運動しますわ4
ひとまず一週間のダイエット期間が終わった。
アイリーは一週間も運動習慣が続いたことに満足していた。
対してハルヤとカティアはジュースの味を変えるなどして、なんとか運動後のアイリーに甘いジュースを飲ませて抗った。
途中経過を確認するためにアイリーはハルヤとカティアを部屋に呼び出し、クローゼットまで通した。
「今日呼び出したのは他でもないわ。ダイエットの経過を確かめるのよ」
身体の輪郭が曖昧な緩いネグリジュを纏ったアイリーが、呼び出した理由を告げた。
本音とは裏腹にカティアは励ますように笑い掛ける。
「少しでも成果が出ていると嬉しいですね、アイリーお嬢様」
「ええ、一週間も頑張ったんですもの。少しぐらい成果が出ているはずですわ」
アイリーは身体に急激な変化があるとは思っていないが、カティアの言葉に被せるように自信ありげに頷いた。
雰囲気に合わせるようにハルヤもアイリーに笑みを向ける。
「お嬢様は一週間も頑張られたので成果は出るに違いないです。間近でお嬢様の頑張りを見ていた自分が保証します」
言い過ぎたかな、とハルヤは思いながらも痩せていると疑わないお嬢様の純粋さに悪乗りしてしまう。
見るからに痩せていないのにどうしてそんなに自信満々なんだろう。お嬢様可愛い。
ハルヤの心中など露知らないアイリーは、いそいそと衣装棚から学園の制服スカートを取り出し姿見の前に立った。
「今ならかろうじて履ける気がしますの」
傍から見ても痩せていないアイリーの嬉しそうな様子を、ハルヤとカティアは微笑ましげに見守る。
アイリーは信頼しきっている二人の前でゆったりとしたネグリジュを脱いで肌着だけになり、細いサイズの制服スカートを腰の周りに広げた。
鼻歌でも歌いそうなご機嫌でスカートの両端のフックを近づけていくが、拳大の隙間を残して両端は止まってしまう。
途端に見たくないものを見たようにアイリーが顔色をなくした。
ハルヤとカティアは内心ではほくそ笑みながらも、表向きは気掛かりを装う。
「アイリー様、固まってどうなさいまいたか?」
「我々が何か失礼をしましたでしょうか、お嬢様?」
「……ぜんっぜん変わってませんの」
心配そうに声を掛けてきた二人に、アイリーは振り向かずに絶望的な声を出した。
「全く痩せておりませんわ。むしろ前よりも幅が広くなって気さえしますわ」
アイリーの言葉にカティアは気の毒そうに目を閉じ、ハルヤは驚いたように目を大きく開いてみせた。
「そうなのですか、私も残念ですアイリー様」
「さようでございますか。お嬢様あんなに頑張っておられたのに」
本心では二人ともダイエット失敗に喝采を上げているが、最大限の建前と演技でそれぞれの反応をした。
従者二人がダイエットの敵だとは知らないアイリーは、憎々しげに拳大はあるフックの隙間を見つめる。
そして普段の気品たっぷりの物腰とは打って変わり、悔しさを無理矢理に抑え込んだような力感ある動作でスカートを元の場所に戻す。
「このダイエットはもうやめにしますわ。効果がないのなら続ける意味が一つもありませんもの」
「気に病むことはありませんアイリー様。何事も上手くいくとは限りません、今回はたまたま運が悪かっただけです」
どの口が言うのかカティアが慰めた。
カティアとは違う言葉を掛けようとハルヤは考えてから告げる。
「今後はどういたしましょうか。ここ一週間この時間は運動をしておりましたが、何か別のことをご堪能になられますか?」
アイリーはハルヤの言葉を黙って聞いていたが、我に返ったように微苦笑する。
「もう運動しなくていいのね。じゃあ夕食まで読書でも嗜もうかしら」
ダイエットしない分の時間が空き、即座に希望を申した。
ハルヤもすぐさま礼儀正しい執事の姿勢と表情に戻り、アイリーへ頭を下げる。
「かしこまりました。読書に使う本はいつもの書架からでよろしいでしょうか?」
「あなたの好みで構わないわ。一冊持ってきてちょうだい」
「ただいま取りに行ってまいります」
ハルヤが退出すると、アイリーはカティアに顔を移す。
「それとカティア。あなたは夕食の時間になったらまた来てちょうだい。それまでは一人にさせてくれるかしら」
「かしこまりましたアイリー様」
カティアは頭を下げてからアイリーの部屋から退いた。
一人だけ残ったアイリーは深々と溜息を吐く。
「二人に手伝ってもらったのに、本当に不甲斐ないですわ」
自身を戒めるように呟いて悄然とクローゼットを後にした。
アイリーがダイエットを断念した日の深夜。
ハルヤとカティアが執事室で丸テーブルを囲み、ミックスナッツをつまみに赤ワインで祝杯を挙げていた。
「ダイエット阻止した祝いの酒よ」
「作戦成功を祝して、乾杯」
ハルヤの音頭で二人はワイングラスを付き合わせた。
カティアがグラスの音が響いてすぐにワインを一口に呷る。
「ふぅー。これでコルセットで絞るアイリー様が見続けられるわ。眼福眼福」
メイドの上品さとはかけ離れた捌けた口調で喋るカティア。
ハルヤはナッツを指に摘まみながら同感の微笑を向ける。
「わかるぞ。プロポーションを誤魔化してる事実あってこそのお嬢様の可愛さだからな」
「そうなのよ。ただ寸胴なだけじゃダメなのよ。人前では気品高く振舞いつつも、コルセットを見抜かれないように懸命になっているのが天下一品なのよ」
裏切り従者二人は祝杯を片手に秘めたるアイリーへの愛しさを語り合う。
ハルヤがカティアに二杯目を注ぎながら話題を振る。
「今日でお嬢様がダイエットをやめたから、明日の朝から通常の献立に戻すのか?」
「いつものパンケーキにシロップたっぷりのやつね。最近はパンケーキの枚数とシロップの量を減らしてたから多めに焼いたら喜んでくれるかしら」
「我慢していた反動か。お嬢様は朝いつもお腹を空かせているから、ちょっとぐらい多くても平らげてくれると思うぞ」
「じゃあ多めに作っちゃお。また明日から美味しそうに食べるアイリー様が見られるのも楽しみだもの」
愉快げに明日のことをカティアに話すカティア。
ハルヤの方もアイリーの食事を想像して口元を緩める。
「お嬢様の頬が落ちそうな笑顔が見られると、朝からやる気が出るからな。俺も美味しそうに食べるお嬢様は楽しみだ」
「わかってくれるのね、その気持ち。やっぱりアイリー様の可愛い姿こそ活力の源よね」
ワインボトル一本開け終わるまで、ハルヤとカティアのお嬢様可愛い談議は続いたのだった。
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