学園パーティーですわ1
リスタ学園も夏季休暇に入り、アイリーのクラスメイトなどは避暑地へ家族で遠出する者が多かった。
休暇に入る前にアイリーも学友から海岸沿いの避暑地へ誘われたのだが、コルセット無しで水着姿を晒すわけにはいかず、全ての誘いを断ってしまった。
そのため夏季休暇中のアイリーは予定が少なく、日がな一日のんべんだらりと邸宅の中で夏季休暇を過ごしていた。
ところが怠惰な日々を送るアイリーに良く知る客人が訪ねてきた。
客人にアイリーとの面会を希望されたカティアが、アイリーの部屋をノックする。
「カナリア様が来ております。アイリー様にお会いしたいそうです」
「カナリアが来たのね。何か用でもあるのかしら?」
「詳しい要件は聞いておりませんが、アイリー様とお話がしたいのだと思いますよ」
カナリアはコルセリート家の分家筋の娘に当たるので、本家筋の娘であるアイリーとはたびたびこうして訪問し合って交流している。
アイリーはカティアから話を聞いてベッドから降りた。
ちなみに今まで令嬢の気品皆無でベッドにだらしなく寝ころんでマカロンを食べながら読書をしていた。
「面会するわ。でも少し時間くれるかしら」
学園でも見せている抜群のプロポーションとは程遠い今の状態では、とても憧憬の念を抱いてくれているカナリアとは会えない。アイリーはコルセット用意して着替える時間が欲しかった。
時間を必要とする理由を察しているカティアは聞き返さずに応じる。
「かしこまりました。カナリア様に応接室でお待ちいただいてもらいますね」
「お願いね、カティア」
カティアが部屋の前から去るのと同時に、アイリーはクローゼットへ向かった。
衣装棚と姿見の前に立ち、鏡に映るコルセット無しでの自分の姿を眺めて悔しげに口元を歪める。
「こんな姿、見せられないですわ」
溜息を吐きたい気分でアイリーは肌着になり、仕方なくコルセットを巻き付け人前へ出られるサマードレスに着替えた、
服装を替えてから、もう一度姿見で全身を確認する。
「ちょっと息苦しいですけど、何の違和感もないですわ」
鏡に映る抜群のプロポーションに自分で合格を出すと、クローゼットから出てカナリアが待つ応接室へ向かった。
アイリーが応接間に入ると、部屋の真ん中に設えられたテーブル前のソファにブルネットの髪をショートカットにした少女が手持無沙汰に座っていた。
「ご機嫌ようカナリア。今日はよく来てくれたわ、歓迎するわ」
アイリーは歓迎の挨拶をしてからカナリアの真向いのソファに腰掛けた。
カナリアの方もアイリーの姿を見ると嬉しそうに相好を崩した。
給仕のためにカティアが応接間に現れ、カナリアとアイリーの前にそれぞれ紅茶を注いだソーサー付きのカップと苺をふんだんに使ったアイスクリィムを供する。
苺のアイスクリームを見るなり、アイリーの瞳が輝く。
「ありがとう、カティア」
反射的にスプーンに手を伸ばし掛けて、カナリアの視線を感じて慌てて引っ込めた。
上品に両手を膝に揃えてカナリアへ微笑を向ける。
「カナリア、学園で会った時にゆっくり時間を取れなくてごめんなさいね」
学園で再会した日のことを詫びた。
気にしていないと言うようにカナリアは笑顔を返す。
「あの時のことはいいの。それよりお姉さま、八月十日は予定埋まってる?」
「八月十日。たしか何もなかったはずだけど、そうよねカティア?」
予定を入れた覚えはなかったが、念のためにソファの後ろに立つメイドへ尋ねる。
その日はご予定がございません、とカティアは答えた。
カティアの返答を聞いて改めてアイリーはカナリアに応じる。
「八月十日は空いてるわ。その日に何か用があるのかしら?」
「ええとね、お姉さまがよければなんだけどね」
少し遠慮ぎみに言葉を切ってからカナリアは笑顔で告げる。
