幕間2話

 こんにちは諸君! 私の名前は陳泰粕蔵ちんたいかすぞう。エリートサラリーマンだ。


 まさに不動産業の為にあるような名前を親に与えられた私は、名前の通り国内でも随一の不動産会社――東珍神不動産に勤め、今日まで精力的に働いてきた。


 おかげで私も今や支店長。一つの支店を采配できる身分となった。


 仕事は順風満帆。結婚している妻との関係も極めて良好。全てにおいて上手くいっている完璧な私は、さあ今日も稼ぐぞ! と意気込んで出社したのだが――。


「ここここ、これはぁ!? あの武装貴族、沖崎家のメダルぅ!?」

「それを見せれば何も聞かずに物件を貸してくれると聞いた。現金の持ち合わせはないが十分な対価は用意できる。だから良さそうな家を紹介してくれないか?」

「ももももも、勿論です! 全力で対応させて頂きますお客様ぁ!!!」


 ――来訪したお客様が、とんでもない物見せてきたんですけどぉ!?


 それ・・を見せてきたのは初来訪のお客様。見た目の年齢は丁度20代前半から20代後半へと差し掛かる頃だろうか。何処か違和感を覚える黒髪。異様な雰囲気を放つ赤目。そして頭部以外一切肌露出のないやたらと黒々しい色合いの装束。


 彼は呑気に、流石に何日も野宿は辛いからなぁ、なんて呟いている。


 ハッキリ言って不審者だ。通常であれば入店自体お断りする相手。

 だが――たった今それは不可能になってしまった。絶対に無理だ。


 提示されたのは金色に光る一枚のメダル。

 宝石の欠けたティアラが描かれた美しい骨董品だ。


 これはダンジョン鉱山で極少量のみ採れる魔金から作られたメダル。


 三級以上の武装貴族家だけが発行を許された、心を許した相手にだけ渡す信用メダル! そして宝石の欠けたティアラは沖崎家の紋――つまり、彼はその身内!!


 私は支店長だから知っている! 沖崎家は我が社の最重要取引先の一つ!

 我が社は創業時から沖崎家に沢山の恩を受けていて、あの家が縁を繋いでくれたからこそ、現在も取り引きを行えている企業や武装貴族家は数多い!!


 そして沖崎家のメダルを持った方が我が社でそれを提示されたという事は――かのお家の誰かが、何も聞かずこのお客様に物件を貸してくれと言っているという事!


 そんな相手を入店拒否だと!? 無理だ! 無理無理無理無理!!


 そんな事をすれば我が社は沖崎家からの信用を失う!? かのお家を信頼する企業や武装貴族家が取り引きを中止してしまう可能性だってある!! そうなれば間違いなく私は終わりだ、二度とこの界隈で働く事は出来なくなるだろう……!!!


 ひ、ひぇええ……!? やめてくれ、私には妻と子供がいるんだ!

 仕事を失えば二人の生活を守る事が出来なくなってしまう……!?


 ここは慎重に、慎重に、更に慎重を重ねて対応しなければ……!!


 私はすぐさま資料を整理し、来店されたお客様を連れて街中へ繰り出した。向かう先は我が支店でも選りすぐり――牛肉で言えばA5ランク物件の元だ!


「ここは如何でしょうかお客様」「うーん。少し派手過ぎないか?」

「ここは如何でしょうかお客様っ」「狭すぎる。もう少しスペースが欲しいな」

「ここは如何でしょうかお客様っ!」「周りがちょっと煩いな。無しで」

「ここは如何でしょうかお客様っ!?」「今度は広すぎ。アウトだ、アウト」


「ぜはぁ……ッ、ぜはぁ……ッ、ぜはぁ……ッ!!!」

「おいおい大丈夫か? 疲れたなら一旦、何処かで休むか?」

「いえっ! 大丈夫です、お客様……っ。ご心配、なくっ」


 ――こ、このお客様。幾らなんでも我が儘すぎないだろうか……!?


 どんな物件を紹介してもチラッと見ただけで拒否してくるんですけど! 一つの物件を見るのに10分も掛けてない!! ――本当に物件を借りに来たのか!? 実はそれは建前で、実際はただウチにケチを付けに来ただけなんじゃないのかぁッ!?


