運動しますわ2
ダイエット計画が立案されてアイリーが満足げに熟睡している深夜ごろ。
ハルヤに当てがわれている執事室にて、カティアとハルヤによるお嬢様ダイエット阻止委員会がひそかに活動を開始していた。
一人用の円卓に作戦会議に使うアイリーの情報リストを広げて二人で囲み、至極真剣な顔を付き合わせている。
カティアが頬杖をついて嘆かわしくぼやく。
「アイリーお嬢様のご意思は硬いようで、言葉だけでご意思を曲げるのは厳しそうね」
カティアの呟きにハルヤはワイングラスから彼女へ視線を向ける。
「普段のように甘言に耳を貸してはくれないだろうな。ダイエット事態を阻止する考えは捨てた方が良い」
「それじゃあ、どうするのよ。このままアイリーお嬢様を痩せさせるの?」
眉を顰めてあからさまに拒否感を示すカティア。
ハルヤは否定するように鼻を鳴らした。
「だからこうして話し合うんだろう。俺とお前が知恵を出し合えば、何か良案が思いつくはずだ」
「そういう、あんたにはすでに具体的な考えがあるの?」
「いや、まだない」
ハルヤが真面目に答えると、カティアは仕方なさそうに溜息を吐いて腕を組む。
「まず、お嬢様に私たちの思惑を見抜かれてはいけない。これは大前提だと思うの」
「建前ではダイエットを手伝う立場だからな。露骨に運動をやめさせたり、運動で消費した分のエネルギーをお嬢様にわかる形で補わせるわけにもいかない」
「お嬢様自身が諦めてくれれば一番手っ取り早いんだけど」
「そういう不確定な要素を含んだ作戦はやめよう。今回のお嬢様のご意思は巌のように硬いからな、おいそれと諦めるとは思えない」
進まない論議にカティアは思考を深くするように腕を組んだまま椅子の上で上半身を捩る。
「運動メニューではとりあえず一週間の期間を設けたから、一週間経っても結果が出なければ諦めてくれるかしら?」
カティアの問いかけに、ハルヤは脳内で検討してから肯定の頷きを返す。
「その可能性はあり得るな。賢いお嬢様のことだから途中経過が芳しくなければ、ダイエットの意味を見出せなくなり、断念するかもしれないな」
「やっぱり可能性はあるわよね。どうすればお嬢様が諦めてくれるかを考えるのは、方向として間違ってないと思うのよ」
アイリーの性格を知るハルヤとカティアは、ダイエットを断念したくなる状況を想像しうる限り予想した。
議論の方向性が定まり、二人は『痩せさせない』ではなく『諦めさせる』方法を探すことにシフトチェンジしていた。
「いろいろ考えてみるけど、普段運動しないお嬢様だから運動習慣が続くだけで痩せる未来しか見えないわ」
「食事量を増やさず運動を一週間も続ければ、お嬢様は確実に痩せるだろうな。コルセットが必要なくなるまではそれなりの期間を要すだろうが、経過が良好ならお嬢様のダイエットを続行する意思はよりいっそう強固になる」
「あんたの言う通りなのよ。お嬢様は正しいと思ったことは習慣化する傾向があるから、そのおかげで勉学の成績は学園三位以内を維持しているのよ」
「純粋なところはあるが、とても賢いお方だよな。そう考えると勝負は最初の一週間だな」
お嬢様が運動しつつも一週間でダイエットの効果が出ない方法を見つけるために、ハルヤとカティアは頭を捻った。
参考のためにハルヤは日頃トレーニングしている自分の姿を想起してみる。
トレーニング中、何をしているか?
そしてトレーニング後に自分が必ず水分補給を欠かさないことに、光明のような閃きを感じた。
閃きの正体が判然としないままハルヤはカティアに話を振る。
「なあ、カティア?」
「なに?」
頭の中の着想を逃がさないようにするためか、カティアは視線を絨毯に落としたまま耳だけをハルヤの声に傾けた。
ハルヤは自身の感じた閃きを言葉にする。
「トレーニング後は喉が渇いて水を飲むんだが、お嬢様も運動後は喉が渇くよな?」
「そりゃ渇くでしょうよ……っ!」
当たり前のことを訊くハルヤに呆れた目を返しかけたが、途端にカティアの顔が驚愕に染まった。
次には名案を思い付いたように笑顔になる。
「それよ、それがチャンスよ。運動後の喉が渇いた状態ならば確実にお嬢様は何か飲みたくなるわ。なら飲み物を水じゃなくて運動量を補えるだけの高エネルギーの飲み物に変えてしまえば、お嬢様のダイエット効果は出にくくなるはずよ」
興奮気味に話すカティアにハルヤも共感して笑顔で頷いた。
「ナイスアイデアだ。その方向で立ち回っていこう」
「ほんとにでかしたわ。あんたの気づきが無ければ思いつかなったもの」
「そっちこそ、俺の何気ない閃きを形にしてくれて助かった」
互いに称え合い、ハルヤとカティアは同志であることを確かめるように片手をがっしりと握り合った。
「そうと決まれば、細かい所を詰めていきましょ」
「ああ、同志よ。お嬢様が飲む物の選定からだ」
深夜の執事室で、執事とメイドの共犯関係が成立した。
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