「学園創立記念のパーティー、一緒に参加しようよ」
「それは初耳ですわね。どんなパーティーなのかしら?」
聞き知らない催しにアイリーは興味を示す。
カナリアはお姉さまに関心を買えたことに気分を良くする。
「えっとね、去年までは学園理事のお父さんだけだったんだけど、私も今年から生徒だから参加できるようになったの。それでよかったらアイリー様にも参加して欲しいの」
「どのような方が参加されるのかしら?」
「学園関係者の家族とか親戚とか」
カナリアは説明してから思い出したように笑って付け加える。
「あ、それと美味しいものもたくさん用意されるんだよ。いろんな人が来るから毎年種類も豊富に揃ってる、ってお父さん言ってた」
「あら、そうなの。聞くだけでも楽しそうなパーティーですわね」
カナリアの上手とは言えない説明にもアイリーは優雅に微笑んでみせた。
同時にアイリーの内心では、豊富な美食を想像して涎が垂れそうな食欲が湧いてきてもいた。
どんな美味しいものがあるのかしら?
アイリーは食への好奇心で参加意思が固まっている。
「どうするお姉さま。パーティーに出る?」
「参加しますわ」
食欲をそそられたアイリーの口が反射的に答えた。
参加理由が食欲だと悟られないように、咳払いしてから真面目な顔を作る。
「せっかくのお誘いですし、何よりカナリアが参加するのにコルセリート本家の者がいないのは失礼に値しますわ」
アイリーの返答にカナリアは笑顔を見せる。
「お姉さまが一緒なら嬉しいな。お父さんもアイリー様が参加してくれるのが望ましいって言ってたから」
「セルシオの叔父様も歓迎してくれるのなら、なおさら参加しないわけにはいきませんわね」
「お父さんにアイリーお姉さまが参加することを伝えておくね」
そう告げると、ひとまず話題が途切れてしまった。
カナリアが次こそが本題であるかのように、恥ずかしげに上目遣いになる。
「それでアイリーお姉さま。パーティーに着ていくドレスとか、その、まだ決めてないんだよね」
「それは早く決めないといけませんわね」
アイリーのその言葉を待っていたかのようにカナリアが笑顔を弾けさせた。
「そうなの。だからお姉さまにパーティーへ着ていくドレスを決めるの手伝って欲しいんだよね」
言ってから急に視線を落とす。
「ダメかな?」
甘えていいのか迷うようなカナリアの様子に微笑ましさを感じたアイリーは、柔らかく笑みを返した。
「付き合いますわよ。ドレスを決めるぐらいお安い御用ですわ」
アイリーの声にカナリアが落としていた視線を嬉しそうに跳ね上げる。
「ほんと。じゃあ今からでもいい?」
「構わないわよ。そうよねカティア?」
アイリーは請け合ってから、メイドにも伺った。
カティアが同意の微笑を向ける。
「構いませんよ。お車手配いたしましょうか?」
「お願いカティア」
「かしこまりました。それではすぐにお車をご用意いたしますので、少々ここでお待ちください」
外出用の送迎者を支度するためにカティアは一旦応接室から去っていった。
メイドがいなくなってからカナリアが愉快げな笑顔でアイリーに話しかける。
「車の中、アイリーお姉さまの隣座っていい?」
「構わないわよ。他にも希望があれば言っていいわカナリア、メイドと執事に用意してもらうわ」
「他はいいかな。そんなことよりお姉さまと一緒の車でお喋りしたい」
「わたくしと話をして、そんなに楽しいかしら?」
疑問を口にしながらもアイリーは微笑んでいた。
甘えてくるカナリアが本当の妹のように思えてきて愛おしかった。
この後、カナリアのパーティードレスを選ぶため贔屓の服飾店へハルヤの運転で出掛けたのだった。
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