仲間はいるのに仲間がいない⁈
きとまるまる
第1話 冒険者ハルトのパーティ事情
奥に進むにつれ、静けさが増していく。俺の耳に届くのは、岩肌がゴツゴツとした歩きにくい道を歩く音。鉄で作られた防具と布が擦れる音。腰につけたランタンが防具とぶつかり合う音。そして、背後を歩く仲間の足音。
「止まれ」
俺は背後に手を伸ばし足を止める。聞こえていた音が鳴り止み、辺りを静寂が包み込む。ランタンや魔法で周囲を照らしていなければ一寸先も見えぬであろう闇が、静寂と共に俺たちに襲いかかる。
「見えるか、ナツキ?」
背後で足を止める仲間に声をかける。魔法使いのナツキは『は、はいぃ……』と今にも消えそうな声で俺の問いに答える。
俺が指を指し示す前方、一方通行だと教えられたはずの洞窟内が明るく照らされている。
「やつはこの先にいるはずだ。いくぞっ」
手にしていた剣を強く握り直し、俺たちは奥へと駆けて行く。
進むにつれ闇は消えていき、壁にかけられたランタンの灯が辺りを温かく照らす。ガチャガチャと激しく音を鳴らしながら等間隔にかけられたランタンの道を抜け、俺は足を止め息を整える。
細長く伸びていた道はドーム場に大きく開き、目の先には小さな湖と表現できるほどに広がる水。周囲の気温が一気に下がり、俺は剣を再び強く握り直す。
「あら? どなたかしら?」
妖艶な笑みを浮かべながら俺に話しかけてくる一人の女性。透き通るほどに肌は白く、一度見たら忘れることのできない青紫色の唇、額に生える立派な一本角──
「お前だな? ここ近辺で悪さしてるっていう魔族は」
言葉を投げかけながら腰を低く落とし、戦闘体勢に入る。女は俺の足元に視線を落とし、ゆっくり、ゆっくりと視線を上げていく。
視線が重なる。女が笑みを強める。
「ここにいるってことは、洞窟の魔物全部倒してきたってことよね? あなた、見かけによらず強いのね」
「お褒めいただきありがとうございます。素敵な言葉貰っちゃったし、俺も何かしらあげなきゃだよな?」
「何をくれるのかしら? 楽しみだわ」
女は笑みを崩さず俺を見つめ続ける。
「あんたにくれてやるよ。俺の剣技をな!」
俺は強く地面を蹴り上げ、魔族の女に剣を振り下ろす。
女は笑みを崩すことなく、俺を見つめたまま後方へと身体を移動させる。
「うおぉらぁぁ!」
振り下ろした剣を勢いよく振り上げる。魔力を込めた刀身は白銀に輝き、三日月型の斬撃が女へ飛ぶ──
「素敵なお返しね。ゾクゾクしちゃう」
女は笑みを浮かべたまま目を見開き、正面から斬撃を受け止めた。
激しく巻き上がる土煙。視界に一瞬飛び散った血液。
「おいおい、マジかよ……!」
汗が、頬を通り過ぎていく。
「素敵なお返し、受け止めないわけにはいかないでしょ?」
次第に晴れていく土煙から姿を見せる女は、手のひらから流れ出る血液を舐めとり、背筋が凍ってしまうほど冷たい笑みで俺を見つめてくる。
たった数秒のやり取りで、俺が今まで戦ってきたどの相手よりも格上だということを伝えてきやがった。汗が一つ、また一つ、頬を通過していく。
「もしかして、今ので終わりなの?」
「んなわけねぇだろ。お前がこれまで傷つけてきた人たちの数だけぶつけてやるつもりだ。覚悟しろ」
格上相手に負けじと、俺は強気な言葉を投げ返す。
俺の発言を受け止めた女は、怯えることなく、また笑みを浮かべる。
「ルージェイよ。あなたの主人となる者の名、覚えておきなさい」
「ハルトだ。あんたを倒す剣士の名、どこに行っても忘れんじゃねぇぞ」
額に浮かぶ汗を手で拭い、俺は再び剣を強く握りしめる。ルージェイと名乗った魔族の女は、周囲の気温がさらに下がりそうなほど冷たく高笑う。
「かかってきなさい、ハルト。一人で来たこと、後悔させてあげる……!」
「はっ! てめぇなんて、俺一人でじゅうぶ……ん?」
一人? 今、一人って言った? 俺は駆け出しそうになった足を止めてルージェイを見つめる。
