第15話ーimpatienceー

「兄ちゃんも…色々と大変そうだね。」


店主はお釣りを渡しながら俺に労いの言葉をかけてくれた。


「すまない…。」


店主にそう返し、俺はノエル達の席に戻る。


「アリシア。食事は大丈夫か?」


「ああ。気を遣わせて済まない。食後のデザートは私で構わないぞ。」



相手にするだけ調子に乗る気がするからここはスルー。

そして、今夜の宿泊事情を伝える。



「今日は三人同じ部屋だ。ベッドはひとつしかないから、悪いが二人一緒に寝てくれ。俺はソファで寝る。」


「ええ! シノノメさん大丈夫ですか?」



ノエルが珍しく心配してくれる。

嬉しいね。

まあ、ちゃんと暖かくすればソファも快適なベッドになり得るからな。



「大丈夫だ。本当は三人部屋にしてもらおうかと思ったんだが先客がいたらしい。かといって部屋二つとるのは経済的に良くないから店主に許可もらってそうすることにした。」


「かたじけない…。シノノメ、恩に着る…。」



アリシアもあんな所持金じゃ飯もロクに食ってないだろうな。

もう少ししっかりして欲しいところだが、反省してるみたいだから今はいいだろう。


「おまちどうさん!」


店主がカチャカチャと食事やスプーンを追加で持ってきてくれた。


「すまない。なるべく早く済ませる。」


「いいってことよ!飛び入りは大歓迎さ。毎日同じじゃつまらないからな。たまにはイレギュラーがあったほうがやりがいがあるってもんよ!」


おやっさん、イケメンすぎんか?

俺もいつかそんな風に余裕持った考えができるようになりたいわ。



「よし。迷惑はあまりかけられないからな。早めに食事を済ませて部屋に行こうか。アリシアも…」



チラリとアリシアのほうを見ると下を向いてぷるぷるしている。

なんなら泣いてる。

それはもうポロポロと涙がシチューに落ちているほどに。


「お、おい、大丈夫か?なにかあったのか?」


「うぅ…。ぐすっ…」


おいおい。なんだよ急に。

どうしたどうした。



「こんなの…久しぶりだから…」



「訳あり…か。…まぁ、せっかくおいしい料理を頂いたんだ。温かいうちに食べてしまおう。話は後でいくらでもできる。」


アリシアは頷いて黙々と料理に手を付けて、よほど美味しかったのか泣きながらものの数分で食べ終えてしまっていた。


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食事を終えた俺たちは、お世話になっているいつもの部屋に戻ってきた。


さて…どうしたもんかな。


今後どうなるかは分からないが、もし今後アリシアも俺たちと共に行動するようになるかもしれないことを考えると…さっきの様子を見る限り、早めに事情を聞いといたほうがいい気がするな。


もし明日以降別行動になるとしても、泣いてる女の子を放っとくことはできんし。


…まぁ、たくましく生きていけそうな気はするけど。



「ふぅー、これ以上はもう食べられないでしゅ・・・。」


我先にと、ベッドに横になったノエルは赤ずきんにでてくる狼のようにおなかをぽんぽんと叩きながらそう漏らす。


「明日、おやっさんにちゃんと礼いうんだぞ。」


「ひゃい・・・。」


ノエルの食いっぷりに感心したおやっさんが、「どうせ余っちまうから」とおかわりを出してくれたが、止まるんじゃねぇぞ状態のノエルは鍋に残っているシチューを根こそぎ食っちまったらしい。


その様子をみてアリシアも少しだけ笑っていたから今回ばかりはノエルの能天気には感謝だな。

もしかしたら、ノエルなりに場を和ませてくれたのかもな。


「ノエル、先にシャワー行っていいぞ。」


もう眠りにつきそうなノエルをたたき起こし、浴室のほうに誘導する。


腹がふくれすぎて一人で部屋まで移動できないノエルを抱えたときに、「ちょっと匂うな」と、もともと先にシャワーに行かせるつもりで煽っといたから素直に動いてくれた。


その代わり俺の顔にはひっかき傷が出来てしまったけどな。

どこぞの赤髪の海賊みたいになっちゃってんよ。


「アリシア、気分はどう…」


話しかけようとしてそちらに目をやると、アリシアの肩越しに見えるシャワー室のほうからノエルがこっちをジーっと顔半分だけ出して覗いていた。


「早くしないとデザート抜きな。」


それを聞いたノエルは、バタンッ!!と勢いよく扉の向こうに消えていった。

ここまでくると単純すぎて逆にかわいく思わざるを得ない。


「とりあえず楽にしてくれ。」


部屋に入ってから、立ちっぱなしのアリシアにソファに座るよう促す。

意外と礼儀のある性格らしい。


もしかしたら普段の立ち振る舞いはフェイクか?


「あ…あぁ。」


ぎこちなくソファに座ろうとしたアリシアを制止する。

「待て待て!!」

身に着けている装備も外さずに座ろうとして、腰に差した剣がソファに引っかかって何度も押し戻されていた。

それはもう、ドリフの世界なんだって。



「とりあえずまずは装備を外そうか。じゃないと座れないし体も重いだろ。」


「そ、そうだな。すまない。」


腰に差した剣を下ろそうとして、ベルトに手をやるがなかなか手こずってる様子。


「ん…。あ…このっ…。」


カチャカチャと腰のほうに顔を向けて奮闘しているが、一向に外れる気配がない。

仕方ない、外してやるかとアリシアに近づいてから異変に気付く。


「おい、どうした。大丈夫か?お前…なんか変だぞ?」


最初からずっと変な奴なのは承知しているが…そういう意味ではない。


「…っ。」


ふらりと後ろに倒れかけるアリシアをとっさに支える。


⋯⋯⋯熱い。


「…⋯おい。いつからだ。」


この世界には、電気なんて便利なものは存在しない。

室内を照らすのはテーブルに置いてあるランプくらいのものだ。

仕方ないことだが、今回ばかりはちと都合が悪い。


「いつからだって聞いてるんだ!」


近づくまで気が付かなかったが、明らかに具合が悪そうに見える。

体温は上がってるし動悸も激しい。

呼吸も不規則で辛そうだ。


「…。」


くそ。

返事してくれないと何もわからないじゃんか。

…何か病気か?それとも何か状態異常でも受けていたとかか?


…。


思い返してみるが、街に戻ってからこの部屋に来るまでおかしな様子はなかった。


「アリシア、すまん。」


若いころ、向こうの世界で飲食店でバイトしていた時に客が倒れたことがあった。

とりあえず助けを呼んで、あとから聞いた話アレルギーによるものだったらしい。


アリシアの胸元を少し開く。


そこには見覚えのある蕁麻疹のような腫物が浮き出ていた。

…どうすんだこれ。


以前習得した【ヒール】をアリシアに向かって使用する。

ノエルに使用した時と同じようにキラキラとアリシアの体が煌めく。


「………。」


少しだけアリシアの緊迫した体が穏やかになった気がするが、よくなった様子はない。


やっぱり、状態異常の類か。

意識を集中してステータスウィンドウを呼び出し、習得可能スキルを確認するが役に立ちそうなスキルは見当たらなかった。

今の俺にはどうすることもできなそうだ。


とにかくこいつをこのまま放っておくわけにはいかない。


俺は考えるよりも先にアリシアを抱えあげて走り出した。

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