第11話

久しぶりの暖かい布団の中で目を覚ます。

カーテンの隙間からは心地よい日差し。

そして路地を通る商人の引く馬車の音や鳥のさえずりが聞こえていた。

…どうやらもう昼前の時間らしい。


「結構寝たな…。ノエル、そろそろ…」


ノエルの姿が見えない。

…が、感触はある。

間違いなく布団の中にいる。

そして俺を抱き枕にしているなこれは。

起こそうとして布団の中にいるノエルに手を伸ばす。


「………。」


だが、ノエルの体に触れた瞬間俺は硬直することになった。

忘れてた。

この子、裸だったわ。

いかんいかん、このままでは俺が狼になるハメになってしまう。

そう、ハメハメ…ちがう、やめろ俺。

ここは紳士を貫くべきだろう。

じゃないと俺の面目が立たない。


……。

やばい、俺の息子がおっきしそう。

不埒な感情を取り払い、理性を保とうとするが俺の視界は勝手に脳内で透視機能が発動してしまっていた。

ごくり…。

裸のノエルが布団越しに見えてしまう。

やめろ、勝手に能力を発揮するな。

そんな能力持ってないだろ俺は。言うことを聞きなさい。


1人で自分自身と幾度目かのファイトを繰り広げてる最中。

とんでもない事が起きる。起こってはいけない事象が。


「むにゃ…。食後のデザートはバナナでしゅか…。」

ノエルは寝ぼけながら俺のバナナをまさぐりはじめる。

待てって。やめろって。

てか、夢の中でも食べ物かよ!どんだけ食うんだよ!


「んむぅ…いただきましゅ。」

待て待て待て待て。

バナナはバナナでも、そのバナナじゃねぇんだって。

それは俺のバナナで、果物のバナナじゃねぇから!

いや、バナナは野菜だっけ!?どっちだっけ?!

うおおおおおおおおおおおっっ!!


「………。」

ノエルの動きが止まる。


「………。」

俺の動きも止まる。


もぞもぞと、ノエルは無言で布団の中からゆっくりと這い出してきた。

そして何も言わずクローゼットの方に向かい服を着始める。

俺も無言で立ち上がり、息子を大きくしたまま顔を洗った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お。起きてきたね!遅かったねぇ〜。もうお昼だよ!」

宿屋のおかみさんは気さくに笑いながらテーブルに案内してくれた。


「はい。すこし早いけど朝ごはん兼お昼ごはん、食ってきな。」

馴染みのある軽い食事を運んできてくれた。

トーストしたパンに、バターとポテト。それとサラダもついてる。

ノエルにはミルク、俺にはコーヒーを。

ありがたい。


「ありがとう。いただくよ。」

黙ってそれらを口へ運ぶ。

うん。パンの焼き加減も最高で美味い。



「………。」



しばらく黙食が続いてから。


「………シノノメさん。」


「なんだ。」



もくもくと食事をしながらノエルが口を開く。



「さいてーです。寝込みを襲うなんて…。」


「おい、ちょっと待て!俺は何もしてないからな!なんなら俺が食われそうになったんだぞ…!人聞きの悪いことを言うなって!」


あせって取り乱す俺はその場でわたわたと弁解する。

そう。冤罪で法廷に立たされた加害者のように。


チラ…。

弁解しながら周囲を盗み見ると何やら宿屋夫婦はこちらを見て頷いていた。そして、他の宿泊客は我関せず食事をしているが聞き耳を立てているのがひしひしと伝わっている。


…違う!誤解だって…!俺は無実だ…!!


