アイリー・コルセリート誘拐される5
腰ぐらいまである背の高い雑草の中を進み、ハルヤとカティアは屋敷の入り口まで辿り着いた。
監視が意味を為さないと判断したのか、二階の窓から感じていた視線が消える。
「罠でもあるかもしれない。気を付けろよ」
「わかってるわよ。あんたの方こそ罠ばっかり気にして、突入する時に怖気づかないようにお願いね」
お互いに釘を刺し合っていると、屋敷の内側から入り口のドアが開けられた。
ドアの内側には盗賊の格好をした髭面の男が、億劫そうな顔でハルヤとカティアを凝視していた。
「さっきの動き、見てたぞ。お前たち普通のメイドと執事じゃねーな?」
厄介者でも来たように髭面は言った。
ハルヤとカティアは揃って顔の前で手を振って否定する。
「いえいえ、アイリー・コルセリート様に仕えるごくごく普通のメイドですよ」
「同じくアイリー・コルセリートお嬢様に仕えるごくごく普通の執事でございます」
髭面は二人の説明を信じた様子もなく、気だるげな動作で背後のテーブルと椅子を指差す。
「身代金が到着するまでは座って待機してろ、とリーダーからのお達しだ。無論怪しい行動をすれば、すぐさま拘束するけどな」
髭面の勧めに、ハルヤとカティアは一歩も動かず言葉を返す。
「結構です、ここでお待ちしますから。私たちはアイリー様のご無事を確認できればそれで構いませんので」
「ひとまずお嬢様のお元気な姿を見せてはくれないでしょうか。お嬢様の姿をこの目で見ない限り、こちらも身代金を渡すことが出来ない」
言外に身代金だけを簒奪するような姑息な真似は許さない意思表示で告げた。
髭面は思案するように間を置いてから答える。
「やっぱりお前ら普通のメイドと執事じゃねーよ。警戒心をひしひしと感じるぜ」
「こちらは主を誘拐されたのです。相手を警戒するのは当たり前ですよ」
「その通り。誘拐犯たちを前に隙を見せるわけにはいきません」
ハルヤとカティアは張り詰めた緊張感を見せる。
髭面は仕方なさそうに溜息を吐き、屋敷内の二階へ上がる階段の方へ視線を向けた。
「俺の独断でどうにかできることじゃねーからな。とりあえず外で待っててくれや」
「それよりも、まずはアイリー様のお姿を……」
「うるせぇ。身柄はこっちが持ってることを忘れるな」
アイリーを案じるカティアに髭面は怒鳴り、勢いよくドアを閉めて対話を絶つように施錠してしまった。
閉め切られたドアを睨んでカティアが舌打ちする。
「ムカつく。こっちの方が立場弱いからって脅すなんて」
「冷静になれよ。怒りのままに行動したらあっちの思う壺だぞ」
今にも怒り狂いそうなカティアをハルヤが宥めた。
ハルヤに宥められてもカティアはドアを睨み続ける。
「このドア突き破って中入ろうかしら?」
「やめとけ。無暗に相手を刺激するなよ」
「アイリー様が人質でなければ強行するのに」
悔しげにカティアが嘆いた。
ハルヤはカティアの愚痴を聞き流しながら屋敷内の物音に気を払う。
鋭敏に聴覚を働かせてみるが、相手も物音を立てないようにしているのかアイリーの居場所も中の人数も把握できない。
焦れるような気持ちでハルヤとカティアが待機していると、再び内側からドアが開いて先ほどの髭面が顔を出した。
「リーダーからお達しだ。身代金持ってくるまで人質を会す気はない、だそうだ。出直してきな」
髭面の伝言にハルヤは肯定の無言を返した。だが彼の隣では青筋の切れる音が鳴った。
まさかとハルヤが隣に目を遣ると、カティアが今にも飛び掛からん憤怒の眼差しで髭面を睨み据えていた。
「アイリー様を助けるまで帰らないわよ。人様の主に手を出しておいて命があると思わないことね!」
カティアの獰猛とも言える眼光に、髭面は怯むどころか面白そうに口を開けて笑う。
「ははは、やっぱお前普通のメイドじゃねーな。荒んだ雰囲気がダダ漏れてやがる」
「うるさいっ!」
吐き捨てるような怒声が響くと、カティアが一瞬のうちにタガーを取り出して髭面の懐に入り込んでいた。
しかし髭面はカティアの動きを予測していたように素早く後ろへ飛び、カティアから距離を取った。
怒り任せのカティアのタガーが空を切ると、髭面は初めて驚いたようにカティアを見据えた。
「普通のメイドじゃないとは思ったが想定以上だな。それにそのタガーはミカグレ団員のものだろ。さては元は同業者か?」
「うるさい!」
嫌味っぽい詮索にカティアは怒鳴り返した。
髭面は恐れた様子もなく二階に向かって声を投げる。
「リーダー、コルセリート家の遣いが聞く耳持ってくれませんぜ。突入してきやがった」
髭面の声に数多ある二階の部屋の一つからゴマ塩頭の男が顔を出した。
ゴマ塩頭の顔にはあきらかな苛立ちが眉間の皺によって表れていた。
「相手がその気なら考えがある」
短く告げると部屋に引き返していった。
その後三秒もせずに二階の他の部屋から盗賊の格好をした男たちがぞろぞろと出てくると、二階へと繋がる階段を占領する。
荒事は避けられそうもない状況にハルヤはタガーを懐から抜きながらカティアの傍まで歩み出た。
「だから言っただろうカティア。刺激するなと」
「……全員ぶっ倒せばいいんでしょ?」
「そうだな。こうなってしまったら仕方がないな」
相手側にも矛を収める気がないと判断し、ハルヤは臨戦のスイッチを入れた。
髭面が階段に集まった仲間たちへ言う。
「そいつらは人質を無条件で解放させる気だ。人質に近づかせるな」
途端に目的が統一されたからか、階段の盗賊達の目に残忍さが宿る。
ハルヤとカティアは怯まずに盗賊達を睨み返した。
「手、抜かないでよ」
カティアの言葉にハルヤは鼻で笑った。
「俺だってお嬢様のことになれば本気だ。見損なうな」
「ふん。それでいいのよ」
ハルヤの本気の目を見たカティアは満足そうに呟き、階段を占領する盗賊達と対峙した。
数舜の沈黙が合図のように、盗賊達が階段と手すりから飛び降りる二手に分かれてカティアとハルヤへ攻勢を仕掛けてきた。
カティアとハルヤは背中合わせに二方向からの攻撃に備える。
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