第9話
「くそっ、こいつしぶとい……というか面倒臭いなッ!?」
「やっちゃえタイキー! そんなピーマンぶっ殺しちゃえー!!」
「ピマ、ピマ! ピーママン!!」
とある小さな八百屋がダンジョン化したダンジョン。
『八百屋エニワ戦場跡地』。
何故か八百屋内に戦場跡地が誕生してしまったダンジョンだ。
そんな場所で、俺とフルミーはモンスター相手に戦っていた。
出現するのはボロイ軍服を着用した敗残兵(ピーマン)。煙が上がり動きのおかしい戦車(キャベツ)。操縦桿が折れ、プロペラも破損した戦闘ヘリ(にんじん)。
それら戦場に纏わるものと八百屋で売られる野菜が混ざったモンスター達だ。
それだけなら、また変わったダンジョンだなと思うだけで済んだが。
しかしここに出現した敗残兵(ピーマン)は恐ろしくしぶとかった。
仲間を指揮しての遅滞戦闘。深い塹壕を掘り身を隠しながらの攻撃。
特に何故かこちらの動きが把握されていたのが恐ろしく面倒だった。奴らの陣地に奇襲しようと密かに接近してももぬけの殻になっているのはザラで、酷い時には踏み込んだ瞬間怒涛のように罠が発動するトラップ地帯だった、という事もあった。
その戦いぶりはまさに歴戦の兵士。おかげで酷く苦戦させられた。
「ピピ、ピママァ……っ」
「――よっしゃあ! 遂にやってやったぞおらぁ!!!」
「やったねタイキ!! ピーマンをやっつけたよ!?」
しかしだ。奴はそもそもが敗残兵。落ち武者の身。
装備のレベルはとても低く、弾薬にも限りがある。
そんな奴がいつまでも抵抗を続けられる訳がない。
故に奴の弾が切れ、抵抗を止めざるを得なかった瞬間。
――俺はすぐさま奴に接近。その首を打ち取った。
――日本に似たこの国、アズマ皇国に転移して一ヶ月が経った。
運良く数日以内に住居も手に入れ、その後どうにか国民証も獲得した俺は現在、新人探索者として日々、各地に発生したダンジョンを攻略する毎日を送っている。
コルウェルでの生活と比べると、ここでの暮らしは天国だ。
まず神、精霊、妖精、魔獣といった怪物たちの戦闘が起こらないし、日本に酷似しているだけあって様々なサービスの質が高い。頻繁に環境破壊が起こる向こうはインフラが原始時代レベルでクソだったから、こっちに来てからは本当に快適だ。
特に水洗トイレが最高。二度と向こうのトイレは使いたくない。
ダンジョンでの戦闘にも、一切問題はない。
ダンジョンのモンスターはハッキリ言ってカスだ。
向こうの怪物どもとは比べる事すら烏滸がましい。
強い弱い以前の話で、そもそも生物としての規格が違う。
コルウェルで幾度も限界を超え続けて成長した俺と、
そもそも限界を超える機会が存在しないモンスター。
端から勝負になる訳がないな。
強い相手と戦いたい欲求もない訳じゃない。
向こうではむしろそれが日常だったからな。
けど……しばらくはいいや。のんびりしたい。
生きていればそのうち機会もあるだろうしな。
――総じて。俺はこの国での探索者生活をかなり満喫していた。
「さあて。後はダンジョンボスを倒せばOKなはずなんだが、……肝心のボスは一体何処に居るんだ? それっぽいピーマンを倒したのに全然終わらないんだが」
「んー! 折角攻略できると思ったのに。肩透かしだね、タイキ?」
「あぁ。また探すとなると結構大変だぞ、これ。何気にここかなり広いし。……というかなんで八百屋の中に戦場跡地が出来るんだ? 何度聞いても訳が分からん」
ダンジョン化現象。そう呼ばれる災害の詳細は未だ謎に包まれている。
聞けば数千年前から世界各地で発生し始めたらしい。多くの学者や科学者が発生原因を調べたようだが、理由がまるで分からず頭を悩ませているとか。
いきなり建物や施設がダンジョン化するんだ。権力者は頭が痛いだろうな。
「やっぱり全部見て回るしかないのか……? はぁ。面倒だな」
「一緒に頑張ろ? タイキ。わたしが応援してあげるから。ね?」
「それはめちゃ嬉しいけどな、……はぁ。仕方ない。やるか」
溜息を吐き、周囲を見る。目に映るのは荒廃した大地と無数の屍(野菜)。
情報によれば、ボスは決まってダンジョンに沿った存在であるという。つまりここで言えば戦場跡地と八百屋だ。この二つに沿った上でボスに相応しい何か――それこそが、全てのダンジョンでボスになった者の共通した特徴なのだと。
……意味が分からん。こいつ何言ってんだ? と思った俺は間違ってない。
「そうだな、とりあえず向こうから「――タイキっ!」――ッ!?」
慌てたフルミーの声。目の前に浮かび上がる巨大な爆弾(トマト型)。
見覚えがある。これはさっきまで散々ピーマンが使ってきた生体センサー付きのトマト地雷だ。敵対的な生物が一定範囲内に入ったら浮かび上がり、起動する。
そんな危険な爆弾が――辺り一帯に無数に浮かんでいた。
――認識した瞬間、咄嗟にフルミーを抱え自身の身体で覆い隠した。
起爆。熱波と爆風が押し寄せる。
爆発の連鎖が収まったのは十数秒後の事だった。
「けほっ、けほっ。……あー! びっくりした! 大丈夫、タイキ?」
「……あぁ。ちょっと背中が熱いが、その程度だ。問題はない」
たく、急に爆発するなよな。おかげで土塗れになったじゃないか。
それに危うくフルミーが爆発に巻き込まれるとこだった。この程度で彼女が傷付く事はないが、夫としては少しだろうと彼女が害される可能性は認められない。
もし防御が間に合わなければ、更地程度じゃ済まなかったぞ?
