第7話
「えー、っと?? これは一体どういう状況なんだ???」
壁をぶち抜いて現れた俺を、数十人以上の人間が見ている。
特に壁近くの剣士の娘など目を真ん丸にして凝視していた。
……しかし随分とボロボロだな。この女の子は。
どうも目の前の大男と戦っていたみたいだが……?
あの後。好奇心に引っ張られ、俺は発煙弾が上がったビルの中に入った。までは良かったんだが、……だいぶ異常な状況に困惑されられる事になってしまった。
――まず、明らかに外観と比べてビル内部が異常に広々としていた。
いやまあそれだけなら魔法で同じ事は出来るし、大した事じゃない。
内部に魔獣のような生物――魔獣とは呼ばない。弱いから――が存在した事や外と比べ魔力濃度が高い事にも驚きはしたが、それらも全然大した問題じゃない。
問題だったのは……まるで目的地に辿り着けそうにない事だ。
どうやらここは一定時間毎にランダムで空間が入れ替わるようで、ギミックを解かなければ出られない仕組みになっていたようだ。最悪の場合、延々とこのビルの中を彷徨い続ける羽目になる。初見殺しのとんだデストラップだった、という事だ。
仕方なく壁をぶち抜いていると、こうして目的の場所へ到着した訳だ。
「あー、お前らは戦ってる……んで、いいんだよな? なんでか今は全員手を止めてるみたいだけど。もしかして俺、どっちかに加勢した方がよかったりする?」
というかなんで誰も彼もが揃ってこっちを見てるんだ。
お前ら戦ってるんだろう? 敵なんだろう? 呑気か。
コルウェルなら間違いなく死んでるな。向こうは弱肉強食の極致みたいなところがあるから。敵の前で動きを止めるなんざ食べてくださいと言ってるようなもんだ。
「っ! 私は緋龍第一ダンジョン学園高校一年Aクラス所属、沖崎あややです! 見知らぬ探索者の方、どうか助力をお願いします! 彼らは最近都内を騒がせている犯罪グループ、スネークヘッドの構成員です! 私達を誘拐しようとしています!」
「ほーん? 誘拐ね。そりゃ穏やかじゃないな。――分かった。協力しよう」
わざわざ教えてくれるなんて親切な女の子だな。有り難い。
しかし――スネークヘッド。蛇の頭、か。
ここには結構な数の人間が居て、それぞれ武器を構えていた。
ついさっきまで激しく戦っていたんだろう。特に杖を持った杖使いの女の子なんてかなりボロボロになっていて、ギリギリで凌ぎ続けていた事がよく分かる。
そして女の子と同じ制服を着た子供達が彼女を含めて五人。
恰好はバラバラだが蛇頭のバンダナを付けた連中が数十人。
……なるほど、なるほどね? よーく分かったぞ。
つまり俺はバンダナ付けた連中を倒せばいいんだな?
「……いきなりやって来てヒーロー気取りかぁ? 調子に乗んじゃねえぞ!? お前らこのふざけた奴をやれ! 手加減しなくていい、殺す気でやっちまえぇ!!!」
「了解です、幹雄さん! お前らやるぞ!?」「おう、ぶっ殺してやる!」
バンダナの連中に怒鳴り口調で指示を出す巨躯の男。
命令出す姿を見るに、こいつが司令塔か。分かりやすくていい。
「死ねやぁああああああ!!!」「おら、くらいなッ!!!」
「よっ。ほっ。ふっ。やっ。……おお、ちょっとした運動に最適」
バンダナ共の攻撃を避けて避けて避けて避けまくる。
色んな武器を持った奴がいるが、鈍器が多いのは好みの問題なのかね。なんかやたら刺々しいというか、釘が生えた棍棒を持ってる奴がいるのは気になるが。
「はっ! あっちは時間掛かってるみたいだなぁ? なら今のうちに嬢ちゃんを捕まえて人質として使ってやる。そうすりゃあいつも手を出せなくなるだろうよぉ?」
「くっ。絶対負ける訳には……っ! ここさえ凌ぎ切れば、希望が……!?」
「希望? そんなものはねぇ! お前らは俺の10億に変わるんだよぉ!!!」
おっと。あまりぐずぐずしてると剣士の娘が負けてしまいそうだ。杖使いの娘なんて今にも倒れそうだしな。さっさと戦いを終わらせて、休ませてやらないと。
……ところで10億ってのは何だ? 病院への通院費とかか?
