第8話

「うーむ。これは酷いな。かなり酷い状態だ」


 ――ズタボロにされた少年を前に、俺は唸った。


 顔は腫れ片目が潰されており、右腕と左足が折れている。加えて上着を脱がしてみたところ内出血も複数個所で確認でき、恐らくは内臓も幾つかやられている。


 子供相手にここまでするとは。……やっぱりあいつはクソだな。


 沖崎あやや――緊急事態につき自己紹介は簡単に済ませた――彼女がいきなりポーションとやらを持ってないか尋ねてきたのは、この少年を治療したいが為だった。どうも身体を張って彼女らの事を助けたらしく、どうにか助けてあげたいとの事。


 そう聞くと俺としても何とかしてやりたいが……さて。どうするかな。


「幸い致命傷にはなってない。この怪我で死ぬ事はないだろう。……ただ、多分後遺症は残る。日常生活は大丈夫でも、この感じだと戦いは完全にダメだろうな」

「そんな……っ、彼の怪我の具合はそんなにも酷いのですか……!?」


 ……うん。この程度の怪我なら見慣れてるから多分合っていると思う。


 あややちゃんは悲劇的に悲しんでるけど、俺としてはこんなもんか、っていう感想しか浮かばない。コルウェルじゃまず生き残れたら御の字みたいなとこあるし。


 むしろ人を守った末の重傷と聞いて、やるなこいつと褒め称えたい気分。


「その、どうにか治療できないでしょうか……? 彼は私達をここへ誘導した張本人ではありますが、それもあの男に脅されての事。それに最終的には身を挺して私達の事を助けてくれたんです。可能ならどうか治して頂けないでしょうか……!?」


 ふーむ。……ま、いいか。泣く子供を放置するほど鬼じゃない。

 バレた時の対応は面倒だけど、まあ最悪どうにでも出来るしな。


「フルミー? 出てきてくれないか。お前の力が必要なんだ」

「一体誰に――「はいはーい! タイキ、私の事呼んだ!?」――!?」

「ああ呼んだ。お前の力を貸してくれ。この少年を助けたいんだ」


 俺の身体から現れるフルミー。人に会いそうだから隠れて貰ってたんだよな。


 あややちゃんがギョッと目を見開き驚いている。ただ対応が面倒なのでとりあえずは後回しだ。先に状態の危ういこの少年の治療を済ませてしまいたいしな。


 フルミーは少年をジロジロ眺めている。何か面白い事でもあるのか?


「この子を助けるの? いつもは自己責任って言うのに珍しいね!」

「ああ。……泣いてる子供がいるからな。涙を拭うのは大人の役目だ。倫理観なんて擦り切れて久しいが、子供を見捨てるほど無情な人間には成りたくないしな」

「そっか。――あ! この怪我なら問題ないよ? 簡単に治せる!」

「よし。じゃあ行くぞ。久々の合わせ技だ。集中しろ」「はーい!」


 少年の上で手を重ね合わせ、俺とフルミーは声を合わせ詠唱する。


「「夢を現に。幻を真に。道行く老婆は花を愛し、揺り篭の赤子は空を愛でる。桜にとまった雀が愛の歌を奏で、餌を運んでいた蟻が陽気に踊り出す。――世界よ。あぁわたしの愛する世界よ! あなたはどうしてこんなにも素晴らしいのか!?」」



