは、例えば掌で水をすくったとする。

 でもその掬った水の全てが掌に残る訳ではない。指の合間からこぼれ落ちる水がある。

 そして残った水だけが喉をうるおし、命をつなぐことが出来る水、役に立つ水ということなのだ。

「ただはなから掬うに値しない水もあります。それはまるで虫けらのような水とでも言いましょうか!」

 今度は千手観音が変な物言いをした。


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