幕間1話

「――はぁ。桜江。桜江大輝さん、ですか……」


 緋龍第一ダンジョン学園高校。一年Aクラスの教室で。

 私、沖崎あややは昨日の事を思い出し呆けていました。


 彼――桜江大輝さんが壁を壊し現れた光景は今も鮮明に思い出せます。


 舞う粉塵の中に浮かぶ上がる姿。夜の星空のような髪。不気味で、しかし何処か神秘的な赤い眼。異国情緒と現代的な印象を上手く混ぜ合わされた黒い装束。


 そんな彼の姿を、私は呆然と見つめていました。


 そういえば彼が着てたのはほぼ露出の無い服装でしたが、もしかして彼は他人に肌を見せる事に抵抗があるのでしょうか? 時々そういう方もいると聞いています。

 もしまた会う機会があれば、その辺りに配慮した方がいいでしょうか。


 いずれにせよ、神秘的なあの光景は今も私の脳裏に焼き付いています。


 彼の事を思い出すだけで、私は――、


 桜江さんの事を考えボーッとする私に、ゆずめが声を掛けてきました。


「またそれ? 私は意識が朦朧としてたからほとんど覚えてないけど、よっぽど格好良かったんだね? あの人。あややがそんなに熱を上げるくらいだもん」

「ゆ、ゆずめ!? 私は別に、あの方の事を考えている訳では――!」

「へえ? 何とも思ってないんだ。じゃあ私があの人と付き合ってもいいの?」

「いえ! 例え親友のゆずめと言えど、恋敵になるなら容赦はしません! 彼が貴女に好意を寄せてしまう前に、私が告白して――はっ!?」

「そっかそっか。そんなに想ってるなら私は大人しく身を引こうかな」


 恋する乙女にちょっかいかけて、馬に蹴られるのは怖いもんね~?

 そう口にしたゆずめは、にやにやといやらしく笑っていました。


 やられましたっ!! まさか教室で口にしてしまうなんて……!?


 見ればクラスメイト達の視線も集まっていました。

 黄色い悲鳴を上げる方もいれば、何故か崩れ落ちる方もいます。


 ……後者の方は大丈夫なのでしょうか?


 しかし――、あぁ、恥ずかしい……!! 穴があったら入りたい!!!


「でも大丈夫なの? 組合に問い合わせたら、桜江大輝って名前の探索者はいないって言われちゃったんでしょ? あの人、本当に信用できそうなの?」

「……確かに、彼に色々と怪しい部分があるのは事実ですが――」

「それに私達ってスネークヘッドとの戦いで結構傷付いてたのに、目が覚めた時には綺麗さっぱり傷が無くなってたし。あれも多分、あの人が治したんでしょ?」


 怪しい、と。疑惑の目でこちらを見るゆずめ。

 私は咄嗟に自分の口を塞ぎました。


 い、言えません……! 例え相手がゆずめであったとしても!!


 加堂さんを治したあの魔法や、彼と共にいた妖精等々。


 彼は沢山の秘密を抱えていました。さほど魔法に詳しくない私でも特別だと分かる魔法が人目に晒されれば大変な事になるでしょうし、ただの空想だと思われていた妖精の実在が知られれば、いったいどれほどの騒ぎになるのか想像も付きません。


 その危険を押して私達を助けてくれたのは、偏に彼が優しかったから。


 その優しさに報いる為にも、私は絶対に彼の秘密は話しません!!


