第10話

「ありがとうございました〜!」


店員のお姉さんに見届けられながら酒場を後にする。


「……。」

まさか晩飯だけでこんなに出費することになるとは思わかなった俺は財布を覗き込み肩を落とす。


「とっても美味しかったですねぇ!ごちそうさまですシノノメさん!」

「あ、ああ。そうだな…。」


こんな素直に礼を言われるとな…。

まぁ、過ぎたことは仕方ない。

明日からどうするかを考えよう。


…と言っても時間も時間か。

とりあえず飯も食ったし、今日のところは宿を借りて早めに休むとしよう。



酒場からそう離れていない場所に宿屋はあった。

ドアを開けて中に入り、受付に向かうとエプロンをかけた優しそうな雰囲気のおっさんが忙しそうにしていた。


「お。お客さんかい!?今少し手が離せなくてな。ちょっと待ってくれ。おーい!お客さんだぁ!カウンターを頼む!」

おっさんは、「すまねぇな」と会釈したあとホールのお客さんに料理を運んで行った。


なるほど。

食事付きの宿屋ってことか。

複数の席に運ばれている料理を見るからに、メニューは決まっているらしい。

ってことは、値段込みみたいだな。

今日はもう食べたから朝食をお願いしてみるか。


「ごめんね、待たせたね!お泊まりかい?」

今度は気前の良さそうな感じのふくよかな女性が声を掛けてきた。

「ああ。とりあえず今夜、2人泊まれるかな?」

女性は名簿と鍵を確認したあとでニッコリと笑顔を向けてきた。

どうやら大丈夫らしい。

多分夫婦で営業してるんだろうな等と考えていると旦那さんが戻ってくる。


奥さんが記入している名簿をチラリと見た後に旦那さんがソワソワし出す。

「お、おい。部屋は別の方がいいんじゃないのか?」

「なーに言ってんのアンタ。そんなの聞かなくても分かるじゃない。」

奥さんは「ねぇ?」と笑いながらこっちに投げかける。


確かにそれは考えてなかった。

一応ノエルも女の子だし。

別の部屋にしたほうがいいかな。


「いや」

ああでもないこうでもないと言い争っている夫婦店員にそう言おうと口を開いたその時。

「あの!!」

急に大きな声を出したノエルに驚き、俺を含め3人でそっちを向く。

「き、今日は私たち…お楽しみなんですっ!」


時が止まる。


お、おい!

何言ってんだお前は!!

意味わかってんのか?!

というかこっちまで恥ずかしいじゃねぇかっ!


ホールでさっきまでカチャカチャと料理に舌鼓を打っていた音も全て静かになる。


も、ものすごく視線を感じる…。

「なので一緒のお部屋でお願いしましゅ!」


また噛むやん。

絶対無理してるやん。

というかもう大丈夫だから、お口チャックね。

これ以上は俺が爆発するから。恥ずかしくて。


「そうだよねぇ?まーったく、女の子に何言わせてんのアンタは!」

「いてっ!」


愛想笑いをしながら部屋の鍵を受け取り、2階に上がる。

「ノエル…お前なぁ。」

「同じ部屋の方が部屋代も浮くかなと思って…えへへ。」


ほんのり頬を赤くしたノエルが恥ずかしそうに頭をかきながら照れる。

…俺が本気にしたらどうすんのよこの少女は。


ガチャリ。

部屋のドアを開けて中に入ると、セミダブルのベッド、デスク、ソファという風に見慣れた光景が目に入る。

いつもは1人でシングルベッドじゃないくらいの差しかない。


とりあえずベッドに腰をかける。

「ふぅ…。」


………。

どうすんだこういう時。

いや、全然そういうつもりはなかったけど。

あんな展開の後だと余計気まずいって。

この世界にはテレビなんかないから誤魔化せないし。

まずはレディファーストでこの場を凌ごう。


「疲れただろ、とりあえずシャワーでも浴びてきていいいよ。俺は後でいいから。」

「はいっ」


パタパタとシャワールームに向かうノエル。

…よし。一旦落ち着けるな。


「ふぅー」

ベッドに背中を預けて倒れ込む。

最近休む暇なく色んな事があったからな。

………魔王退治ね。

先が思いやられるな。

まずは、明日ギルド協会に向かって仲間を探したいところだが…このままでは笑われて相手にされないのがオチだろうな。

まずは強くなるためにクエストをこなしていこう。

そうしよう。


カチャ。

色々考えている間にノエルが戻ってくる。

産まれたての姿で。


「ほあぁぁぁあっ?!」

ビックリしすぎて変な声出たじゃねぇかよ!

何やってんださっきからこのビックリマンは!


ノエルは恥ずかしそうにこちらに向かってくる。

そして、ベッドに腰を下ろす。


「シノノメさん…私…」

「おいおい、まずは服を着ろよ。目のやり場に困るだろ俺も。」


ノエルは横になっている俺の方にズリズリと迫ってくると、そのまま抱きついてきた。


「私…帰る場所がないんです。だから…なんでもするので私を捨てないでください…。」

ゴクリ。

俺の喉がなる。

聞こえていないか心配になる。

「いや、なんでもするって…別に捨てたりしねぇからさ…」

「男の人は。こういうのが好きなんですよね。」


ノエルの小さな手が、下の方に向かう。

まずいっ、これ以上は!

俺のリトルボーイ、いや、名刀が鞘に収まってしまう!!


「ノエル、マジで…」

言いかけたところで止まる。

ノエルの全身がプルプル震えていることに気付く。


「お前…」

ノエルの手をこちらに引き、ゆっくりと抱き締める。

「帰る場所がないって。何があったのかちゃんと説明しろ。」


少し間を置いてから、ノエルは話し出す。

「私は…あの森の奥の集落で母と一緒に過ごしていました。とても平和でした。私たちの種族だけではなく、鳥、狼、みんな仲良しでした。」


……。


「だけどある日、魔物達が侵攻を始めたと噂が立って。そして私たちの集落もその軌道にあると聞いて母と共に逃げようとしましたが間に合いませんでした。」


「魔物達って。なんでまた。」


「分かりません。ただ、魔王が復活してから魔物たちが活発になったことは確かです。そして…、母は私を逃がす為に…」


魔王…。


「その後、母のおかげで逃げることに成功した私は行く宛てもなく森を彷徨っていました。その最中に冒険者の方と出会って。助けを求めたのに、その方たちは私を…。」


ノエルの体に力が入る。


「もういい。」

小さな体を抱き締める。


「………。誰も信用できなくて。森から出られなくて。それにこの姿だとまた怖い目に遭うと思って夜は動物の姿を…。」


なるほどね。

俺は何も知らなかったが…酷い目に遭ってたんだな。


「だけど、シノノメさんは私のことを助けてくれて。初めてだったから。この人ならって。」


「分かった。話してくれてありがとうな。」


ノエルの身体を引き離し、向かい合う。


「何も心配しなくていい。…俺が敵を討ってやる。迷惑なんかも考えなくていい。嫌になるまで好きなだけ俺を利用しろ。」


「利用なんてそんな…。」

「いいんだよ。今は…それで。」


「はい」ノエルは涙を拭い、ぎこちない笑顔を俺に向ける。


「明日もあるし今日はゆっくり休もう。な。」


ノエルに布団をかけて俺もそのまま横になり、背中を向ける。


「シノノメさん、ありがとう。」



ノエルが眠りにつくまで、背中越しに伝わってくる哀しげな気配が消えることは無かった。

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