 思わず怒りが溢れそうになるが、……いけないいけない。

 私はエリートサラリーマンだ。平常心を心掛けなければ。


 しかし困った。こんなにも拒否されると紹介できる物件も限られてくる。お勧めの物件は大体出尽くしてしまったので、後は訳アリ物件ばかりになるのだが……。


 チラッ、と私はお客様を見る。バレないようにコッソリとだ。


「愛の巣だよ愛の巣! 良い家が見つかるといいね、タイキー?」

「あぁ、そうだな。愛の巣、って表現はどうかと思うが。けど折角日本……に似た国で暮らせる事になったんだ。どうせなら出来るだけ良い家に住みたい」

「わたしは向こうみたいに大家族で暮らせる家がいいなー!」

「……勘弁してくれ。あの規模となると管理するの面倒なんだぞ?」


 ――お客様は何処からか聞こえる声と会話していた。相手の姿はない。


 えっ、なに? なんなの!? お客様は“ナニ”と話してるの!?


 まさか幽霊!? お客様は幽霊と話してるのか!? ……勘弁してくれ! 私は今年で10歳になった息子の同級生から“とってもビビりなお父さん”と言われるくらいホラーが苦手なんだぞ!? ホラー映画を見た日には多分心臓が止まる程の!!


 実在しないと信じてるからギリギリ耐えられているのに、存在が証明された日には怖くても夜も眠れなくなってしまう! 私は聞いてない、聞いてないぞー!?


 このままでは恐怖で私の頭がおかしくなる。

 ……仕方ない、訳アリ物件を紹介しよう。


 あそこでダメならもはや我が支部で紹介できる物件などない。それにお客様自身がどうやら訳アリのご様子。ならば多少物件がおかしくとも問題はないだろう。


「お客様、次が最後の物件になります。どうぞこちらへ」

「おっ、もう最後なのか。意外と少ないんだな、賃貸物件って」

「えー! わたしもうちょっと色々見てみたかったなー!」

「贅沢言うなって。多分ここそんなに大きくない支部なんだよ」


 こ、こいつ……! 私が何も言わないのを良い事に好き放題言って!?


 ……いいだろう。そんな態度を見せるなら、もう容赦はしない。我が支部最恐最悪の訳アリ物件と名高いアパート、『トモガラ荘』にて迎え撃ってくれる!!!



「へえ。中々いい感じのアパートじゃないか。空気も良い」

「だねー! 二人で住むなら丁度いい大きさかも!」

「……は、ははは。それはよかった。えぇ、とっても……」



 ば、馬鹿なッ!! 『トモガラ荘』が普通のアパートになってる、だと!?


 いやむしろそこらの高級賃貸なんかより遥かに空気が良い! 朗らかな陽気に温かい日差しが差し込んでいて、花や鳥たちが歌い出しそうな空気がある!!!


 一体どうしたんだ『トモガラ荘』!? お前これまで一度だってそんなお利口な様子を見せた事なんて無かっただろ!!! むしろ「生きとし生ける者、全て我が敵。尽く皆殺しにしてくれるわぁ!」みたいな雰囲気を醸し出していたじゃないか!?


 なのにどうして全面降伏状態なんだ!? お前はペットの犬か!?


 ……まさか怖気づいたのか? このお客様に怯えてるのか! だから必死に怖くない振りでやり過ごそうとしていると!? この、訳アリ物件の恥晒しめッ!!!


「決めた。この物件にしよう。いいよな、フルミー?」

「うん! ここなら楽しく暮らせそうだから賛成!」

「よし。そういう訳だからこの物件を借りたい。大丈夫か?」

「え、えぇ。大丈夫ですよ。すぐにお住みになられますか?」

「もちろん。それで支払いについてなんだが――」



「おろろ? そこにいるのは新しい住人かのう?」



 突然背後から聞こえた年若い女性の声。私はぴしりと固まった。


 ……まさか。今日は彼女が滞在している日だったのか? 嘘だろう? 私はちゃんと彼女がいないはずの日時に来たはず――いやそうか、今日は彼女が懇意にしている酒屋に新しい酒が入荷される日! だから彼女がこちらにいるのか!!!