「……ふーん? 絶対に言いたくないって事ね? ま、いいよ。私も無理に聞き出したい訳じゃないし。それに命の恩人だしね。あの人が自分の情報を知られる事を望んでいないって言うなら、私もあの人の事は極力話さないようにする」

「あ、ありがとうございますゆずめ。きっと彼も喜んで――」


「――まあ、それはそれとして? 親友の私より一度会っただけの恩人を優先されたのが悔しいから、これからあんたが恥ずかしがるような事を沢山しようと思う。具体的には――学校中の人にあんたに想い人が出来た事を暴露して回る、とか」



「んにゃああああああああ!? ゆ、ゆずめ!? それはやめてください!?」



 とんでもない事を宣言したゆずめに、私は飛び掛かりました。


 ――大丈夫。私は信じています。確かに色々と怪しい桜江さんですが、自身の身の安全と大怪我を負った加堂さんを天秤にかけ治療する事を選択した彼なら、きっと誰かを悲しませるような悪事を働いたりはしないと。


 い、勢いでメダルを渡したのはやり過ぎだったと思いますけど……っ。

 どうしましょう。帰ったらお母様に怒られるかもしれません……!?





 その後チャイムが鳴り。佐護先生がHRを始めました。


「さて。全員揃ったところで早速、朝の連絡事項を伝えていくが――」

「先生ー! 加堂の奴はどうしたんですかー?」「あいつがいないって珍しいよな」

「見た目は不良だけど真面目だよね」「私、一度荷物運んで貰った事あるよ?」

「もしかして風邪か?」「うーん? 今の時期って風邪に掛かりやすかったっけ?」

「はーいお前ら煩いぞー? 説明してやるから一旦話すのをやめろー」



「あいつは自主謹慎だとさ。実習に班に迷惑掛けたのが堪えたってよ」



「うわ、やっぱり凄い真面目」「聞いたよ。沖崎さんの班、大変だったって?」

「なんでも都内を騒がせてたスネークヘッドのメンバーが出たって……」

「それを捕まえちゃったんでしょ?」「武装貴族ってやっぱり凄いんだな……」


 ――そう。騒動が明けた今日、加堂さんは学校に来ませんでした。


 両親の命を盾に脅されていたとはいえ、己の行動で私達を危険に晒した事を酷く後悔しているようです。頭が冷えるまで学校には来ない――彼はそう言っていた、と先生方は今朝、騒動の当事者である私やゆずめに事前に伝えてくれました。


 ゆずめは仕方ないと肩を竦めていましたが……私は悔しかった。


 彼はスネークヘッドに脅され仕方なく私達を誘導しただけ。当然責められるべきはスネークヘッドの人間。なのに自責の念を感じ自主的に謹慎してしまうなんて。


 勿論、彼自身がそれを望んだ事は私も分かっています。

 そうしなければ彼自身が己を許せないのだという事も。


 ですが私は許せない。今回の出来事は、スネークヘッドが早期に捕まっていれば起きなかった事。――つまりはダンジョン内の治安を担う、武装貴族家の失態。

 武装貴族がしっかりしていれば、今回の出来事は起きなはずでした。


 武装貴族のミスで誰かの人生が狂う。……あってはならない事です。


 私一人の力など、きっと大した事ものではない。――けれど、私が探索者として治安を守る事で悲しみが減らせるなら、これ以上嬉しい事はありません。


 加堂さんの行動を無駄にしない為にも、私は立派な探索者にならなければ。


「一人まだ復帰してないものの、お前らは無事ダンジョン実習を終えた。――という訳で、次回からはより本格的に探索者として活動していく事になる。まだ簡単なものしか受けられないが、依頼だって受注できる。気を緩めるんじゃないぞ?」


「はーい! 気を付けまーす!」「分かってるってせんせー。俺らを信じろっての」

「ふっ。禁じられた力を開放する時が来たか……」「海斗。寒いぞ? それ」

「いっぱい頑張るぞー! おー!」「優理……。まだ始まってすらないよ……?」


 ――依頼、ですか。つまり本格的に探索者の活動を学ぶ訳ですか。


 探索者として大成する事は武装貴族家に生まれた者の使命にして存在意義。幼い頃から両親にそう言い聞かせられ、私自身も成長するにつれ探索者として皇国を守る生き方に憧れを抱くようになりましたが、遂に私自身もなれるのですね。


 思えば、スネークヘッドとの戦いでは無様な姿を晒してしまいました。


 守るべき班員を早々に昏倒させられ、人質に取られて自由に動く事も出来ず。加堂さんに絶好のチャンスを与えて貰ったのに、結局は防戦一方のままで。


 武装貴族家の者としてはあまりに恥ずかしい、情けない戦いぶりでした。


 『沖崎家』の者としてこのままではいられません。

 なんとしてでも名誉の挽回、汚名の返上がしたい!


