第2話 天動地動 その2

 幾日かが過ぎ、護摩を執り行う日になった。

 まだ参列者は誰も来ていない。誰かが来る前に弟子たちには八幡神からの話を伝えておいた方がいいだろうと考えた。


「おめでとうございます」

 弟子たちがやって来た。

「おめでとう。

 これから皆に大事なことを伝える。コウもこっちに来て話を聞いてくれ」

 妻にもこのことはまだ話してなかった。タクトが正月の挨拶に来た時も何も話さなかった。弟子たちは何事かと見つめ合った。

「まだ正月気分だが、それが吹っ飛んでしまうような話だ」

 ヒンジはそう切り出し八幡神から言われたことを話し出した。

 話を聞き終えた弟子たちからは当然のごとく正月気分は消え去り、一様に何も語らずうつむいたままだった。

 しばしの沈黙の時間が過ぎた。


「それは仕方のないことだよね。

 いや建て直しの流れとして当然のことなんだろ。

 俺は八幡戦士だから何があっても八幡さんと同動、兄貴たちと同動する。俺たちにだって出来る事が必ずある筈だよ。

 この気持ちは決して揺るがない」

 タクトが力を込めてヒンジに向かって言った。

 他の皆もその言葉に頷いた。

 するとコウが言った。

「母親になって思うことは、やはり子の幸せ、これが第一ね。

 私は命懸けでキッショウのこと、守るわよ!

 私たちは八幡さんの子でしょ。だから八幡さんも同じ思いだと思うけど・・・」

 ヒンジも皆もコウの言葉に笑顔になった。

「今の話、ここに来られる人たちにはまだ話さないようにしよう。不安をあおることになってしまうからね。それは本意ではない。何時か折を見て話さなければならない時が来るとは思うけど」

 ヒンジは皆にそう言って護摩の準備に移った。


「ヒンジを信じ、これからも共に善光寺に参りたいとの思いを持つ衆人しゅうじんを一堂にする集まりとしてかいを形成するがよいでしょう」


 千手観音が護摩の始まる前にヒンジに語った。

「善光寺にお参りをする会ですか。なるほど!」

 ヒンジはポンと手を叩いた。

「承知しました。その会は善光寺に年参が叶うようにしたいと思います。

 自分も何か対策を立て行動しなければと考えておりました。ご教示に感謝します」

 千手観音は先だっての八幡神の話を聞いたヒンジの思いを察していたのだ。そこで会の設立を促したのである。

 ヒンジは早速弟子たちにこのことを伝えた。

「会を作るにはそれなりの会則が必要ですよね」

 タスクが言った。

「そうだよな。だから今日はまだ具体的なことは伝えられないけど折角だからそれらしいことをやんわり伝えて、早めに会則を決めて皆さんにはかってみようよ」

 ヒンジは極めて前向きであった。

 皆もその考えに賛成した。

 ヒンジはこの会の存在は、ここに集まってきてくれる人たちの守護につながるのだろうと思った。


「ここに設ける会に意を一つと在りたいと心得る者は、その時点で5種が作用します」


 千手観音がヒンジに伝えた。

「ありがたいことです。思っていたことが確信に至りました」

 ヒンジはそう答えるとともに、善光寺に同行された人たちの顔を思い浮かべた。

「皆さん、喜んでくれるかな?」

 ヒンジが独り言を言った。

「5種の意味が分かればそれは皆さん、喜ばない筈はありませんよ」

 テグスがヒンジの言葉に反応した。


 この日の護摩が始まる前、ヒンジは参列しようとやって来た人たちに語り掛けた。

「おめでとうございます。

 本日も寒い中、お集まりいただき有難うございます。今日は皆さんにお伝えしたいことがあります。

 年に一度、善光寺を参拝する会をここに作りたいと考えています」

「おーっ! いいね。それは有り難い」

 喜びの声が上がった。

「まだ詳しいことは何も決めていませんが、次回の護摩までには何とか形を作りたいと考えています。

 また皆さんと一緒に善光寺にお参りしたいと思います」

 ヒンジの話に手を合わせて感謝する姿があちこちに見られた。その在り様は、まるでヒンジを拝んでいるようにも見えた。

「あー、すいませんが私を拝まないでください。

 当然ですが、私は神様ではありませんので。それにまだこうして生きてもいますし・・・」

 集まった人達から笑いが起こった。その中からヒンジに期待する声が上がった。

 ヒンジはその声に応えた。

「ありがとうございます。詳しくは次回の時にお伝えします」

 ヒンジはそう締めくくって護摩を始めた。


 集まって来た人たちはもう観衆ではなかった。

 火伏をしても拍手が起こるようなことはないし、護摩の最中に感嘆かんたんの声を上げる人もいなかった。

 皆は護摩に同動しているという心持ちで参列するようになってきていたのだ。阿弥陀経を共に唱える人も随分と増えた。


 護摩が終了した。

 参列者も善光寺に年参する会を設立するとの話に期待を持って、それぞれ帰って行った。

「ここの所、護摩の雰囲気が良くなってきましたね」

 タスクがヒンジに向けて言った。

「そうだね。皆さんの心が一つになってきたように感じるね。

 本当に嬉しいことだよ」

 だから千手観音はそこに5種が作用すると伝えてきたのだろうと思った。

 ヒンジが真詞まことのりを書き始めた。

「風を愛し

 風に愛され

 風に舞うは 心地よし

 風に追われ 心地よし

 風に向きて 心地よし

 風と共に在りて 心地よし

 これを六風むかぜという」


「風」についてのさびわけをした。

 ここに言う風は何を意味しているのか。

 あらゆるものを吹き飛ばしてしまう風だってある。

 ただここに示された真詞には激しい風は感じ取れない。

 しかしそこに思いが至らなければ不完全な考察だと思えた。単に気象上の風と捉えるのではなく、いろいろな風が有ることにも考えが及んだ。世相の動きなども当然ここに言う風と捉えることが出来る。

 天動と地動の「」が「」。これも「かぜ」なんだとも考えた。

 風が吹くときの在り様、しかも6種の風だ。ヒンジは、6種は縁であると学んでいる。


「風と縁を結ぶか~」


 ヒンジは目線を天井に向け大きく息を吐いた。

 神仏が起す2種の風を考えないわけにはいかない。それはとてつもなく様々な要素が含まれているのだろう。

 それら全ての風の在り様を知って、この真詞を深く学ぶことが今年の大事なんだろうと思った。


「お疲れだろうけど、これから会則について相談しないか?」

 タクトが皆に向けて言った。

「皆、まだ大丈夫か?」

 ヒンジが気遣ったが、皆は乗り気だった。

 しばらくあーでもない、こーでもない、とやっていたがそうこうしているうちに会則の大まかな形は出来上がった。

「まぁ、こんなところで皆さんにお伝えできればいいんじゃないかな」

 ヒンジは満足そうであった。皆もうなずいた。

「お疲れ様でした」

 コウが気遣ってお茶を入れた。

「ん! 揺れてないか?」

 ヒンジが天井を見上げて言った。

「今のは大した揺れじゃなかったけど、それにしても今日揺れるなんて今年起こることの前触れなんかね!?」

 タクトが湯呑みを手にしながら神妙な顔つきで言った。

「まぁ、覚悟を決めるんだな」

 皆は一様に頷いた。

 そしてコウが入れてくれたお茶を全員が飲み干し、解散した。


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