「ま、こんなもんか。雑魚ばかりにしては頑張った方だよ、お前ら」
「つ、強い……!?」「勝てる訳ねえっ、こんな化け物……ッ!!」
――そして一分後。俺は向かってきたバンダナ共を全て倒した。
大した事のない連中だ。武器を使うまでもなかった。
これなら雑魚魔獣一体の方が断然、強かったな。
……まったく。この程度だと準備運動にはならない。
そして俺が合流するのを見て、大男は既に距離を取っていた。
戦えば負けると分かってるんだろう。判断が速いというかなんというか。
……ま、面倒な手間が掛からないから俺は全然いいんだけどな。
「あー。そこの君、大丈夫か? ヤバそうな怪我とかしてないか」
「……ええ。小さな負傷は幾らかありますが、大きな怪我はありません。私は大丈夫です。ですがゆずめは魔力欠乏状態に陥っていて、これ以上戦う事は……」
「魔力欠乏? という事は魔法使いか。道理でフラフラしてた訳だ」
俺もコルウェルに転移直後はよく魔力欠乏になってたな。懐かしい。
あれキッツイんだよな。世界がぐにゃんぐにゃんするし、吐き気にも襲われる。頭もガンガン響いて頭が働かなくなるし、身体だってまともには動かない。
魔力が回復しないと治らないから、一週間その状態のままって事もザラだった。
――だが何が一番酷いって、その状態での戦闘を師匠に叩き込まれた事だ。
コルウェルでは格上との戦闘なんて当たり前。一瞬でも足を止めれば即死亡が常態の世界だ。だから魔力欠乏で戦闘不能になる事は、イコールで死を意味していた。
故に魔力欠乏程度で行動不能にならないよう、徹底的に克服させられたのだ。
……あの時の事は正直、今でもトラウマになっている。
しかし魔力欠乏状態のまま戦い続けられるなんて随分優秀だな。
あれは耐えようと思って耐えられるものでもない。慣れない奴はいつまで経っても慣れないし、場合によっては悪化して余計に酷い事になったりするものだが。
見たところかなり若いのにそれをやってみせるとは、将来有望だ。
「まあ安心していい。ここからは俺が守る。君らは見てるだけでいいさ」
「きゅん! ――そ、そうですか。それは……ありがとうございます」
きゅん? んん、今何か変な効果音が聞こえなかったか?
……気のせいか。そうだよな、剣士の娘も反応してないし。
「あぁああああああッ!? お前なんなんだよッ!! 壁突き破って出てくるし、俺の手下共を全員ぶちのめすし! 10億だぞ、10億!? 学生を攫って渡すだけで10億貰えるはずだったッ! それが――お前の所為で全部パァだッ!!!」
「あぁ。そういう事。10億ってのは人攫いの報酬って訳ね。いきなり発狂し出すから何事かと思った。けど10億か。……その程度の為に人を攫おうとしたのか?」
日本にいた頃と比べると俺の倫理観はだいぶ擦り切れてる。コルウェルは恐ろしく人間の命が軽い世界。他人の命に気を遣えば満足に怪物どもと戦う事すら出来なかったから、俺は戦闘で死者が出るのは仕方がない事だと割り切るようになった。
――そんな俺でも、目の前のこいつがクソだって事くらいは分かる。
金の為、金持ちになる為に働く事は決して悪じゃない。
むしろどんな理由でも社会の為に働くのだから、間違いなく善行だ。
しかし金の為に他者を貶め、人の自由を奪う事は間違いなく悪行だ。
正義だの悪だのには微塵も興味がないが、目の前で困っている誰かを助けるくらいの善性は俺にも残っている。――クソ野郎をぶちのめしたいと考える悪意も。
そしてこいつは間違いなくクソ野郎。俺がぶちのめすべき悪党だ。
「……っ!? た、探索者の方っ。その気配を抑えてください……っ!」
「おっと。つい威圧してたか。悪いな、クソ野郎だったもんで」
「……気持ちは分かります。ですがあの威圧感では他が耐えられないので」
……まずいまずい。そうだった。クソ野郎以外にも人がいるんだったな。
気を付けないとな。魔法使いの娘なんてさっきより顔色が悪くなってる。
「くそ、くそ、くそぉッ!!! こうなったら全員ぶっ殺してやる! 依頼なんざもう知った事か! お前も学生どももみんな仲良くあの世に送ってやるよぉ!?」
そう言ってクソ野郎が懐から取り出したのは――緑の小瓶だった。
いや。正確には緑色の液体が入った小瓶、か。
中の液体が緑過ぎて、外の小瓶まで緑に見えただけで。
そして小瓶を開けたクソ野郎は――中の液体を一気に飲み干した。
「おお……ッ!! これはすげぇ、全身に力が漲ってくる……ッ!!!」
「そんな……っ、人間がモンスターへと変わって……っ!?」
「――ぐひっ、ぐひゃひゃひゃひゃ!! これでもうお前らは助からねぇ。命乞いしたって許してやらねぇよ? 俺を怒らせた事、後悔しながら死ねぃッ!!!」
「ば、馬鹿なぁ……!? どうして勝てないッ!?!?!?」
「凄い……! あれほど大きなモンスターを簡単に!?」
……うん。非常に盛り上がってるとこ悪いんだが、雑魚い。
弱いじゃなくて雑魚い。弱過ぎて敵にすらなりそうにない。
確かに一見すると、こいつはとても強そうな姿をしている。
赤熱した真っ赤な肌。筋骨隆々の肉体。腰に巻いた布。頭に生えた角。
まるでお伽噺に登場する赤鬼だ。ちょっと格好いいと思ってしまった。
ただし敵として見ると……ハッキリ言って誤差だ。俺からすれば変化前も変化後も大差ないように見える。そりゃ見た目は変わったが、結局それだけでしかない。
――コルウェルの怪物どもの足元にも及ばない、有象無象。
俺の感想はそんなもんだ。……もう少し頑張りましょう。評価1です。
「逃げられるのも面倒だからな。……しばらく眠ってろ」
「ま、待てッ!? 話を、話をしよ――ぐぶぇ!?」
そしてクソ野郎は白目を剥いてぶっ倒れた。
……パンツ一丁というとても情けない姿で。
ともかくこれで片付いたな。後はバンダナ共と一緒に縛って――
「あの! ポーションを持っていないでしょうか!?」
――おん? なんだなんだ、一体どうした?
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