戦闘体勢をとっていたルージェイも、俺の行動に違和感を感じたのだろう。低く落とした腰を上げて、俺を見つめる。
「え? なに? なによ? なに?」
「は? え? はい? ん?」
「え? ちょっ、なによ? え? なんなの? え?」
足を止め、互いに疑問をぶつけ合う。ある程度疑問の言葉を投げ終えると、沈黙が俺たちを包み込む。
このままでは俺たちの物語が進まない。俺が止めちゃったし、俺から行動を始めるのが礼儀ってものだろう。
「あの、え? 一人って言いました? さっき一人でって言いました?」
いつ戦闘が始まってもいいように、腰を落として駆け出す体勢に入りながら言葉を投げつける。
「言ったけど? え? だって一人じゃない。え? は?」
両手を広げて、いつでも魔法を放てる体勢で投げ返してくる。
再び沈黙が俺たちを包み込む。
「いやいやいやいや、なにをおっしゃっているのですか! 俺の後ろにいるでしょうに! 女の子が一人、いるでしょうに!」
空いてる手を左右に大きく振り、言葉と身体で否定を示す。
「いやいやいやいや、何言ってんのよ! あんたの後ろに誰もいないわよ! 何言ってんの、ほんと!」
同じように左右に手を大きく振り否定し返してくる。俺はさらに手の動きを大きくする。
「いやいやいや! そういう冗談はいいですから! そういうこと言って俺を惑わそうとしてるんでしょ! そういうことせず、正々堂々戦いましょうよ〜!」
「いやいやいや! なんで私が疑われてんのよ! え、なんで⁈ あ、もしかして、あんたにしか見えないとか、そういうやつなの⁈ ちょっ、やめてよ! 私、幽霊とかそういうの苦手なんだから! 冗談でもそういうこと言わないでよ!」
両手で顔を隠し、指の隙間から俺を見つめる。先ほどの余裕っぷりからは考えられない姿。敵ながら少し可愛いと思ってしまう。
「すみません、怖がらせてしまって。でも安心してください。ちゃんと実体ありますから。幽霊じゃありませんから。ビビリで全然戦闘に参加してくれないんで、俺からしたら幽霊みたいなもんですけど──」
軽く笑い、『ここにいますよ』と手で示しながら俺は背後に視線を送る。
先ほどまで俺の後ろにいたはずの魔法使い、ナツキの姿はどこを見ても見つからない。
「……あれ?」
「あんたのその反応、ここに来るまでは本当にいたみたいね。よかったよかった」
安心感から、ホッと息を吐き出し肩の力を抜くルージェイ。
いや、まだ決めつけるのは早い。俺はもう一度ぐるりと辺りを見回す。
壁、壁、ルージェイ、壁、壁、俺。
うん、間違いない。ナツキはどこにもいない。
逃げたな、あいつ。
「マジかよ、おいぃぃぃ!」
頭を抱えて膝を折り、俺は岩が転がるゴツゴツした地面を拳で叩く叩く叩く。
「そこら辺の魔物Aとかならまだ許せるよ! 笑って許してやるよ! でも、魔族相手は違うだろう! 魔族相手はせめて一言いるだろう! いるよね⁈ いりますよね!」
「え? あ、え、えっと……そ、そうね。魔族というか、どんな相手にも逃げるのなら一言あった方がいいと思うわ」
「ですよね! 常識ですよね! 当たり前ですよね! 世の平和を乱してる魔族よりも常識ねぇぞ、あいつ! もしかして魔族か、あいつ⁈」
「魔族なら魔族としての特別な魔力というか、そういうのあるんだけど、今日はこれっぽっちもそういうの感じてないから、違うと思うわよ」
「ですよね! 単純に性格悪いだけですよね! というか、魔力の感知とかいう一般人には出来っこないことサラッとできますアピールしてくる強者に一人で勝てるわけねぇだろうが! さっきの強気発言も、二対一という数の有利があったからだよ! 一対一は無理だよ! 完封負けだよ! 完全試合だよ! ちくしょぉぉぉ! 俺の人生ここまでだよぉぉぉ!」
魔族を目の前に顔を伏せ、気にせず泣きじゃくる。
俺の人生はもう決まったも同然だ。好きなようにさせてくれ。
「あ、あの──」
