第6話
班の結成から二つほど授業を挟んだ後の事。私達はダン高――緋龍第一ダンジョン学園高校の校舎から少し離れた場所。都内のある古びたビルの中を歩いていた。
このビルはダンジョン化したばかりで、出るのは弱いモンスターばかり。
だからか、探索自体は極めて平和に進める事が出来たのだが――
「ねえあやや、気付いてる? 様子がおかしい事」
「……ええ。私の勘違いであって欲しかったのですが」
「そうだね。でも無視も出来ない。そうでしょう?」
――しかし探索の間、私達はずっとある班員を警戒し続けていた。
その班員とは――加堂遼一。クラスの不良と呼ばれている、彼だ。
「ビルに入ってから明らかに動きが硬くなった。それだけならダンジョンに入って緊張してるだけかもしれないけど、なのにモンスターを怖がってる様子はない。普通ダンジョンを怖がる人ってモンスターもセットだよね? これはおかしくない?」
「それに何故か奥へと向かい続けています。この実習の目的は生徒に危険性を教え込む事で、攻略する事ではない。武装貴族出身の彼ならそれは理解出来ているはず」
おかしいと言うなら、そもそも彼が先頭に立っている事自体がおかしい。
加堂さんは不良。見た目も態度も威圧的な彼は基本的に一匹狼で、授業などでどうしても必要な時以外、クラスメイトとすら関わるという事をしない人間だ。
そんな彼が班の先頭に立ち他の班員を先導する? ――有り得ない。
つまり――加堂さんは何かを企んでいる可能性が非常に高い。
「――止まってください、加堂さん。貴方に少し聞きたい事があります」
「大人しく話した方がいいよ? じゃないと身の安全は保障しないから」
「あァ……? 止まれ、だァ?」
彼が振り返る。恐ろしい凶相。不快感がありあり伝わってくる。
班員二人は状況が理解できないのか、おろおろと狼狽えていた。
「あんた、さっきからずっと奥に進み続けてるよね? この実習の目的は武装貴族出身なら察してるはず。にもかかわらず奥へ向かおうとするのはなんで?」
「それに周囲を警戒し続けてますよね。気になる事でもあるのでしょうか?」
――実のところ、私達には加堂が悪事を企んでいるという確信はない。
怪しい行動をしているから何か企んでいるのではと疑っているだけだ。
だが状況から彼が何かをしようとしているのは確実。それを探る為、こうして“何か企んでいるのは分かっている”と相手に伝え、揺さ振りをかけているのだ。
向こうが私達の言葉に動揺し、ボロを出してくれる事を期待して。
「……………………っ」
「……答える気はない、って訳?」
「……黙秘、という事ですか」
……だが、彼は沈黙を選択した。
腹の内を吐露する事を選ばなかった。
危険なダンジョン内だ。
何を考えているか分からない者と行動を共にする事は出来ない。
そして、ダン高ではそういう相手をどうするかも教わっている。
「そうですか……。その選択を後悔しないでくださいっ!」
「あんたも武装貴族なら、こうなるのも覚悟の上でしょ?」
言葉と同時に武器を構える。私は鋭い細剣、ゆずめは魔法の杖を。
きっと彼にも事情があるのだろう。苦々しい表情を見れば分かる。どうしても私達を奥へと誘導しなければならない理由があり、仕方なく先導していたに違いない。
後悔に歪んだその表情からは、彼の苦悩が伝わってくるようだ。
――だが関係ない。彼にどんな事情があろうと関係がない。
例えどんな事情があれ危険なダンジョン内で手を出してきた以上、殺されたとしても文句は言えない――それは探索者を目指すダン高の生徒としても、そしてなにより武装貴族としても当然のルール。誰しもが共有する暗黙の了解というやつだ。
先に殴られたらきっちり殴り返すのが武装貴族の嗜み。
特に今は班員二名の命も掛かっている。武器を取る事に躊躇いはない。
――あちらの事情など、ボコボコにぶちのめしてから聞けばいい!!
「っ、待て!? お前らの敵は俺じゃねえっ!!」
「今更なにを……!」「大人しくボコボコになってろ!!」
「違うそうじゃねえ! もっと周囲を警戒して――」
「ダメだろぉ? 加堂くぅん。俺らの存在教えるような事言っちゃあ」
「え? え? 今何処から現れて――ぎゃっ!?」
「きゃぁああああっ!? 助けて、沖崎さ――ん゛!?」
まるで私達へと警告するように彼が声を上げた。――その直後。
背後から見知らぬ男の声と班員の悲鳴が聞こえ振り返ろうとし、――しかし自身に迫る“何か”を感じ取り、咄嗟に迫ってくる“何か”を右手の細剣で迎撃した。
金属製が裁断されたような音と、若い男の慌てたような声。
そして思考が追い付くと、自分たちの置かれた状況が理解できた。
「――何者ですか!! 貴方たちは!?」
私達の周囲をどう見てもダン高関係者ではない集団が囲んでいた。
明らかに性質のよろしくない連中だ。こちらを見てにやにやと笑っている。格好も装備もバラバラで、真っ当な人間ではないと見ただけで分かる数十人程の集団。
唯一、蛇頭のバンダナを付けている事だけが共通していた。
「何者だー、って? そりゃ悪者に決まってるだろう?
ダン高の生徒ってのはそんな事も分からないのかよ!」
そしてこちらを馬鹿にして笑う、頭一つ飛び抜けた巨躯の男。
――恐らくこの男こそが頭目。この集団のリーダーだ。
事実、他の者たちはこの男に従っているように見える。
「沖崎っ、こいつらはスネークヘッド! 最近話題になってる連中だ!
