第9話
「はむっ……!んぐっ。はむはむっ…」
「………。」
少女は心配してしまうほどに飯にがっついていた。
右手にチキン、左手にコップ。
忙しなく右に左に、と。
「お、おい…大丈夫か?そんな無理して食わなくてもいいんだぞ…。」
「はぐっ…!ほむっ…んぐんぐっ!わ、わらひは…はむっ!ん…らいじょうぶれふ…!はぐはぐっ!」
いや、俺の財布が大丈夫じゃないんだが。
まぁ…これだけの食いっぷりを見てるとなんだかこっちも嬉しくなるからちょっと背伸びしても大丈夫か。
「…。」
少しテーブルの下で財布をひらき、中身を覗き見る。
「んぐっ。あ、お姉さん!この、ピエロステーキの香草ソテーってのもお願いします!」
…やっぱり大丈夫じゃないかもしれない。
俺たちは無事に森を抜け、腹ごしらえのために近隣の街である北エレクトの酒場に足を運んでいた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。」
「む…んぐっ?!ーーーーーー!!」
おいおい大丈夫か…。
喉に食べ物を詰まらせコップの水を飲もうとするが空だったらしい。
俺はカウンターに水を受け取りに行き、それを少女に渡す。
「んっ、んっ。」
少女はごくごくと音を立てながら勢いよくそいつを飲み干す。
「ぷはーっ。死ぬかと思いました…。ありがとうございます…!」
名誉ある旅の途中ならまだしもこんな酒場で死なれても困るわ。
「えっと………。なんの話でしたっけ?」
「………。ぷ。」
この少女の全く悪気が無い素振りを見てると逆に清々しくて笑いが込み上げてきた。
「何がおかしいんですかー!」
「いや、ごめんごめん…名前だよ名前。」
少女は「そうだった」という風に納得してから、その場で姿勢を正して名乗ってくれた。
「私はノエル。ノエルといいます!…お兄さんの名前はなんていうんですか?まだ、聞いてませんでしたね…。」
「俺は…」
名乗ろうとするが、自分の名前が何故か思い出せない。
チラリと目に入った首から下げたギルド登録証であるドッグタグにはshinonomeと刻印されていた。
「……シノノメだ。」
「…?シノノメさんですね!覚えました、よろしくお願いします!」
「申し遅れてごめんなさい」と、少女は頭を下げるが見計らったように運ばれてきたピエロステーキの香草ソテーにすぐに気を取られる。
焼きたてで、グツグツと熱々のソースが自己アピールをしておりステーキに立てられたフラッグには両手を開いておどけているピエロの絵が描かれていた。
「えっと…このピエロの鼻を押せばいいのかな?」
そのピエロの絵には術式が仕込まれており、何やら仕掛けが施されているようだった。
ノエルがピエロの鼻を押すとガコッという音とともにフラッグから青紫色の小さな花火が打ち上がった。
そしてトラ、サイ、犬などの動物を模した花火がキラキラと姿を消したあとステーキにスパイスのように降りかかる。
「わぁーーーっ…」
「………。」
大丈夫なのかこれ。
どこかで見たことある気がするぞ。
ノエルはキラキラと目を輝かせながら花火を見届け、チラリと俺の方を上目遣いで見つめてきた。
「いいよ。好きなだけ食べな。」
「!!ありがとうございましゅ!」
最後噛んでるって。
どんだけ嬉しいんだよって。
ノエルの1人大食いショーはこの後もまだまだ続くことになることをこの時の俺はまだ知らない。
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