第6話 知ってほしい

 週末の間に、かなり手がかりが集まった。行先も決まったし、あとは旅の準備だなー!そんな充実した週末が開けて、迎えた月曜日の朝。

 亜沙美に置いて行かれてしまった…。

 急いで追いかけると、マンションから出た先で、石畳を1人で歩いている亜沙美が見えた。

「亜沙美―!おーはよっ!」

 走って追いかけながら俺が呼ぶと、亜沙美が振り返る。

「亜沙美!俺を置いてくなよー!」

 亜沙美に追いつくと、亜沙美はちょっと不思議そうな顔をしている。

「おはよ。ひなた、今日は朝練なかったの?」

 あ。忘れてるな?

「今日は顧問の先生がいないから、朝練は休みなんだ。って、先週、誕生日のお祝いしてもらった時に言ったよー!」

 俺がそう言うと、亜沙美はやっと思い出した。

「そういえば…そうだったね。いっぱい話したから忘れちゃった!」

 特別に約束をしているわけではないんだけど、朝練無い時は一緒に行きたいし、忘れるなよー!

「この前はありがと!あのお店すごく良かったね。マスターも面白いし!」

 マスターの『やっさん』は男の俺から見てもカッコ良くて、余裕がある大人って感じ。どんな年代の人とでも気さくに話して、話題も尽きない。お店の内装も自分で出来るところは、業者に混ざって自分でやったと言っていた。そういう行動力のある所も憧れるよなー!

「あのケーキ美味しかったー!ひなたはおかわりもしてたしね!」

 食べるのが大好きなんだよね。好き嫌いも無いし、これもリアンの経験の反動かな?

「ひなた、また身長伸びた?」

 身長?そういえば…亜沙美が小さくなった。俺の視界からは亜沙美の黒髪に天使の輪が出来ているのが見える。

「うーん。今183くらいかな?」

 確か、3月に測った時そのくらいだったなー。

「私が今、160㎝だから…23㎝違うのか―。首が痛いわけだ。」

 ははっ。亜沙美、首が痛いのか?だったら…。

「俺の顔が見たければ、いつでも俺が下りてくるよ?」

 少し身を屈めて、亜沙美の顔を覗き込む。

 なんか久しぶりに亜沙美の顔を近くで見たな。23㎝違えば…それもそうか。

「ば、バカにしてっ!」

 あれ?

「亜沙美…?お化粧してる?」

 ちょっと怒って横を向いてしまった亜沙美の顔を追いかけて覗き込むと、亜沙美の唇がいつもと違う。

「ああ、うん。お化粧っていうか、色付きリップだよ。この前、羽菜に貰って…。」

 へえ、色付きリップね…。

「ふーん。何のためにそんなのつけるの?」

 なんか…気に入らない。

「お、おしゃれ?…、あ、保湿!」

 おしゃれ?何のために?

 亜沙美はいつも清潔感があるけど、ファッションとかメイクには疎かったハズだ。

 急に…何で?

「ふーん。」

 俺はカバンから取り出したティッシュで亜沙美のリップを拭き取った。

「な、何っ⁉」

 これでよし!

「うん。亜沙美はこのままがいーよ!」

 俺が勝手なことして、亜沙美は困惑してるけど、他の奴に目をつけられると嫌だし。

 俺って、ちょっと嫉妬深いのかな?それはカッコ悪いけど…。

 でも、亜沙美はいつからおしゃれってヤツに興味を持ったんだろ?

 見てほしい相手がいるとか…?もう高校生だしなー。俺だって幼馴染を卒業して先に進みたいって思ってるわけだし。

 早く亜沙美に好きだって伝えたい。だけど、今の幼馴染のままじゃダメだ。

 まずは、ちゃんと一人の男として意識してもらう所からだよな。

 それまではおしゃれとかするなよー…。


 そう思っていたのに、俺の心配はすぐに現実になってしまった。

 亜沙美のお母さんから、亜沙美が熱を出したと聞いて、飲み物を買ってお見舞いに来た。

 昔からそうだから、俺が亜沙美の家にいても違和感が無く、部屋に勝手に入っても何も言われない。

 ちょっと久しぶりに来たけど、亜沙美の部屋は変わってないな。全体的に落ち着いた色合いで統一されていて、亜沙美は藤色とかラベンダーが好きだから、紫系が多い。

 窓際に机と小さいタンス、部屋の真ん中にネコ足の丸いテーブルがあって、壁際のベッドで亜沙美が寝ている。

 亜沙美の寝顔は子供の時のままだ。確かにちょっと顔が赤いかな?

