第5話 君に会いに行く

 リアンの記憶を取り戻してから、まずは情報を書きだすことにした。鮮明に思い出したとはいえ、忘れてしまうかもしれないから今のうちに情報を整理しておかないと!

 リアンだった時の記憶と、今の自分の知識を掛け合わせて、リアンが見てきた景色や、看板の文字、走って来た道の種類、人の名前、音や匂い…、それらを思いつくものからどんどんと付箋に書き込んで、見てきた順に壁に貼っていく。

 最初に書いたのは瑠衣の名前。これは一番忘れたくない。

 もちろんリアンだった頃の俺には漢字なんて分からないんだけど、リアンがいつも見ていた瑠衣の制服の名札の文字から、『久住瑠衣』という漢字を割り出した。

 リアンの記憶も漢字の形まで鮮明に見えるわけじゃない。リアンが見た時に感じた文字のイメージと、ぼんやりした形から、それに近い漢字を探していく。そして、その漢字が正解なら、リアンの記憶にカチッとハマる。

 そもそも、看板の文字なんて、今の俺だってそんなに気にして見ているわけじゃない。だから、色合いで道路標示だったり、コンビニだったりが分かる程度。かなり途方もない作業だ。

 それでも、リアンは瑠衣の名前だけはかなり正確に覚えていた。

 瑠衣は少し猫っ毛の女の子だった。肩まで伸びた髪を耳にかけて、右側だけ青いピンで留めている。

 色白なところが亜沙美に似ているんだけど、亜沙美はどちらかというと犬っぽくて、瑠衣は猫っぽい。

 リアンがいたから外で遊んでいたけど、あまり体力的は無さそうだったからもともとはインドア派だったんだと思う。穏やかでよく笑う可愛らしい子だった。

 似顔絵でも描ければ、もっと手がかりを探すのに役立ちそうなんだけど…。

 あとは…地図でどの辺りにいたのかを考える。これはもっと途方もないかな?

 瑠衣の名札には中学校の名称も書いてあったはずなんだけど、それが思い出せない。

 『○○市立第二中学校』

 やっと思い出せたのはここまでで、肝心の地名が分からない。

 全国に第二中学校って何校あるんだ?そう思って調べたら、嘘だろ…200校近くあった。今度は地図の大体の位置にその200校分のしるしをつけていく。

 次の手がかりは、瑠衣が着ていた制服から、瑠衣と過ごした時期が分かりそうだ。ネイビーのセーラー服に赤のセーラータイ、長袖だから季節は10月から5月。瑠衣は1年生で、鞄は少し使い込まれた感じだったから、入学して間もないという事はない。4月と5月は除外できると思う。

 瑠衣の住んでいた辺りも、リアンが車に乗せられて移動した先にも雪は無かったから、地域にもよるけど1月と2月の可能性も低いかもしれない。

 次は…車で移動したときの事を考えてみよう。暗い時間から朝になってもまだ車は走っていたから、時間で言えば…運転手の体力を考慮したとして6時間から8時間。あまり車が停まった記憶が無いから、たぶん高速道路だ。その間に給油はしなかったから、満タン給油から限界まで走っていたとして…移動距離は500kmくらいか?

 でも、それだけじゃダメだ!もっと……何か思い出せ!

 ……そういえば、リアンが車から降りて走り出した時、一瞬だけど観覧車が見えた。

 高速道路を走っていたと仮定して、観覧車があったとすると…あそこはもしかして添山のハイウェイオアシスじゃないか?

 前に亜沙美とテレビを観ていて、遊園地みたいだねって話したことがある!

 となると、添山から500㎞圏より外に瑠衣の家があるってことだ。あとは東か西か…?

 瑠衣の家の周りに特徴的な建物は無かった気がする。何か目印になるようなものは…?

 俺は書き溜めた付箋をもう一度確認してみる。看板はどれもあやふやで手掛かりにならない。

 ふと、リアンが山から逃げてきた時の経路の付箋を見ると、規則的に穴が開いている道路の絵がある。

 描いている時は気が付かなかったけど、これって消雪パイプってやつじゃないか?雪国の一部で使われている、道路の雪を解かすために水が出てくる穴だ。

 すぐにインターネットで調べてみると、消雪パイプを使っている地域は限られているみたいだった。今までの手がかりと合わせると、瑠衣が住んでいた地域がかなり絞り込めてきた。

 瑠衣に会いたい。瑠衣がどうなったのか知りたい。俺の中のリアンが言う。

 俺は時間を忘れて作業を続けていた。時計を見ると、日付が変わっていた。今日は日曜日…まだ時間はある。

 今週のうちにもう少し情報を整理して、次の週末からは可能性のある場所に直接行ってみよう。移動しながら周りの景色を見ているうちに、また新しいことを思い出すかもしれない!

 体は疲れているけど、俺は心が燃えて止められなくなっていた。

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