盗んだものはお嬢様の秘密だった1

 半年ほど前のことである。ハルヤ・スタルツェはコルセリート家の邸宅にいた。

 しかしその恰好は執事の燕尾服ではなく、夜闇に溶け込む黒い軽装に腰には護身用のタガー一本と盗品を仕舞うための小さく丸めた麻袋を携行していた。

 ハルヤは東ワパール共和国で中世から脈々と続くミカグレ盗賊団の一員として、コルセリート家の邸宅に侵入したのだ。


 ミカグレ盗賊団は伝統に重きを置き、中世時代に発足した当初から『人命致さず、金銀頂戴す』を美学にしている。要するに人を殺さずに金品だけを奪うのだ。

 ミカグレ盗賊団の盗取対象は裕福な貴族が蔵する宝物や所有物だけに限り、中産階級以下の民間人から盗みは働かない義賊に近いものだ。

 そんなミカグレ盗賊団の一員であるハルヤは、今夜コルセリート家にある金目のものを盗みに来たのだった。

 ハルヤが盗取対象にしているのはコルセリート家の令嬢であるアイリー・コルセリートが信用した者しか通さないとされている寝室横の一室に秘蔵されている「何か」だ。


 夜陰に乗じて警備兵の目を難なく搔い潜り、ハルヤはアイリー・コルセリート嬢の寝室の前まで辿り着く。

 よほどアイリー嬢はプライベートを見られたくないらしく、寝室の前に警備兵が一人もおらず、ここまで来てしまえば盗賊業に慣れたハルヤには寝室への侵入など容易かった。


 警戒心の欠片もないお嬢様だな。


 用心のなさに嘆いてしまうほどの余裕を持ってハルヤは寝室の両開きの扉の片方をそっと開けた。

 アイリー・コルセリートが浴場におり、寝室が無人である確信を持って侵入する。

 寝室に押し入ったハルヤはひとまず実際の部屋の間取りを確かめた。寝室の内観は貴族の令嬢らしく天蓋付きのベッドに、シルクを使った良質な生地を使ったレースカーテンなど、この一部屋でさえ金に糸目をつけてないのは明らかだ。


 秘密の部屋はどこだろうか?


 盗賊稼業で順応してしまった夜目を利かせて、令嬢の寝室を見回す。

 すると寝室の左側にもう一つ両開きの扉があった。


 まさか、ここか?


 あまりにも分かりやすく、罠ではないかとハルヤの警戒心が働く。

 扉の取っ手に触れる前に手の甲で軽く叩いてみる。

 内側にも外側にも何の変化もなく、特別な細工は施されてはいないようだ。

 罠の有無を確認したハルヤは慎重な手つきで扉を開いた。

 任務前に調べた邸宅の見取り図でも、この扉の先以外に寝室横の空間はなかった。その事実がハルヤの足を扉の内へ踏み込ませる。

 それでも警戒は解かず、中に入ってから再度物音に耳を欹てた。


 物音はない。


 意識を耳から夜目へ集め、室内を観察する。

 手前側から縦横に多くの衣服が掛けられたラックが奥まで連なり、見るからに秘密めいた部屋ではなく裕福は貴族のウォークインクローゼットだ。


 ほんとうにここだよな?


 部屋を間違えたのではないかとハルヤは疑問を抱くが、再三照らし合わせた脳内の見取り図ではこの部屋以外に考えられなかった。

 では、この奥に何かあるのだろうか?

 可能性の一つとして手前側はただのクローゼットで、クローゼットを隠れ蓑にして宝物が秘蔵されているのかもしれない。

 そう考えたハルヤは、ドレス刺繡の細微を判別できるほどに目を配りながらクローゼットの奥まで進むことにした。

 床にも隠しドアが無いことも足裏の感触で確かめながら、目ぼしい発見もないままクローゼットの奥まで歩き着く。


「もしかして、本当に何もないのか?」


 思わず小声が出てしまうほどに不安が過る。

 通常なら貴族や富裕層は隠し扉であったり強固な金庫を作って、その中で家宝を守っているものだ。

 ここまで来ても何もない、という経験しない状況にハルヤは慌てて頭を巡らせる。

 しかし動揺もあってか解は出ない。

 見落としでもあれば、ともう一度クローゼット内に視線を走らせた。

 数々のドレスや履物、それに肌着のようなキャミソールがあるばかりで、本当に令嬢のクローゼットでしかない。


 空振りだったのか?


 考えたくはなかったが、徒労に終わることも視野に入れ始める。

 ハルヤが溜息を吐きたくなったその時、寝室の入り口の開く音が彼の耳に届いた。

 思索に気を取られていたハルヤは急な人の気配にたじろぎ、即座に脱出しようと手近な窓を探した。

 だがクローゼット内に窓があるとは思えず、すぐに脱出の手段は頭から捨てる。


「はあぁぁ、やっと解放されますわ」


 気疲れしたような少女の声がクローゼットの入り口から聞こえた。

 幸い足音と声からして一人のようで、足取りもゆっくりだとハルヤは推測して身を隠せる場所を探した。

 様々な衣装にまみれたクローゼット内に、青年一人を隠せるような隙間はないように思える。

 ハルヤは仕方なく自身の服と同化しそうな黒い生地のドレスが何着も掛けられたラックの下に身体を潜り込ませて、この場を乗り切ることにした。

 息を潜めてじっとしていると、クローゼットに硬い靴音とともにオイルランプを手にした人影が現れる。


 誰だ。令嬢の寝室にあるクローゼットだからアイリー・コルセリートか?


 ラックの下に伏せていて人影を視認できないハルヤは、知りえる情報で正体を推測してみる。

 周囲だけを明るくするランプを手にした人影が、ハルヤの伏せるラックの付近まで気を抜いた足取りで歩み寄ってくる。

 そして人影はハルヤの横を通り過ぎ、クローゼットの最奥に設けられた姿見の傍の小型テーブルにオイルランプを置いた。

 オイルランプの円みたいな灯りの中で、ブロンズの映えるような髪に非の打ちどころのない肢体をネグリジュで包んだアイリー嬢の姿がハルヤの目にも窺えた。


 付き人もなしで着替えに来たのだろうか?


 ラック下に潜り込むハルヤに気が付く様子もなく、アイリー嬢は姿見の前でネグリジュの裾を捲り上げる。

 おいおい、令嬢の着替えを見るために侵入したんじゃないぞ。

 目を逸らしておくべきだと思いながらもアイリー嬢が秘蔵しているものを持ち出すかもしれないと念のために観察を続ける。

 アイリー嬢は姿見の前でネグリジュを捲り、その内側から薄い肌着越しに見事にくびれたウエストが覗いた。

 巷の噂に聞くアイリー嬢の抜群のプロポーションに、着替えを眺めていたハルヤは俄かに憧憬に似た感情を覚えた。


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プロポーション詐欺するお嬢様が可愛すぎて仕方ない! 青キング(Aoking) @112428

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