「「――夢見るフルミーの夢現しフルミー ズ ドリームランド!!!」」



 少年を囲むように現れる魔法陣。春の陽気が踊り始める空間。


 えっ、えっ!? と理解の追い付かないあややちゃんを放置して、魔法陣が少年の傷付いた身体を包み込み――一切傷のない健康な身体に上書きした。


 そして夢見るフルミーの夢現しフルミー ズ ドリームランドが終了。踊っていた空間も元に戻る。


「うし、こんなもんでいいだろう。完璧な健康体に戻したぞ。どうだ?」

「はえ? あれ? 世界が踊り始めて、でも元に戻ってて……あれぇ?」

「あはは! ダメだよタイキ、この子まだ現実に戻って来れてない! どうも世界が踊り始めたのがよっぽど理解出来なかったみたい。処理落ちしちゃってる!!」

「あぁ……時々いるんだよな、そういう奴。どうせ考えたところで理解出来っこないんだから、ただそういうものとして受け止めておけばいいのに」

「むりむり! 普通は出来ないよ。人間は色眼鏡で世界を見る生き物だもん! 世界のあるがままを受け止めたいなら、まずは普通から外れないとね!」


 そういうもんなのかね。俺は割りと最初から出来たが。

 しかしどうするか。彼女が現実に戻らないならやる事がない。


 魔法使いの娘――咲坂ゆずめちゃんは自己紹介を終えた直後、気が抜けたらしく倒れるように意識を失ってしまったし。他の子達もまだ起きる様子はない。


 このまま誰か来るまで待ち続けるのは嫌なんだが――お、そうだ。


「どうせだし他の子達も治療しておくか。フルミー、手伝ってくれ!」

「了解! 今日は一杯だね!? わたしの心臓使ってくれてすっごく嬉しい!」


 はいはい。大喜びするフルミーにおざなりな返事をして、意識を失っている間に俺はあややちゃんや倒れている他の子供たちの治療も済ませてしまう事にした。


 ――そして夢見るフルミーの夢現しフルミー ズ ドリームランドを連発。フルミーは狂喜乱舞した。





「すみません、恥ずかしい姿を見せてしまいました……っ!」

「まあ……気にしなくていいさ。時々ある事だからな」


 一通り治療を終えた後。顔を真っ赤にしたあややちゃんが謝ってきた。

 我に返ってから自分の反応を思い出し、恥ずかしくなったらしい。


 とはいえ俺は特に気にしていない。夢見るフルミーの夢現しフルミー ズ ドリームランドを使うと、結構な頻度でおかしな反応を見せる奴がいたからな。人によっては服を脱ぎ捨てて踊り始める奴とかもいたし……処理落ちくらいなら可愛いもんだ。


 一体何が悲しくて男の裸なんて見せられなきゃいけなかったんだ……?


「さて。分かっているとは思うが、ここで見た事は他言無用だ。理由は……言わなくても分かるよな? それとも、言い聞かせてやった方がいいか?」

「いえ、大丈夫です。知られれば騒ぎになってしまうから……ですよね?」

「そうだ。特に妖精の存在が知れ渡れば何処まで煩くなるか想像も出来ない。最低でも守る手段を確保するまでは秘匿する必要がある。だから絶対誰にも話すな」

「……はい。これは仕方のない事……なんですよね。桜江さん」


 ふむ。口止めしたら意気消沈してしまった。……なんでだ?


 いやそうか。彼女は自己紹介で自分は武装貴族の人間だと話していた。フルミーの治療能力を人々の為に使えない事に落ち込んでいるんだな。責任感強そうだし。


 俺が学生の頃はもっと適当だったぞ? ……これが生まれの違いか。


「それじゃあ俺はこれで。他の救援とかち合うのも面倒だからな」

「あっ!? ――ま、待ってください! 桜江さん!?」



「――私の専属探索者になる気はありませんか!?」



 反射的に足を止める。振り返った俺に彼女は息を吞んだ。


 ……専属探索者? それってあれだよな。組合の受付が話してた探索者になる方法の一つだ。一方は国民証が入手出来ないから断念したが……もしやなれると?


「私は一級武装貴族家『御妃家』の分家、『沖崎家』の人間です! 分家は基本、本家の一階級下として扱われる。つまり『沖崎家』は二級武装貴族家相当の力を使えるという事。私なら貴方を専属探索者として召し抱えられる。――どうですか!?」


 なるほど? 彼女に仕官すれば俺は探索者になる事が出来ると。


 武装貴族、あるいは『沖崎家』とやらがどれほどの権力を持っているのか定かではないが、貴族というからには俺の国民証を用意する事も多分出来るだろう。


 彼女――あややちゃんに雇われれば生活は安泰。そういう事か。


 素晴らしい。大変素晴らしい提案だ。……けどダメだな。


「断る。信用できるか分からない相手に仕官する事は出来ない」

「――あっ。そ、そうですか……っ」


 特に彼女、あややちゃんにはフルミーの力を見られてしまっている。


 夢見るフルミーの夢現しフルミー ズ ドリームランドは現実を夢で上書きする魔法。使い方次第では万能に限りなく近い魔法ではあるが、決して万能ではない。むしろ色々と制限の多い魔法だ。


 しかし見る者にそれは分からず、この魔法を求める者は多くいた。


 初めは大丈夫な様子を見せていたとしても、何か切っ掛けがあれば簡単に欲に手を染めるのが人間という生き物だ。彼女もまだまだ信用すべき人間ではない。


 仮に魔法がなくともフルミーは俺の妻。守るのは当然の事だが。


 ――とはいえ。折角の縁をここで完全に切り捨ててしまうのも勿体ないか。


「けど、そうだな。もしよければ家を紹介してくれないか? 訳あって俺は今住む場所がなくてな。家無しなんだ。あややちゃんが紹介してくれれば助かるんだが」

「いえ……お家ですか!? そ、それなら是非これを使ってください!」


 手渡されたのは、宝石が欠けたティアラが描かれたメダル。


 結構重い。というかもしかしてこれは金か? コルウェルじゃ金貨が通貨だったから金を見る事自体は初めてじゃないが、なんでこれを手渡してきたんだ?


「それは沖崎家の人間が信用した相手に渡すメダルです! それを東珍神不動産という会社で見せてください。事情を聞かずに物件を貸してくれるはずです!」

「へえ。これが、か。――助かるよ、ありがとう。それじゃあ俺はもう行くな」

「待ってください! ……その、助けてくれてありがとうございました!」


 ……ありがとう、か。例えいつだろうと感謝されるのは嬉しいな。


「――あぁ。君らの事を助けられてよかったよ」

「――――――――――ッッッ!?!?!?」


 そして今度こそ俺はその場を後にした。あややちゃん達に背を向けて。


 ちょうど他の救援が突入してくるタイミングだったらしく、ギリギリで入れ違いになる事が出来た。彼女らが話さない限り、俺の存在が知られる事はないだろう。


 人助けはやっぱり気分が良いな。助けた奴が良い人間だと特に。

 今後も、俺の生活に支障が出ない範囲で積極的に助けるとしようか。

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