気を付けろ! こいつらヤバい連中とつるんで何かを企んで――」
「馬鹿だなぁ加堂くんは。クラスメイトに俺らの事教えちまうなんて。
約束と違うだろぉ? ――お前の両親がどうなってもいいのかぁ?」
「っ!! ――クソッ」
「――そういう、事ですか……っ」
彼らのやり取りで理解した。
加堂さんはバンダナの集団――スネークヘッドに両親を人質に取られている。
だから男の命令で私達をここへ連れて来たのだ。
両親の命が奴らに握られてしまっているから。
先程の警告は、彼に出来る精一杯の抵抗だった。
……だがその抵抗も敢え無く失敗。
ただただ状況を悪化させる結果に終わってしまった。
「おっと動くなよ? 動いたら嬢ちゃんのお友達の命がないぞぉ?」
男の手下――チンピラ達が班員二人にナイフを突き付ける。
気を失っているのか、ぐったり項垂れて起きる様子はない。
幸い、親友のゆずめだけはさっきの不意打ちを避けられた様子。
だが彼女もこの状況にどう動くべきか判断しかねているようだ。スネークヘッドに対し武器を構えているものの、攻撃すべきかどうか迷っているのが見て取れた。
「くっ、卑劣な……! 正々堂々戦う気はないのですか!?」
「そんな気があるなら最初から不意打ちなんざしてねえっての」
「そもそも何が目的でこんな事を!? 身代金ですか!?」
緋龍第一ダンジョン学園高校には、武装貴族出身の生徒が多い。
もちろん一般出の生徒もかなりいる。だが皇国全体を見てもかなり優秀な探索者育成機関であるダン高は、昔から武装貴族出身者が通う事で有名なのだ。
短慮に走った者が金銭目当てに生徒を攫う事もない訳ではない。
「金? ――ははは! 確かに俺は金目当てだ。けどな、わざわざお前らの家から貰わなくても支援してくれる奴はいるんだよ。――お前らを手土産にすればな?」
「そんな!? 誰かが貴方たちにダン高生徒の誘拐を依頼したと!?」
「その通り! どうもお前らを何かのパフォーマンスに使いたがってるクライアントがいてなぁ。お前らを攫ってそいつに引き渡すだけで、なんと10億も貰えるって言うんだぜ? はは、こんなにボロイ商売はない。やらなくちゃ損だろう?」
衝撃の事実だ。それを依頼した者がいる事も、引き受ける者の存在も。
もしや私は畜舎で飼われる牛馬のように、世界を何も知らず生きてきたのか? 大人に守られた安全な柵の中で。そう疑ってしまうほどの――どす黒い悪意だった。
こんなにも醜悪な人間が世界にいる事実を理解したくはなかった。
「ま、安心しろよ。お前らの身の安全は保障してやるからさぁ?
――その後どうなるのかは俺にも分からねえけどなぁ!」
男の言葉にスネークヘッドの構成員たちがドッと笑う。
「……………………っ」
冷や汗が出る。状況を変えなければいけないのに体が動かない。
どうすればいい。一体どうすればこの危機的状況を抜け出せる?
考えてもいい答えは浮かばず、ただ無情に時間が過ぎるばかり。
このまま待っているだけでは、本当に取り返しのつかない事に――
「――沖崎ィイイイッ! 今だァッ、動けェエエエエエッ!!!」
――弾かれるように見れば、加堂さんが周囲の敵と共に倒れ込んでいた。
態勢から察するに恐らく近くの構成員に体当たりを行ったのだろう。
場の注意が彼らに全て引き寄せられている。人質を捕まえていた構成員の目線もそちらへと向かっており、私やゆずめはほとんどフリーの状態になっていた。
――千載一遇の好機だ。この機を逃せば、もはや後はない……!!!
「ゆずめ……っ!!!」
「分かってる! 行くよあやや!!」
私達は一瞬の隙を突き人質二人を奪還。ついでに発煙弾を空に撃った。
救援が来るまで凌ぎ続ける事が出来れば、私達は無事に助かるだろう。
だが……立役者である加堂さんはボコボコに打ちのめされていた。
恐らく命を奪われた訳ではないだろう。だが遠目から、それも戦闘を行っている状況では具合を確認する事も出来ない。せめて怪我が軽い事を祈るしかない。
報酬が遠のいた事に苛立った男は私達を捕らえるよう命令を出し――
――そして現在。私達は再び危機的状況に陥っていた。
「はっはぁ! 一時は焦ったが、落ち着いて動けば何のことはねえ。元々数はこっちが上回ってんだ。時間を掛けりゃあお前ら捕まえる事くらい簡単だよなぁ?」
く……っ! 攻撃が激しすぎる。とうとう私の動きも鈍り始めた。
ゆずめもガス欠でとっくに魔法が使えなくなっている。それでも敵に捕まっていないのは、巧みに杖を振り回す事で奴らの動きを牽制し続けているからだ。
だが……それが長く保つ訳がない。必ず何処かでボロが出る。
「救援は……っ、救援はまだですか!? 誰かっ、一人でもいいから……!」
「遂に弱音が出始めたなぁ! これは限界が近いかぁ!? いい加減お前らも辛いだろう? もう諦めろぉ? そうすりゃあこんな苦行からは解放されるんだぜぇ?」
「それでも……っ、それでも私は! 絶対に諦め――っ!!」
歯を食いしばり決意を吐き出そうとした――まさにその時。
ダンジョンビルの壁が突然、激しい爆音と共に吹き飛んだ。
「くそがっ! 今度は一体なんだ!? 何回邪魔されんだよぉ!?」
舞い上がった粉塵。その中から――一人の男性が姿を現した。
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