「あっ! ねえねえ見てタイキ! ダンジョンが解けてく!」
「ホントだな。……なるほど。つまりさっきのはデストラップだったのか。ピーマンが死ぬ直前に仕掛けたんだな。それを凌いだからダンジョン化が解けた、と」
「へー、そんな事あるんだ。大人しく死んでおけばよかったのに!」
確かに、と頷く。そうすりゃ土塗れになる事もなかった。
これは帰ったら洗うのが面倒だぞ。今からげんなりする。
「ま、攻略は完了したんだ。さっさと帰ろう。そろそろ飯の時間だ」
「はーい! 今日はわたし、あれがいいな! ハンバーグ!」
「……フルミー。お前そればかりじゃないか? 他は食べないのか」
徐々に普通の八百屋へと戻りつつあるダンジョン。
激しく景色が移り変わっていくそこから、俺達は無事に脱出した。
「え、えぇ!? もう攻略したんですか!? あそこは発生したばかりで難易度が低いとはいえ、仮にもダンジョンですよ? 簡単には攻略出来ないはず――」
「疑うなら調査すればいい。事実、あそこはもうダンジョンじゃないんだから」
「い、一応毎回調査はしてますけど。今回も攻略されてるんでしょうね……」
探索者組合。受付。
ダンジョンから帰還後、俺は早速攻略完了の報告を行った。
担当は栗毛髪の癖毛***メガネ美人。――豊田千代子だ。
彼女は俺が攻略の報告をする度に毎回、とても驚く。
もう何回目かになるんだから慣れてもいいと思うんだが、どうやらこれまで教わってきた常識が中々抜けないらしく、毎度のように大袈裟に叫んでいる。
その所為で耳が痛い。彼女はきっと自身の喉にラッパを飼っている。
「そうだっ! 桜江さんはこれまでのダンジョン攻略が認められて、階級がブランクからストーンへ昇格する事になりましたよ? おめでとうございます!」
「へえ。そうなのか。ならまあ……よかったんじゃないか?」
「きょ、興味ないんですか? 登録から一ヶ月経たずの昇格はウチでもトップクラスの速度だって、組合職員たちの間ではちょっとした話題になってるのに……」
「と、言われてもな。所詮は一番下の階級から一つ上がっただけだしな」
探索者には6つの階級がある。
ゴールド、シルバー、ブロンズ。
アイアン、ストーン、ブランク。
この計6つの階級が。
昇格速度トップクラスは確かに凄いんだろうが……名前から分かる通り、ストーンとブランクは最底辺の階級。最下級から一つ階級が上がる事に凄いもクソもない。
称賛されたとて、正直どうでもいいと言うのが俺の感想だ。
「――あら、丁度いい所にいるわね。私も混ぜてくれない?」
そんな声と共に姿を見せたのは、長身の美女だった。
冷たい刃物のような、鋭利な雰囲気を纏った美女だ。
「し、支部長――凪野さん!? いらしてたんですか!?」
「ええ。仕事が一区切りついたからね。ちょっと息抜きに。……あ、みんな畏まったりしなくていいわよ。業務が滞っちゃう。それぞれの仕事を続けてちょうだい」
受付の人間に声をそう掛け、こちらへとやってくる。
なんだ? この女の俺を見る視線。
違和感を覚える。……何かの能力か?
「確か桜江大輝、だったわよね?」
「俺の事を知っているのか」
「ええ。組合の探索者は大体ね」
もしかして意外と暇なのか、組合の支部長って。
俺は一ヶ月前、組合に登録したばかり。
多少新人の領分から外れた仕事をしているとはいえ、まだまだ噂になるほどの時間は経っていないはずだ。ダンジョンの攻略以外で目立つ行動をした覚えもない。
そんな人間の事まで把握するなんて、時間がないと出来ないだろう。
「貴方に頼みたい依頼があるの。どう? 受ける気はない?」
「は、俺に依頼? ストーンになったばかりの俺に、か?」
どういう意図があるんだ。この女、俺に何をさせたいんだ?
「す、凄い! 桜江さんが支部長に見出されちゃった……!?」
突然現れた女を警戒していると、突然豊田が叫んだ。
……なんだ。なんだなんだ。豊田は一体何を驚いてるんだ?
「なんだ。あいつに声を掛けられるのは凄い事なのか?」
「まさかし、知らないんですかっ! 桜江さん!?」
ブオンッ! と素早く顔を向けてくる豊田。
いや怖いって。ホラー映画かよ。
「支部長――凪野宮姫さんは天眼と呼ばれてて、見た人の実力を見抜く力を持ってるんです!! 支部長が見出した人の中には、現役ゴールド級探索者どころか武装貴族になって人だって何人もいるとか!!! とっても凄い方なんですよっ!?」
「そんなに大袈裟なものでもないのだけれど」
おーい、豊田さんよ。一旦落ち着け。
お前が褒め称えてる本人に引かれてるぞ。
「それで、どう? 受けてみる気はないかしら?」
そう再度声を掛けてくる支部長――凪野宮姫とやら。
ふーむ。つまりこの女には俺の何かが見えていて、それで以てこうして声を掛けてきた、という訳か。じゃあ俺に何かさせたいというのも強ち間違いではないか。
乗るか、反るか。これといってやるべき事がある訳じゃないが――
「……ふむ。まあいいぞ。依頼を受けよう」
「ありがとう。感謝するわ、桜江大輝さん」
出来れば俺とフルミーが楽しめる依頼だといいが。
あまり期待し過ぎると、後悔する羽目になるか?
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