コルセットを外したいですわ3

 一方でアイリーの部屋を後にしたカティアとハルヤは、ニヤニヤを無理やり抑えて口角を引きつらせた顔で使用人が住んでいる区画へと歩いていた。


「アイリー様の息苦しさを隠しながらの満足そうな顔、見ていて尊死しちゃいそうだったわ」

「お嬢様の自尊心と健気さが相まって最高に可愛かったな」


 寝室でのアイリーの姿を思い出しながら会話する二人の声が弾んでいた。想像はさらに明日へと向かっていく。


「アイリー様は明日もあの状態でご通学されるわけでしょう。車中で顔が緩まないか不安だわ」

「自分も同じだが自制しろよ。もちろん体型を維持したまま学園の日程を完遂できるとは思えないが、お嬢様の前でボロを出すんじゃないぞ」

「わかってるわかってる。あんたの方こそ、いつでも迎えに上がれる準備しときなさい。明日のアイリー様を想像するに凹ませるのが辛くなって早退するかもしれないから」


 釘を刺しながらもカティアの緩みきった顔は戻らない。

 ハルヤの方も表情を緩めたまま同意するように頷く。


「あり得るな。長時間凹ませた状態を維持するのは俺たちでも難しいからな。慣れないお嬢様が耐えられるわけないな」

「腹筋が限界を迎えてピクピク痙攣しているお嬢様のお腹を撫でてみたいわ」

「それはやるなよ。さすがに不自然に触ると怪しまれる。目に焼き付けるだけに留めておくんだな」

「明日の夜にはコルセットの方がマシですわ、とか言い出すのよ。きっと」

「だろうな」


 共感しながらハルヤも緩んだ表情が戻らない。

 アイリーに痩せて欲しくない二人は、主の目がないところでお嬢様のダイエット阻止談議に花を咲かせた。



 翌朝未明、ハルヤはアイリーを乗せた送迎車で学園の正門前に到着した。


「お嬢様、着きました」

「ん、あ、がとうハルヤ」


 コルセットの代わりにお腹を凹ませているアイリーは、呼吸を整えるような息遣いを挟んでから礼を告げた。

 アイリーの隣に座るカティアが先に降車し、主のためにドアを開ける。


「アイリー様、段差がございますので気をつけてお降りください」


 毎朝のことでもカティアは手ほどの高さもない段差に注意を促した。

 アイリーはコルセットを着用していない緊張感からか、いつもより少しだけぎこちなく送迎者から降りる。

 しかし車から降りてしまうと、事情を知らない者からすれば普段と変わりない気品と美しさに満ちていた。

 正門前で他の生徒の目もあり、アイリーは颯爽とカティアに笑顔を向ける。


「それじゃ、行ってくるわね」

「はいアイリー様。いってらっしゃいませ」


 カティアと言葉を交わし、歩き出す前に運転席のハルヤにも視線を投げてからアイリーは学園の門を潜っていった。

 門の内側でアイリーが学園の生徒から話しかけられるのを見届けてから、カティアは送迎者に戻って後部席に座りなおした。


「何限まで維持できるかしら、アイリー様」


 我慢比べを観戦しているような愉快な声音でカティアが呟いた。

 ハルヤは共感して鼻を鳴らす。


「お嬢様の体力を考えれば、昼まではもたないだろうな」

「ランチなんて食べられる状態じゃないから、確かに昼までは耐えられないでしょうね。でもアイリー様の体力なんて雀の涙ほどだから、一限終わりにはもう辛くなってはずよ」


 賭け事で負けない手口を見つけたように確信的な口調でカティアは言うが、ハルヤは納得しかねて首を左右に振った。


「お嬢様は気位も高いからな。意地だけで二限までは耐えられると俺は予想してる」

「あんたの言い分も一理あるけど、賢いアイリー様のことだから無理はしないはずよ。やっぱり私は一限の終わりだと思うな」

「自分の主人をもっと信じてみてはどうだ?」


 発進の操作をしながらハルヤは煽るようにけしかけた。

 しかしカティアは皮肉な目を返す。


「二限までって言ってるあんたも信じてないじゃない。大差ないわよ」


 ハルヤに言い返しながらも、カティアはすぐに溌溂に笑った。


「アイリー様を信じない私達、最低ねぇ」

「本当にそうだな。俺たち使用人として最低だな」


 明け透けに笑い声を出してハルヤも共感した。

 アイリー専属の使用人二人は、車内で遠慮なく笑いあった。

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