 俺は本棚から適当な本を取ると、亜沙美を起こさないようにベッドを背もたれにして本を読み始めた。

 しばらくすると、ベッドの上の亜沙美が動く音がした。

「あ、亜沙美!おはよー。…大丈夫?」

 俺が聞くと、亜沙美はまだ少し寝ぼけている。

「ひなた…?どうしたの?」

 俺は本を閉じると、亜沙美に向かってビニール袋を差し出した。

「はい、お見舞い。紅茶、好きだろ?亜沙美、部活を早退したみたいだったから様子を見に来たら、お母さんが熱があるって言うからさ。もう大丈夫?」

 亜沙美は軽く頷くと、ゆっくり上半身だけ起こした。熱ならのど乾くよな?俺は紅茶のペットボトルの蓋を開けて亜沙美に差し出す。

「ありがとう。具合が悪いわけじゃないよ。なんか、考え事し過ぎて頭が疲れちゃっただけ。」

 ん?考え事??

「考え事?熱を出すくらい、何を考えてたの?」

 亜沙美は少しためらったんだけど、それから思い切ったように口を開いた。

「あのね、今日…告白されてね。どうしたらいいのか…。」

 はぁっ!?

「えっ?…誰に?」

 俺は驚いて、食い気味に聞き返す。

「3年の都築先輩に、付き合ってほしいって言われて。」

 まさか、亜沙美から恋愛相談されるなんてな。

 しかも相手が都築先輩だなんて…強キャラじゃないか!

 ちょっと照れながら話す亜沙美に、俺は不安になる。

「ああ、それで、付き合うの?」

「まだ、考える時間をもらってる。都築先輩には憧れてたし嬉しかったんだけど、付き合うってどういうことか分からなくて。ひなた分かる?」

 まだ『憧れ』か…。本当に?

 付き合ったらしたい事…たくさんあるよ。

「ああ、そうだな。付き合ったら一緒に登下校したり、放課後や休日にデートしたりして、お互いの事をもっと知ろうとするんじゃないかな?」

 今だって…亜沙美とは一緒に登下校したり、放課後や休日に出掛けることもある。

 でもそうじゃなくて、もっと近づきたいし、俺の事を知ってほしい。

「ありがとう、ひなた。初めてだからちょっと深刻に考えすぎてたかも?ちょっと楽になったよ。」

 それに…付き合うって、それだけじゃない。

「ふはっ、亜沙美は真面目だからなー。亜沙美、お茶がこぼれないように蓋をしておこうか。」

「えっ?ああ、うん。」

 俺は亜沙美の手からペットボトルを取り上げると、しっかりと蓋を閉めてテーブルの上に置く。

「これで良し!」

 きょとんとしている亜沙美のベットに一気に上がって、亜沙美を優しく押し倒すと、なるべく体が当たらない様に気をつけながら亜沙美の体に覆いかぶさる。俺の手の中に亜沙美がいて、鼻が付きそうなほど近くで亜沙美を感じると、良くない俺が出てきそうになる。

「あの…ひなた?」

 亜沙美の声が直接俺に響いてくると、心をくすぐられるようでもどかしい。

「亜沙美、付き合うとこういう事もするけど、どう?都築先輩とこの先のこと、出来そう?」

 俺以外のヤツが亜沙美にこんなことするなんて、絶対に嫌だ。

 もっと俺の事を知ってほしい。亜沙美から求められる存在になりたい。

 今、この瞬間も、亜沙美は俺の事を意識しないのかな…?

 俺が亜沙美を見つめると、急に亜沙美の顔が赤くなってきた。今まで見たことが無い、照れたような余裕のない表情。

「ぷはっ。また熱が出てきたかな?ごめんごめん。」

 今、ちょっと意識してくれたかも?そう思ったら、嬉しくて笑えてきた。

「もー!またからかって!ビックリしたよー!」

 まあ、亜沙美のこの感じなら急に都築先輩と進展することは無いかな?

「そろそろ、ご飯できるんじゃない?良い匂いがするし。俺も帰るよ。お大事にね。」

 告白されたのは気に入らないけど、俺を意識してもらうきっかけにはなるかも?

 そう思ったら、ちょっと気分が良い。

 でも、あんまりのんびりはしてられないなー。

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