盗んだものはお嬢様の秘密だった2

 貴族として生まれ育ち、衆人を魅了する美貌と恵体を持ち、聡明さも備え、天は二物を与えずとは嘘だったのか?


 身動きの取れないハルヤは益体もない考え事をしながら、アイリー嬢の観察を続ける。

 オイルランプの光の中、アイリー嬢は薄い肌着さえも捲った。

 素肌が露になる、と思いハルヤは後ろめたい気持ちになったが、意外なことにアイリー嬢は肌着の下に胴体を締め付けるような白色の防具のような物を着用していた。


 あれは、なんだろうか?


 見たことない防具にハルヤは任務中の身ながら興味が湧いた。子細に眺めているうちに防具の正体に気が付く。

 防具にしては締め付けが強すぎ、服越しにも目立たない色合いと生地の厚さ、さらには背中側の特徴的な編み上げ紐。

 コルセットだな、それも体型を誤魔化すための。

 前言撤回、天は二物を与えてなかった。

 ハルヤが驚愕の感で目を向けていることなど知らずに、アイリー嬢はコルセットの編み上げ紐に手を掛けた。

 紐を外側へ繰り返し引っ張って徐々に緩め、見るからにコルセットの締め付けが弱くなっていく。

 ウエストのくびれがなくなるぐらいにまで緩くなると前開きの金具も外し、気が抜けたように息を吐いてコルセットを脱いだ。

 コルセット無しでのアイリー嬢の体型を目にしたハルヤは、見てはいけない物を見ている気分になる。

 なんか想定してた令嬢と違うな。どう見ても寸胴……いやふくよかだな。

 自分の視界が本物かどうかハルヤはさらに目を凝らす。


「コルセットないと楽ですわ」


 目の前の光景を俄かに信じられないでいるハルヤの耳にアイリー嬢の開放的な声音が入ってくる。

 コルセットを傍のテーブルに置くためか、アイリー嬢がコルセットを持って身を斜めに捩る。

 偶発的に斜め後ろからアイリー嬢を見ることになったハルヤの目に、若干にお腹がせり出したアイリー嬢が映る。

 どれだけコルセットで絞ってたんだ。これじゃもう詐欺だぞ。


「意外と太……」


 観察から観賞へと意識が落ちてしまっていたハルヤは、思わず胸の内を口に出してしまい慌てて口を手で押さえた。

 だが時すでに遅くアイリー嬢は声を聞き取り、びくりと置きかけていたコルセットを腹部に抱きかかえ、緊迫した目つきで辺りを見回し始めた。


「だ、誰かいますの!」


 ハルヤは声を殺すしか方途がなかった。

 人語を話した以上動物の鳴きまねで乗り切ることは出来ず、気のせいだと思ってくれることを祈るしかない。

 しかし物音一つしないクローゼット内であることが災いして、アイリー嬢は抜け目ない視線を走らせている。


「誰ですの。わたくしのクローゼットに勝手に入ったのは!」


 尚もハルヤは黙る。


「意外に、なんて言おうとしたのかしら?」


 姿を現さない侵入者へ向かって、苛立った口調で叫ぶ。

 それでもハルヤは黙る以外に術がない。


「どこなの。出てきなさい!」


 怒り眼でクローゼット内を見るアイリーの目がついに足元へ向かう。

 ラックにかかったドレスの下に身を伏せていたハルヤは、身動きも取れず運よく見つからないことを願った。

 だがしかし、アイリーの索敵する目はドレスの下に身を伏せるハルヤを捉える。


「見つけましたわ。誰ですの?」


 ハルヤは渋々とうつ伏せのままアイリーの方へ顔を上げた。

 猜疑心に満ちたアイリー嬢の目が射止めるようにハルヤに刺さっている。

 逃げ場を失ったハルヤは諦めてドレスの下から這い出ようと身動ぎした。しかし急にアイリーが焦りを顔に滲ませて後退りする。


「ちょっと待ってくださる?」

「……は?」


 アイリーの言葉の意図がハルヤにはわからず、腰まで這い出た状態で固まってしまう。

 今すぐにでも悲鳴を上げれば邸宅内の警備兵が駆け付けてきそうなものだが、なぜかアイリーは侵入者のハルヤへ制止を呼び掛けている。

 俺を動揺させる狙いなのか?

 そこまで考えてみるが、荒事を知らないであろう名家の令嬢の発想ではないとすぐに考えを棄却する。

 そもそも、どうして俺は待たされているんだ?

 何一つ疑問が氷解しないままうつ伏せのままアイリー嬢を眺める。

 当のアイリー嬢はハルヤが動かない隙を突いて、コルセットを肌着の上に再び巻き付け始めた。


「ふぅー。ふぅ」


 寸胴気味の体型を無理やりくびれた身体へと変化させるため、息苦しそうな吐息を漏らしながらコルセットを着用していく。


 この期に及んで体型を気にするのか。


 ハルヤは呆れながらアイリーのコルセット着用の様子を観察する。

 もしも俺が制止を無視して襲い掛かっていたら、彼女はどうしたのだろうか?

 徐々に部屋に入ってきた時のプロポーションへ戻っていくアイリー嬢を見ながら想定を立てていると、はっとしてハルヤは気が付く。

 もしかしてこれ、力づくで脅して脱出できるのでは?

 令嬢に乱暴を働くのはやぶさかではないが、保身のためには仕方ないとハルヤは割り切ることにして、うつ伏せの状態から素早く立ち上がった。

 ほぼ同時にアイリーがコルセットの着用してネグリジュも羽織り終えていた。


「きゃああああああああああああ!」


 アイリー嬢が突如絹を裂くような悲鳴を上げて、尻餅でも付きそうな勢いで壁際まで後退した。


「今さらだな」


 命よりも体型の秘匿を優先したアイリー嬢に、ハルヤは呆れ果てて脱出する気が失せてしまった。

 この後ハルヤは悲鳴を聞きつけた警備兵と身のこなしが敏捷なメイドに取り押さえられてしまい、手足を縛られた監視付きで地下にある懲罰部屋にひとまず押し込められたのだった。

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