そろそろ俺が拗ねそうになってきた頃。


「………くす。冗談です。今日のところはこれくらいで許してあげますっ」


「許すって…お前なぁ…。」


ノエルは俺を見ながらクスリと笑った。

まったく…。俺の身にもなれよな…。


まぁ、元気になってくれればそれでいい。

俺たちは会話の時間を取り戻し食事を続けた。




「え。魔王を退治するのですか?」

「そうだ。それが俺の旅の理由だ。」


まだ話していなかった俺の旅の目的を告げる。

ノエルは驚いていた。

昨夜の話の流れもある。当然だろう。


「危険な旅になる。だから、落ち着いたらノエルとは別れる予定だった」

「………。」


危険なのはもちろんだが、ノエルは魔王関連で辛い思いをしている。

わざわざ傷口を開くようなことはしなくていいし、させたくない。


「そんな。……私にも付き合わせてください」

「おいおい。今はまだ全快じゃないことを抜きにしても危険すぎるし、これ以上つらい思いはしなくていいんだぞ。」


ノエルは少し俯いてから顔を上げると、唇に力を入れてから決意を口にする。


「確かにその通りです。だけど、だからこそ行きたいんです。もうこれ以上誰かに辛い思いをさせたくないしお母さんの仇も…私はもう逃げたくないんです。」


ノエルをなだめるように口を開きかけた俺だったが、その目は真剣だった。

これは…俺が何を言ってもだめだろうな…。


「……わかった。だけど子供のつかいじゃないからな。覚悟しとけよ。」

「…はいっ!」


俺等は正式にパーティを組むことにした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「今日は戻ってくるのかい?」


「ああ。その予定だ。しばらく世話になると思う。」


宿屋のおかみさんに今夜以降の宿の予約を取ってから建物を出る。

まずはノエルの冒険者登録だ。

パーティを正式に組むならこれをやらなきゃ始まらない。


道中ノエルの歩き食いブラリ旅が始まらないように引っ張りながらギルド協会に到着する。


「むーっ。シノノメさんのけち!オタンコナス!」

「はいはい。まずは自分で稼げるようになってからな。」


不満そうにプンスコしてるノエルを引き連れ中に入り受付に向かう。


「すみません。新入り冒険者の登録をしたいのですが」

「新規の方ですね。ではこちらの書類に…」

そういって受付のお姉さんは俺に書類を差し出してくる。


「いや、俺ではなくて…」

「え?」

ノエルの方を見る。

受付のお姉さんも一緒にノエルを見る。


「………。」

絶対無理だろって顔してるよ。

少しは隠そうよ、接客業のうちでしょあなた。


「彼女はフェアリーエルフでして。見た目がアレですが、ちゃんと戦えますよ。」

「そうですよ!私、こう見えても60年も生きてるんですよ!」

ノエルが無い胸を突き出し、腰に手を当てて自信満々に暴露する。

まじかよ。

少女だと思ってたわ。俺より歳上じゃん。まじか。

今朝の事故も話変わってくるって。



「は、はい。新規登録ですね。ではこちらに個人情報の記入と…」

ノエルが少し背伸びをしながら必要な対応をとる。

かわいいな。


さて、俺は少し手持ち無沙汰になったところでクエストボードでも覗きに行くとするかな。


ノエルはまだ戦闘に慣れていない。

戦力を上げるよりもまずは戦いに慣れるところからだ。

そうなると…


【クエスト依頼】

・スライムの討伐(5体)

場所:草原の奥地

報酬:350p


まあ、ここらへんが妥当か。


先にクエスト内容を決めておこうと、依頼に手を伸ばす。

が。


バッ!!


寸でのところで他のやつに横取りされてしまった。

そいつは、いかにも冒険者と云わん見た目の防具を身に着けた女性だった。

赤髪ポニーテールで、出るとこ出て顔も普通に可愛い。

気は強そうだが。


「お、おい…」

そいつはノエルのためのクエストだ。

物申そうと引き留めようとするが、そいつは知らんぷりをしてツンッとそっぽを向いてカウンターに行ってしまった。


その時に首から下げた冒険者タグが見えたがシルバーだった。

シルバーでスライム…?


冒険者にはランクがあり、

ブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナ・ブラック

の5段階だ。

ちなみに俺はブロンズである。


俺は少し疑問に思ったが、冒険者登録が済んだノエルがぱたぱたと駆け寄ってきてその疑問は打ち消された。


「ふっふーん。どうですか!私!ついに冒険者ですよっ!」

首から下げたブロンズのタグを自慢気に見せつけてくる。

相変わらずのちっぱい。

じゃなくて。


「似合う似合う。じゃあ、肩慣らしにクエスト行くか。飯代も稼ぎたいだろ。」

「ご飯っ!!はい!」

少し嫌味っぽく言ったはずだが、飯に釣られたノエルには関係なかったようだ。

欲望に忠実である。


報酬は少し落ちてしまう内容だが、同じスライム討伐のクエストを見つけた俺はそいつを引き剥がし受付に向かい手続きを済ませる。


何事もなければいいんだが…

先が思いやられる気持ちを抱えたままノエルの初めてのクエストを達成するべくその場をあとにした。

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