「殺せぇぇぇ! 殺せよぉぉぉ! 今すぐに殺せぇぇぇ! 殺されたらすぐに化けて出てあんたを驚かせた後、仲間ほっぽり出して逃げたあいつの首根っこ捕まえてここまで引きずってきて高みの見物決め込んでやるからなぁぁぁ! ちくしょうがぁぁぁ!」
欲しいものを買ってもらえない子どものように騒ぎながら地面を転がり回る。
プライドなんて持ってたって意味がない。俺の人生すぐ終わるんだから。
「……か、帰る?」
魔族から出たとは思えぬ優しい言葉に、俺は思わず動きを止める。
顔を上げて見上げる先にいる魔族の女は、気まずそうに目を背けて人差し指で頬をかきながら言葉を続ける。
「あ、いや、その、なんというか……もう雰囲気がさ、その……ね? さっきまですごくカッコよくやってたじゃない、私たち。それなのにさ、こんな感じになっちゃって『仕切り直して、さぁやりましょう!』ってなってもさ……」
二人して先ほどまでのやりとりを思い返す。
俺の斬撃を真っ向から受け止め、手のひらから流れ出る血液を舐めとっていた魔族さん。余裕な笑みを浮かべていた魔族さん。敵ながらカッコいいと思ったよね。
そんな相手に負けじと立ち向かう俺……うん、カッコいい。なんだこれ、カッコいいじゃないか。
「……」
「……」
お互いに今を見つめ合う。気まずそうに目を逸らした魔族さん。地面に寝転がって顔だけあげる情けない俺。
「……無理。恥ずかしい。どの面下げて戦えっての?」
「同意見です。この先どんなかっこいいことやったり言ったりしても、駄々っ子ハルトくんで上書きされると思うと死にたくなります」
世の平和を乱す魔族、まさかそんな奴と意見が合うとは思ってもいなかった。
俺はゆっくり立ち上がると、身体に付着した砂を払い落とす。ルージェイさんは特に何かしてくることもなく、ただ黙って俺を見つめている。
「では、その……お互いの意見が一致したということで」
「今日のことは忘れましょう。次会った時は、初めて会いましたの程でいきましょう」
「もちろんです。すいません、こちらから伺ったのに何もせずに帰ることになってしまって」
「いえいえ、気にしないでください。仲間に見捨てられるというまさかまさかの展開で、こちらも正直どうしたもんかと焦っていましたので。お互い精神状態しっかり整えて戦いましょう」
「ですね。その方がきっと気持ちのいい勝負ができますもんね」
「ハルトさんのおっしゃるとおりです」
魔族の方とは思えぬ優しい笑みを浮かべてくれる。
あの笑みを見て、俺は心に決めた。これからは魔族だからと決めつけるのはやめよう。魔族にもいい人がいる。魔族じゃなくても悪いやつはいる。帰ったらそのことを周りの人に伝え広めよう。
「では、お帰りはあちらから。お気を付けて」
「はい、ありがとうございます。また日を改めてお伺いします」
「はい、お待ちしております」
互いに深々とお辞儀をし、俺はルージェイさんに背を向けて歩き出す。
『魔族にもいい人がいる』なんて、言葉だけで言っても皆は信じてくれないだろう。ルージェイさんの優しさをわかってもらうためには、どうしたら──
俺の考えを遮るように、細長く伸びる道の前が青黒い炎に包まれる。肌を焼くような熱風を受け、俺は恐る恐るルージェイさんへ視線を戻す。
先ほど見せてくれた優しい笑みを浮かべ続けているルージェイさん。両の手のひらには、
「なぁぁんてなぁぁぁ! 無事に帰れると思うなよバァァァカ! 一人でノコノコ来たこと、後悔させてやるわぁぁ!」
目をカッと見開き、青黒い炎を次から次へと投げてくる。
上げて上げて叩き落としてくるとは、さすがは魔族。人様の嫌がることを熟知してやがる。
「ちくしょうがぁぁぁ! やれるとこまでやったらぁぁぁ!」
俺は涙を流し、勝てないとわかっていながらも魔族の女に一人で突っ込んでいく。
ここで死んだらマジで呪ってやる。覚えていろ、ナツキ!
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