コルセットを外したいですわ2

「どんなものかしら?」

「お腹を凹ませる、というのはどうでしょうか?」

「なんですの、それ」


 未知の言語でも聞いたかのようにアイリーは疑わしげな瞳をカティアに返した。

 アイリーの猜疑の視線にも構わずにカティアは説明を始める。


「お腹を凹ませる、と言ってもアイリー様にはピンとこないかもしれません。意識しなければ出来ないことですので」

「カティアのいう行為をすれば、コルセットを着けずに済むのかしら?」

「ええ、アイリー様のお望みは叶えられますよ。今から実践してみますか?」

「カティアが言うのならやってみようかしら」


 不安を見せずにカティアが促すと、アイリーは受諾した。

 カティアは同志のハルヤへ名案を誇る目配せをしてから、笑顔をアイリーに向ける。


「あまり殿方に見られていいものではありませんのでクローゼットの中でご説明します。よろしいですかアイリー様?」

「執事のハルヤならば見られても構わないのではないの?」

「アイリー様が構わなくても、ハルヤ様がお気になさると思いますよ」


 そう返答すると、カティアは同意を強制するようにハルヤを睨んだ。

 ハルヤは反発することなく静かに首肯した。


「ハルヤが気にするのなら仕方ないわね。カティア、クローゼット入るわよ」

「承知しました」


 ハルヤへ配慮をしてからアイリーはカティアを連れてクローゼットの中へ入り、扉を閉め切った。

 アイリーの部屋で一人蚊帳の外に置かれたハルヤだったが、カティアの発案を鵜呑みするアイリーを想像して笑いを堪えるのに口元に力を籠めた。

 お腹を凹ませた状態を維持できるとは思えないんだよな。頑張って凹ませつつも誇らしげなお嬢様、さぞお可愛いんだろうな。

 プロポーション詐欺に懸命なアイリーの姿が脳内で写り、ハルヤは堪えていたニヤニヤがついに顔に出てしまった。

 頭の中でハルヤがアイリーの可愛い様子に頬を緩めていると、カティアだけが先にクローゼットから出てきた。

 慌てて表情を引き締めるハルヤに向かって、カティアはアイリーからは見えない腹部の前で親指を立ててみせる。

 声には出さないが口の形だけで完璧と伝えてほくそ笑んだ。


「カティア、これ凄いわ。コルセット無しでスカート履けましたわ」


 微かに開いたクローゼットの扉の隙間から、アイリーの夢でも叶ったように弾んだ声が漏れ聞こえてきた。

 カティアは扉の隙間から顔だけをクローゼットの中へ差し込む。


「念のためにハルヤ様にも制服姿をお見せしてはいかがでしょう?」

「そうね。ハルヤにも見てもらおうかしら」


 気分を良くしているアイリーは、一切の恥じらいもなくクローゼットから悠然と歩き出てきた。

 クローゼットから出てきたアイリーの姿にハルヤは目を細めて微笑んだ。

 少し肩が上擦っている印象はあるが、今までウエストが締まらなかったスカートを履きこなして、コルセットを着用時と大差ないプロポーション抜群の制服姿だった。


「ど、かしら?」


 お腹を凹ませているせいで若干に息遣いが乱れているが、アイリーは身を揺らしてスカートをなびかせた。

 必死にお腹を凹ませつつも凹ませていないように振舞るアイリーに、ハルヤは自然と口の形が笑みを作る。


「やはりお美しいです、お嬢様」


 ハルヤの感想にアイリーは満足そうに笑った。


「ハルヤにも認めてもらえたなら問題ないわね。明日からはこうして学園へ通うことにするわ」


 コルセット無しでスカートを履けたことで、アイリーは嬉々とした口調になった。

 ダイエットを阻止したいカティアとハルヤは賛成の笑みを向ける。


「よろしいと思います、アイリー様」

「お嬢様の望みが叶ったようで何よりです」

「感謝するわ二人とも。これでもう相談は済んだから、わたしくは就寝することにするわ」


 かろうじて凹ませた状態を維持しながらアイリーは二人へ告げた。

 眠りを邪魔してはならないという親切と、アイリーが余計な疑問を抱く前にという小賢しさでカティアとハルヤは頭を下げてからアイリーの寝室を後にした。

 二人が部屋から出た後、アイリーはすぐさまクローゼットへ引き返した。

 クローゼット内でルームウェアに着替えなおし、凹ませていた腹部を緩めて深い呼吸で一息ついた。


「細くなりますけど、少々息が苦しいですわね」


 アイリーは不満げに呟いたが、すぐに笑顔に戻る。


「けれどコルセットより幾分マシですわ。暑苦しさは改善されたもの、慣れてしまえばなんとかなりそうですわ」


 たった数分間凹ませただけなのだが、アイリーはすでに万事解決したように安心しきった顔で頬を綻ばせた。

 油断しているアイリーには、細い体型を長時間維持しなければならない見通しが全くできていなかったのだった。

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