第3話 裏切り者の末路


 幼い頃に戦災で両親を失った私は、寒村に棲む老夫婦に引き取られた。そこで玉子と名付けられてすくすくと育った私は、同じ年頃の少年の桃太郎から婚約され、それを受け入れた。このまま村娘として過ごす―――――それは激しい喜びはないかわり深い絶望もない、植物の心のような「平穏な生活」なんだろう。


 ……だけどそんなのはまっぴらごめんよ!!!!!


 自分の容姿が人より優れていることを理解していた。そして私を育てた義理の両親たちは人の善性を形にしたような正直な人たちで、情けは人の為ならず、そして人は助け合って生きていると善き事を良き事とする人として正しい人間であり親としては大当たりだったというのもわかる。それでも、この私はこんなところで止まるような女じゃないのだ。この程度じゃ満足できないわっ!!

 そんな私に転機が訪れたのは、水汲みに川に行った時に遊びに来ていた鬼ヶ島の当主に出会った事。そこで見初められた私は即座に貞操を捧げ、鬼ヶ島の当主に取り入った。このまま私が鬼ヶ島に嫁げば不義不貞を犯してしまう事に成る。なので村を滅ぼしてもらえないかと相談したら、私を手に入れる為なら貧しい村の一つ滅ぼすくらい大したことではないとあっさり焼き討ちを承諾した当主の頼もしさに興奮した私は、襲撃の日をいまかいまかと待ちわびた。

 そして鬼ヶ島の郎党が襲撃する日、私は迎えに来た者の早馬に乗り生まれ育った故郷を後にした。たちのぼる炎と煙、そして断末魔の悲鳴に心地よさを感じながら。


「さようなら田舎暮らし!!私はこんな村に収まる女じゃないのよ!!!!」


 ――――その筈なのに、捨てた筈の婚約者で幼馴染の桃太郎が仲間を引き連れて私の前に立っている。これはどういうことなのよ。


「チッ、なんだこいつら。ただの村人じゃなかったのかよ」


 鬼ヶ島の当主が不機嫌そうに舌打ちをしながら立ち上がって太刀を抜いた。これは面倒だけれど私も戦った方がいいだろう。御座敷の奥から斧を取り出して握る。


「それじゃあ私は手っ取り早く殺せそうなあのババアを殺りますね、当主様♡」


 そういって桃太郎にみせつけるように当主様と口づけをかわしてから、乗り込んできた集団の中で一番無防備なババアに対峙する。


「あーあ、黙って襲撃で死んでればよかったのに。……さぁ、アンタの罪を数えなァ!!」


 しかし桃太郎のババアは斧を持つ私を前にしても普段と変わらない余裕綽々の態度で、つまらなさそうに言葉を返してくる。


「御託はいいわ、かかってらっしゃいな」


 ババアのその態度にカチンときたので、こいつらが乱入してくる少し前に死んだ―――村から攫ってきた娘の事でも話して挑発してやることにする。


「―――生意気なババアね。そうだ、あんたが孫みたいに可愛がっていた村の孤児のガキを鬼ヶ島の荒くれ者達がさらってきていたぶっていたんだけど、良い声で鳴いていたわよ?村の皆が助けに来てくれるって信じていて、死ぬ最期の瞬間まであきらめてなかったなぁ。もう女として使い物にならないくらいにまで嬲られたっていうのにね。あぁ、死体はまだ捨てずに残ってるけど、観る?」


「ふーん、そう」


「冷たいババアね、残念」


「……本当に“残念”だわ。悪いけれど、あなた、ここでおしまいなのよ。でもその前に、狼藉の事は土下座して貰わないと。ねぇ玉子、とりあえずそこに跪きなさいな」


「なによババアがそんな事―――」


『跪け』


 私の言葉がババアの言葉で遮られると同時、ぱきょり、という枯れ枝を折るような音が鳴った。グラリ、と身体が揺れたと思ったら両足の自由が利かず、咄嗟に自分の足を見ると片足に石がめり込み曲がってはいけない方向に曲がっている。投石?!部屋の外から?!迂闊だったかもしれない、だけどこのババアだけは殺さないと気がすまない!!地面に倒れ込んだ体を起こして斧を投擲しようとすると、手の甲に投石があたりぐちゃりと潰れ、斧を取り落としてしまう。


「うぐあっ?!」


 そんなの光景をみていたジジイが感嘆とともに声を上げているのが聞こえる。


「流石だな、婆さんの“近衛兵”の投石狙撃は。戦乱の世を、婆さんの指揮の下で生き延びた歴戦の傭兵達。年老いて尚その腕前は健在、婆さんの一声で即座に集まる古強者(ふるつわもの)達よ」


「ねぇ、爺さんと婆さんって何者なの??桃太郎さんすっごく気になるんだけど」


 桃太郎がぽかーんとしながら驚いているがそんなこと言う暇があれば私を助けろよクソが!!!クソ太郎が!!!!!私は幼馴染で婚約者なのよ!!!!!!


「貴女もうおしまいなのよ。もう少し頭が働けば、不義理をすればどうなるかわかっていたでしょうに。―――結局あんたは、どうしようもない尻軽のまま人生終わるんだよ」


「そんなわけないじゃない。犠牲を捧げたんだもの、両親も、故郷も、いっぱい、いっぱい。いっぱい捧げたわ!!だからその分だけ私は幸せになれるのよ」


「それがあんたの考えだっていうのなら否定はしないわ。……さて、私はお前を甚振って殺しても良いが、生憎と私はそんなに下品ではないの。だから気絶したお前を裁きの場に突き出して磔にされるのを眺めることにする」


ババアの言葉に、呼吸が荒くなるのを感じる。裁き―――――不貞だけならまだしも村の焼き討ちとなれば死罪は免れない。い、いやだ、いやだ!!折角成り上がれると思ったのに!!こんな筈じゃなかった!!こんなことなら素直に桃太郎の嫁で満足していればよかった!!


「うぐっ、あっ、うあああああああっ!!!嫌ぁぁぁぁっ、じにだぐないぃぃぃぃぃっ」


「……泣いて悔やんで後悔する位なら最初からするな、馬鹿者」


 激痛の中で遠くなるっていく識の中で、ババアの声を聴きながら桃太郎の方を見るが既に私の事を見ていなかった。いや、いやだ、助けて、桃太郎!謝るから!だから私を見て!わたしをたすけてよぉぉぉぉぉぉっ!!

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