第10話

「さて。参加者が集まった事だし、早速詳細を語らせてもらうわ。今回の依頼は、クヌギハラ病院の現会長である櫟原光臣さんが依頼してきた物で――」


 支部長、凪野宮姫から要請を受けた翌日。俺は組合の大会議室にいた。


 数組の探索者パーティーが支部長へと目を向ける中、彼女は一人ホワイトボードの前に立ち、朗々と依頼の詳細を語っている。話す口調に淀みは――ない。


 彼女から直接依頼を受けた身だ。話を聞いた方がいいんだろうが……。


 ――けど依頼の話より、俺は視線を向けてくる連中の事が気になった。


「高遠さん。あいつです! あいつが例の奴で」

「あぁ。支部長から見出されたっていう……」

「あんなガキに本当に実力があるってのか?」

「クソッ、一体どんな手段を使って交渉したんだ!?」

「どうせ卑怯な手に決まってる。腹の立つ野郎だ」


 こちらを睨み付け、敵意マシマシでそんな会話をする一組のパーティー。


 本当に何故俺は敵意を向けられているんだ?

 心当たりを探してみるが、全然出てこない。


 そもそも敵意を向けてきている連中は会った事すらない奴らだ。道ですれ違った事くらいはあるのかもしれないが、それなら敵意を向けてくる理由もないはず。


 本当にあいつらは何故敵意を向けてくるのか。まったく分からない。


「依頼内容はダンジョン化した病院に忘れた物の回収。どうも短期間の内に急速にダンジョン化が進んでしまったらしくて、自分では回収出来なかったみたいね」

「おいおい、忘れ物って。探索者ってのはおつかいをする人間じゃないんだぞ?」


 ふむ。話が依頼人の事から依頼の内容へと変わったな。


 忘れ物の回収、ね。それだけなら危険な感じはないが。


 依頼自体に特別な何かがある訳じゃない、のか? 『天眼』なんて呼ばれる女が何故か俺を見つけて直接頼んできた依頼だ。ただの物探しで終わるとは思えない。

 なら依頼とは別のところで何かが起こる、と考えた方がいいのかな。


 ……はぁ。頭脳労働はあんまり得意じゃないんだけどな。

 そういうのは専ら、師匠やフルミーに任せっきりだったし。


 今は他人の目があるから、フルミーと話して暇を潰す事も出来ない。


「そうそう。今回の依頼は緋龍第一ダンジョン学園高校――通称ダン高の生徒と合同で受ける事になっているわ。貴方達もそのつもりでいてちょうだいね」

「はぁ!? ダン高の生徒? まさか俺達に子守させる気じゃないだろうな!?」

「大丈夫よ。彼らは既に実習を終えて、依頼も何度か受けている。それにダン高の生徒は皇国に数あるダンジョン高校の中でも極めてレベルが高いと有名よ。よっぽどの事がない限り問題なく依頼を達成できる。普通の探索者と同じ扱いでいいわ」


 ダン高の生徒。そう聞いて思い浮かぶのは一ヶ月前の事だ。


 沖崎あややと咲坂ゆずめ。転移直後に関わった騒動の当事者二人。

 他にも人がいたが、そちらは意識を失っていたので結局言葉は交わさなかった。恐らく無事だろうとは思うが、……さて。あれ以降会ってないから分からんな。


 彼女らは学校に復帰出来たのか? 少しだけ心配になる。

 ダン高の生徒と会えるなら、二人の安否も聞けるといいが。


 しかし、――危険な可能性のある依頼に高校生を出していいのか?


 既に成人した探索者であればどんな依頼を受け、仮にそれによって大きな被害が出ようと自己責任でいいのかもしれないが、高校生というのはまだ子供だろう。

 危険が想定される依頼からは外した方がいいんじゃないだろうか。


 あるいは、何かそう出来ない理由でもあるんだろうか。


「今回は合同での依頼だけど、貴方達のやる事が変わる訳ではないわ。ダンジョンに行って依頼品を回収し、そして無事戻ってくる。えぇ、いつもと同じ事よ。それだけにみっともない姿を晒せば、ダン高の生徒にそれが実力だと思われる事になる。恥をかきたくなければ、いつも以上に気合を入れて依頼に臨んでちょうだい!」


 支部長の発破。それを以て会議は終了し、俺達は解散した。



「――おい。待てよそこのお前!」

「おん? もしかして俺の事か?」


 会議終了後。現地へ向かおうとする俺に声が投げ掛けられた。

 振り向くと、そこにいたのは同じ依頼を受けた探索者の一団。


 ……というか俺に敵意を向けてた連中じゃないか。


「お前、どうやって支部長に見出されたんだ? コネか、金か? それともそれ以外の何かか。ストーンに上がるのも早かっただろ? 俺らにもその方法教えろ!」

「はあ? 一体なに言って――あぁ。あ、あー。なるほどね? そういう事か」


 なるほどな。会議中は何故敵意を向けてくるのか分からなかったが、こいつらは俺がコネかなにかの力で、支部長から今回の依頼に選ばれたと思っているのか。


 嫉妬もあるんだろう。探索者は全員、与えられたプレートを身に付ける事が義務付けられているが、こいつらが付けてるのは鉄色――つまりアイアンのプレートだ。そこそこ年齢もいってるし、燻って色々と鬱憤も溜まっているのかもしれない。


 俺はストーンへの昇格が早かったらしいからな。

 別にその事に自覚があるって訳じゃないんだが。


 ただしその情報によって、こいつらの中では俺が不正をして階級を上げた事が事実になってしまった訳だ。勿論そんな事は有り得ないんだが、見るからに頭の悪そうなこいつらが情報を精査するとは思えない。今更訂正する事は難しそうだ。


 ……めんど。なんでこんな奴らの相手までしなきゃいけないんだ。

 こんな事させられるって聞いてなかったぞ。ちゃんと教えとけよ。


 大体、見出されると言っても大本の実力がなければ話にならないだろが。


 こいつらの実力は見たとこ精々、下の上程度。

 有象無象の中では多少マシ、くらいじゃないか?


