アイリー・コルセリート誘拐される4

 コルセリート家の邸宅で兄弟の最後の談判がされたことなど知らないハルヤとカティアは、暗い林道を進んで身代金の引き渡し場所である屋敷の庭の前まで辿り着いた。

 屋敷は定住者が不在らしく、外壁の漆喰は所々が剥がれ落ち、庭の周辺に生えた雑草が踏まれた形跡もなく繁茂していた。


「こんな薄汚いところにアイリー様を監禁するなんて、きっと日頃からカビ臭いところで住んでるような奴らなのよ」


 カティアが思い切り眉根を顰めて、汚らわしそうに顔も知らない盗賊団たちを罵った。

 ハルヤはカティアほど露骨に表情には出さないが、誘拐犯たちを許せない気持ちは彼女と同じだった。


「憎いのはわかるが怒り任せに行動するなよ。相手が何してくるか定かでないからな」

「わかってるわよ。恨み言が出てくるうちは冷静なの、本当に怒ってる時は口よりも先に手が出るから」


 軽口のように物騒なことを言ってのける。

 ハルヤはカティアの声を聞き流しながら、微かに感じる複数の視線を突き止めるため夜目を利かせて屋敷の外観にくまなく目を這わせた。

 屋敷の二階窓から厚いカーテン越しにこちらを伺う人影が見える。


 こちらを監視しているのだろう、とハルヤは推測する。


 しばらくして屋敷の入り口が軋み音を出しながら開いて、先ほどの盗賊二人と似通った格好のまだ少年と言ってもいい顔立ちの青年が外に出てきた。

 二階の窓で監視している者から指示されたのだろう、時折二階を振り返りながらハルヤとカティアのところまで歩み寄ってくる。

 幼い顔立ちの青年は警戒をあらわに三歩ほど離れた位置で足を止めて、すぐに引き返せる半身状態で二人と対した。


「お前たちがコルセリート家の遣いか?」

「はい。コルセリート家から参りました」


 先までの嫌悪の顔を引っ込めてカティアが応じた。

 ハルヤもコルセリート家の遣いだと伝えると、青年はハルヤとカティアの全身を眺めまわし、疑わしげな目を返す。


「本当にコルセリート家の遣いか。身代金は?」

「私たちは持ってきておりませんよ」


 カティアは平然と言い放った。

 メイドの姿をした女のあけすけな態度に、青年は呆れた顔になる。


「何をしに来たんだ、お前たち」

「私とこの方はアイリー様にお仕えしております。ですので、アイリー様の様子を確認しに参りました。アイリー様のお会いさせてはもらえないでしょうか?」


 慇懃に頼むカティアに、青年は断固として首を横に振った。


「会わせるわけないだろ。お前たちの希望を通すメリットはこちらにはない」

「どうしても?」

「身代金を携えて出直してこい」


 青年が突っぱねると、カティアはあからさまな不愉快で眉間に皺を作った。


「あっそう。そっちがその気なら、こっちにも手があるわ」

「なんだ。何が言いたい?」


 カティアの抽象的な物言いに青年は訝しげに尋ねた。

 ハルヤが補足するために口を開く。


「自分たちもお嬢様を助けるために必死なんだ。どんな手段でも使わせてもらう」

「知るかよそんなこと……うん?」


 青年はハルヤに言い返して、咄嗟に振り返った。

 振り返った瞬間にカティアの姿を視認したが、背後を取られたと気が付いた時は全身の力が抜けていて膝から崩れ落ちる。


「いつの間に……」


 悔しげな苦悶の声を漏らしながら青年はうつ伏せに倒れた。

 カティアはタガーを逆手に持って柄の底で青年の脊髄を叩いた姿勢から、ゆったりと立ち居に戻る。


「こんなところでミカグレで培ったみねうちが活きるとは思わなかったわ」


 しみじみとしたカティアの呟きに、ハルヤは苦笑する。


「ほんと、お前だけは怒らせたくないな」

「何言ってるのよ。あんただって同じ芸当できるでしょう?」

「できないとは言わんが隠しておきたい」

「出し惜しみしてる場合じゃないでしょ。ほら、アイリー様助けに行くわよ」


 ハルヤとの会話さえもどかしそうにカティアは先んじて生い茂る雑草をかき分けて進み始めた。


「警戒だけは怠るなよ」


 何度目かの釘を刺してからハルヤは後に続いた。

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