コルセットを外したいですわ4
そして一方、登園したアイリーは早くも凹ませる腹部に不快感を覚えていた。
鞄を提げた手を前で組み、楚々とした足取りで学園の前庭を教室へ向かい歩いている。
名門コルセリート家の令嬢として学園内でも一目置かれるアイリーを見掛けると、他の生徒は慌てて姿勢を正す。
「おはようございます。コルセリート様」
「おはようございます」
アイリーは通り過ぎる間際に上品な笑顔で挨拶を返した。しかし内心では凹ませるのに忙しい腹部が気になり眉を引きつってしまいそうだった。
お腹凹ませるの、辛いですわ。
今すぐにでも緩めてしまいたいが他生徒の目の前で醜態を晒すわけにもいかず、鞄と前に組んだ手を腹部に添えて補助した。
皆の視線から早く逃れたいですわ。
コルセット着用している時は優越さえ感じていた周囲の視線に、コルセット無しの現在は物凄く緊張してしまう。
「お姉さま!」
普段とは異なり心身ともに緊張させているアイリーのもとへ、親しげな声と弾むような足音が近づいてきた。
アイリーはいつもの笑顔を忘れて硬い顔つきで振り向く。
近づいてきた声の主はアイリーが振り向くと同時に背中へ抱き着いた。
「アイリーお姉さま。おはようございます」
「んっ、っ……」
急に抱き着かれたアイリーは慌てて緩みかけていた腹部に力を入れなおした。
腹部の力が抜けてしまう前に、スキンシップを交わしてきた女子生徒の腕を引き剥がして数歩の距離を取った。
「カナリア、突然抱きつかれるとびっくりしますわ。こっちの迷惑も考えなさい」
アイリーにカナリアと呼ばれて窘めれた女子生徒は、ブルネットの髪の毛が接している
肩を落としてしゅんとした。
「ごめんなさいお姉さま。久しぶりに会えて嬉しくて、つい」
アイリーのことをお姉さまと呼ぶ彼女はカナリア・コルセリートといい、コルセリート家の分家筋の娘でアイリーの従姉妹だ。昔から家族ぐるみで親交があり、一つ年上のアイリーを本当の姉のように慕っている。
そんな妹のような存在のカナリアを無下には出来ず、アイリーは先ほどの突き放した態度を改めて微笑みかける。
「そんな嬉しがるほど離れていないでしょう。確か一か月ぶりかしら?」
確かめるように訊くと、カナリアは少し機嫌を直した様子で頷いた。
「うん。一か月前からお父さんに連れ回されてから、ちょうどそのぐらいだね」
「カナリアのお父様、セルシオ叔父様はお元気かしら?」
アイリーは世間話の要領でカナリアの父の現状を尋ねた。
カナリアの父であるセルシオ・コルセリートはアイリーの父と兄弟関係になり、教育水準向上のために仕事として国中を巡覧している。さらにこの学園の理事も務めており、アイリーに入園を勧めた人でもある。
アイリーの問いかけにカナリアは破顔する。
「お父さんも元気だよ。オルダン叔父様にもよろしくって言ってた」
「それなら良かったですわ」
会話の区切りを見て取ったアイリーは、腹部が辛くこの場から離脱するためにあえて話題を広げずに申し訳ない表情を作る。
「本当はいろいろと話したいことがあるけれど、わたくし急いでいるの。またゆっくり話しましょうカナリア」
「それじゃ仕方ないね。また時間あったらお姉さまに会いに行っていい?」
残念そうにしながらも微苦笑で訊いてくる。だが何かに気が付いたようにアイリーを見る目を大きくして首を傾げた。
「今日のお姉さま、表情が硬いね。気のせいかなぁ?」
実際、腹部に意識を割いているアイリーはいつもより表情を上手く作れていなかった。それでも理由など言えるわけもなく、眉を顰めて不機嫌を示す。
「き、気のせいですわよ。わたくしは急いでいると言ったでしょう、行かせてもらうわ」
「ごめんなさいお姉さま」
謝るカナリアに背中を向けてアイリーは足取りを早めた。
あまり長く喋っていると抑え込んでいる腹部が耐えられなくなってしまいそうで、カナリアには悪いと思いながらも話し込む余裕がなかった。
お腹痛いですわ。やっぱりコルセットで来るべきだったかしら。
蒸れる暑さを軽減できる利点はあったが、仲の良い従姉妹とも満足に会話もできないのはコルセットよりも心苦しかった。
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