 その程度の実力で必要以上に階級を上げれば、むしろ困るのは自分達だって事くらい分かりそうなものだけどな。探索者は有事の際、国防の義務があるんだから。


 それが、……分からないんだろうなあ。

 じゃなきゃ突っかかってくる訳ないし。


「おい、一体どんな卑怯な手を使ったんだ? さっさと吐け!」

「黙ってると身のためにならねえぞ? こっちには4人いるんだ」

「どうせズルしたんだろ? なら話しても問題ないだろ!?」


 ……あー、ダメだ。イライラする。

 こいつら見てたら昔を思い出すな。


 怪物どもから救ってやったのに感謝すらせず、むしろ遅れた事や犠牲者が大勢出た事を散々に責めてきやがったクソ野郎。あろう事か賠償金まで払わせようとし、犠牲を出したのだから身を粉にするのが筋だろうと無償労働までさせようとした。


 まあそいつは当然、今は生きちゃいない訳だが。

 他の連中にボコられ、壊れた街に置き去りにされた。


 街の残骸ごと消し飛ばされた姿は、今思い出してもスカッとする。


 ――そして目の前のこいつらはあのクソ野郎と同類だ。


 身の程を弁えず。他者の迷惑も考えず。ただ己の利益の為、他人に何かを捧げさせる事を当然と考えるクソ。人間の中で、俺が最も価値が無いと考える連中だ。


 俺は今も、こいつらを殺そうとする己を必死に制止している。


 人間はひどく脆い生き物だ。


 斬られれば死に、殴られれば死に、潰されれば死に、焼かれれば死に、溺れれば死に、飢えれば死に、渇けば死に、病に冒されると死んで、孤独なだけでも死ぬ。


 人間など俺が軽く触れただけでも死んでしまいかねない。


 だからこそ人を殺さないよう、必死に自分を律して――


「なんとか言ったらどうだ! それとも怖くて口が聞けないかぁ!?」


 ――そういえば、俺が人を殺さない理由ってないんだよな。


 日本に似てたから、なんとなく日本のつもりで今日まで生きてきた。ダンジョンや探索者といった違いがあるとはいえ、この国は本当に日本にそっくりだからな。


 日本であれば力を隠し、一般人として生きる選択肢もあった。

 普通の人間としてフルミーと共に隠れ住む未来も考えていた。


 正直、俺の持っている力は過剰すぎる。個人で惑星ぶっ壊せる人間が表に出たところでいい事なんてないだろうから、元々帰れたらひっそり生きるつもりでいた。


 けれどここはあくまで別の国。そっくりなだけで違う世界だ。

 俺がこの世界に対して遠慮する理由など、何一つとしてない。


「……よし。フル「もしかして桜江さんですか!?」……はっ」


 ……危ない危ない。今、普通に目の前の塵を消そうとしてたな。


 流石にこんな目立つ場所でこいつを消せば面倒な事になる。この国での立場は別に失っても困らない程度の物だが、無くなってしまうのは、それはそれで惜しい。


 やるなら人目のない場所。且つ証拠が残らないように、だ。


「君らは……沖崎あややちゃんと咲坂ゆずめちゃん、だったか」

「は、はい! 覚えていてくださったんですね!?」

「ごめんなさい。邪魔をする気はなかったんだけど……」


 俺を見て目を輝かせる少女と、申し訳なさそうに頭を下げる少女の二人。

 ――緋龍第一ダンジョン学園高校所属の、沖崎あややと咲坂ゆずめだ。


 そうか。合同で依頼を受けるダン高の生徒は彼女達だったのか。


「……ちっ。お前ら、行くぞ」

「「「うっす! 高遠さん!」」」


 彼女達を見た途端、探索者パーティーは舌打ちをして去っていく。


 なんだ、無関係の人間を巻き込まない程度の良識はあったのか?

 ……いや。なんとなくの勘だが、あれは違う気がするな。多分無関係な他人を巻き込んだ所為で大事になるのを恐れたんだ。似たような事を経験した事がある。


 あの時は確か……キレた師匠がボコボコにしたんだったか?


「あの、大丈夫ですか? 桜江さん」

「やっぱり後にした方がよかったんじゃ……」

「で、でも。姿を見た時にはもう声を掛けてて」

「あんたは飼い主を見つけたペットの犬か」


 ――まあ、どうでもいいか。それよりも彼女達の相手をしよう。


 念の為、あいつらが絡んできた時用に一応準備もしておくか。面倒事は少ないに越したことはないが、あの様子なら確実にまた来る。備えはして損はないだろう。

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