 その為にも、この機会を余さず全て糧にしなければ……!!


「うんうん。お前らがやる気十分で先生は嬉しい。探索者として活動してると結構な確率で理不尽な目にも遭うからな。そういう時、前向きに考えられる奴とそうでない奴の生存率は大きく違う。お前らが生き残ってくれそうで俺は本当に嬉しい」


「ただ、流石にサポート無しで放り出す訳にもいかない。特に探索者志望とはいえお前らはまだ子供。それにトラブルもあったばかりだ。何があってもいいよう組合協力の元、実力があり且つ信頼できる探索者を集め、引率を行ってもらう事にした」


「探索者の引率ですか?」「なら俺、知ってる探索者に依頼したいんですけど」

「うーん、探索者もピンキリだからなぁ」「どうせ探索者に依頼するなら、私達も知り合いの探索者に依頼したいよね? その方がハズレを引く事がないし」

「ふははっ、我には必要な――ッ!?」「アホ。お前が一番危なっかしいんだから引率して貰え」「海斗君ってバカだよねー?」「優理はそれ言っちゃダメでしょ……」


 どうしましょう。私が知っている方は桜江さんくらいしか……。


 ですが桜江さんは組合に登録していないという話でしたし、依頼をするのは不可能ですよね……? せめて彼が組合に登録していれば可能性はあったでしょうが。


 場合によってはゆずめに紹介して貰う事も考えておきましょう。

 彼女の家は確か、結構な数の探索者を輩出しているはずなので。


「勿論知り合いに依頼してもいいが、……どうせなら普段関わらない探索者との交流も深めておけ。あいつらは色んな事を経験してる。楽しかった事、苦労した事。成功体験とか、逆に失敗談を聞くのもいいかもな。それ以外にも色々と聞いてみるチャンスだぞ。……ただその為には勿論、相手と良い関係を築かなきゃダメだけどな?」


「……確かに。ある意味俺らの先輩だもんだ」「色々為になる事とか知ってそう!」

「でも飯のタネだろう? そう簡単に教えてくれるか?」「馬鹿。それを聞き出せるくらいの関係を作れって事だろう?」「モンスターの倒し方とか聞きたいよね」

「ふっ。我には半端な知識など不要!」「あ、うん。もうお前はそれでいいよ」


「とはいえ実際に行われるのは少し先だ。各々、いざその時が来てから緊張で動けないなんて事がないよう、今からしっかりと心の準備をしておけ。いいな?」

「はーい!」「分かりましたー」「くっ。了解だ」「いつまで続けるんだそれ」


 なるほど。これは先輩探索者にアドバイスを聞く機会でもあるのですね。


 ならば私も当日になってから何を聞くべきか迷わないよう、事前に聞きたい事のリストでも作っておきましょうか。知りたい事など山のようにありますから。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 あややが告白宣言した時のクラスメイト達。


 女子。

「キャー! 沖崎さんに好きな人が出来たんだって!」

「聞いた? ダンジョンで助けて貰ったらしいよ?」

「素敵! 私もそんな風にイケメンの探索者と出会いたい!」


 男子。

「くそっ! 我がクラスの女神に好きな人だとぉ!?」

「一体何処のどいつだ!? 見つけ出して愛剣の錆にしてやる!!」

「くくっ……。世界が闇に閉ざされてしまった、か……」


 ゆずめ。

「うちのクラスは元気だなー」

 あやや

「あの方達は大丈夫なのですか……?」

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