8時間ダイエットですわ3

 終日ハルヤとカティアは協力して、アイリーは部屋を離れた隙を利用して寝室の時計を少しずつ遅らせていった。

 結果的に計一時間二〇分ほど遅らせ、アイリーが最後に食事を摂ったのは十八時二〇分を過ぎてしまい、初日から八時間ダイエットは失敗した。

 いつもより一刻ほど時間が遅れていることには気が付かないまま、アイリーは就寝前に時計を見て満足そうに頷いた。


「まずはダイエット初日、八時間のルールを守ることが出来ましたわ」


 ベッドメイキングの確認をしていたカティアがアイリーに笑顔を送る。


「さすがですねアイリー様。このまま継続していけば、きっとダイエットの効果が出ますよ」


 翌日に学園へ持っていくアイリーの荷物の点検をしていたハルヤも励ますように微笑みかける。


「よく頑張りましたお嬢様。さあ、そろそろご就寝の時間です」

「明日からもよろしく頼むわよ。ハルヤ、カティア」


 ハルヤに就寝を促されると、言いそびれぬ前にとアイリーが従者二人に感謝を示す。

 二人は光栄に堪えないフリで深々と頭を下げる。


「アイリー様のお力になれて幸いです」

「ありがたいお言葉です。それではお嬢様、おやすみなさいませ」

「ええ。おやすみ」


 二人と就寝の挨拶を交わすと、アイリーは布団を被って目を閉じた。

 アイリーの寝つきを見届けてからカティアとハルヤは寝室から静々と退出する。

 廊下に出て邸宅内にある奉公人が泊る部屋が連なる場所まで来ると、二人は口角を上げた笑みを向け合った。


「アイリーお嬢様、寝たわね」

「ああ。何事もなく遂行できたな」


 作戦成功で二人の間にハイタッチでもするような空気が流れる。

 一日目を終えたことでカティアが力を抜けた笑みを浮かべた。


「アイリー様、私たちの思惑に全く気付いていなかったわね。ああいうちょっと抜けたところも可愛いわ」

「お嬢様は賢いお方だ。しかし名家の令嬢だからか人を疑う鋭敏さは持っていらっしゃらないな。そこが純朴で可愛いんだが」


 カティアは記憶を思い返すように遠い目をする。


「私達みたいな裏稼業にいた身からすれば、何事も真っすぐに物事を見られるアイリー様は無垢そのものね。羨ましいぐらい」

「お嬢様のそういった聡明な純真さがなければ、俺自身も執事としての人生はなかったからな」


 可愛さを感じるとともに、二人の胸にはアイリーへの深甚たる感謝もある。


「ほんとうにアイリー様に会えてよかったわ」


 感慨深いカティアの呟きにハルヤは共感の笑みを返す。


「同じく。お嬢様の執事になれてよかった」


 アイリーに出会う前まで盗賊として生きてきたカティアとハルヤにとって、現在のアイリーに仕える日常は平和そのものだ。

 しみじみとした雰囲気になり、それを払拭させるようにカティアが悪戯っぽく笑う。


「こんなこと言ってるけど、私達アイリー様の意に反したことしてるのよね」


 ハルヤは愉快に笑い飛ばす。


「お嬢様にはそのままでいて欲しいからな」

「わかるわ。アイリー様は痩せる必要ないのよ。あの実は、っていうギャップが最高に愛らしさを倍増させてるのよ」


 ハルヤの言葉にカティアが腕を組みながらしきりに頷く。

 二人でアイリーの話題で盛り上がっているうちに、いつの間にかハルヤの執事室の前まで来ていた。

 執事室の前で足を止めたハルヤに、カティアは朗らかな笑顔で廊下の奥を指差す。


「私の部屋もっと奥だから。おやすみ」

「おう、おやすみ。明日も頼むぞ」

「言われなくても」


 そう答えてひらひらと掌を振って廊下の奥へと歩いていった。


「明日のためにも寝ないとな」


 ハルヤはカティアとお嬢様談議を続けたい気持ちもあったが神経をすり減る作戦であることもわかっており、大人しく英気を養うことにした。

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