 くそっ、カレンダー係め! 書き忘れるなと言ったのに!!


 振り向くと、そこにいるのは長身の女性。燃え盛る炎のような赤髪。エメラルドの如く美しい緑色の眼。目も眩むような美貌。なにより――とても巨大な胸と尻。


 ……噎せ返るような酒の匂いと着崩された衣装で全て台無しだったが。


「あぁ、リュッケンドラーフさん。ええ、そうですよ。こちらは現在入居予定の桜江大輝さんです。桜江さん。彼女はルビアーノ=リュッケンドラーフさん。現在『トモガラ荘』に入居されている唯一の住人さんです」

「桜江大輝だ。よろしくな、リュッケンドラーフさん」

「ほう? この細っこい男がか。……ふむ? ほうほう。これは中々」


 お客様――桜江さんをリュッケンドラーフさんがジロジロ眺めている。


 なんだ? 彼女は一体何に頷いているんだ!? くそ、これだから彼女の居る時に来るのは嫌だったんだ! 何を考えているのかまるで分かったもんじゃない!


 貴重な入居予定者だぞ!? 頼むから減らさないでくれよ!!


「……おぬし、随分やるようじゃな? かなり見え辛いわ」

「へぇ、分かるのか。そういうお前も常人の範疇だと多少やれそうだが」

「くかかっ。わしが常人か。おぬし、わし以上に外れておるな」


 初めはなにやら物騒な雰囲気を醸していた二人。


「やかましい長屋の住人を鎮めてくれた恩もあるし、今度共に酒盛りでもしようではないか。わしお気に入りの酒屋がある。品質の良い酒が手に入るぞ?」

「へえ、そりゃいいな。住人を鎮めたってのはよく分からないが」

「存在すら認識してないと? くかっ、増々気に入った! おぬし大物じゃな」


 どうなる事かと見守っていれば、……何故か意気投合してしまった。


 いや。リュッケンドラーフさんが一方的に気に入っている感じだが、それでも最初の物騒な雰囲気は消えていた。最早あの瞬間の今にも戦い始めそうな空気はない。


 おかしい。経過は見ていたはずなのに何がなにやらよく分からなかった。

 私に分かるのはこの二人が案外上手くやっていけそう、という事くらい。


 まるでキツネにつままれた気分だ。もう嫌だ。家に帰りたい。


 こうなればすぐに契約を済ませこの『トモガラ荘』から離れよう。この二人とはうも関わりたくない。担当も戦犯のカレンダー係に押し付け――任せる事にする。


「ではお支払い方法の確認も出来ましたので、これで契約完了です」

「あぁ、ありがとう。……名前は陳泰粕蔵、でよかったよな?」

「は、はい? そうです。私は確かに陳泰粕蔵ですが、何か……?」


 なんだ? まさかこの期に及んでクレームでも付けてくる気か!?

 勘弁してくれ……! こちらは既に諸々で心が限界なんだぞぅ!?



「いや。これから世話になるからさ。改めて挨拶しとこうと思って。

 ――改めて、桜江大輝だ。これからよろしくな、陳泰粕蔵さん?」



「っ!? は、はい。はい! よろしくお願いします、桜江大輝さん!」


 くっ! ま、眩しい……!? なんというイケメンフェイス!

 輝く笑顔で恐怖に怯えた私の心が浄化されていくようだ……!?


 ……決して、決して気を許すつもりはない。ないが……っ、


 こ、困ったら何でも私に相談してくれていいんだからね! 私はこれでもエリートサラリーマンだ! 不動産関係の事なら、なんだって解決してみせよう!!!





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 旧トモガラ荘

「人類を皆殺しにしてくれるわぁ!!!」

  ↓

 新トモガラ荘

「ぷるぷる。ボク、悪いアパートじゃないよ」

 粕蔵

「お前、そんな感じじゃなかっただろ!?」


 元凶たち

「中々いい物件じゃないか」

「わたし達の愛の巣にぴったりだね!」

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