第5話
「はぁああああああっ、はぁ!!! ――ゆずめ、今ですっ!!」
「任せてあやや! ――我が敵に熱き火球を。ファイアーボール!!!」
「ぐ、ぐぎゃぁあああああああっ!?!?!?!?!?」
親友が放った火の玉がチンピラに命中。丸焼きが一つ出来上がる。
無残なその姿に、徒党を組む他のチンピラ達が後退った。
彼らも犠牲になったチンピラの後を追いたくはないらしい。武器を構えていても向かってくる様子はなく、他の誰かが行かないかと仲間の様子を伺っている。
「あぁああああああっ!!! お前ら何やってる!? 相手はたった二人だぞ、ダン高に入ったばかりのガキがたった二人だッ!! なのにどうして勝てない!?」
「でも幹雄さん、あいつらしぶとくて……っ! 俺達じゃこれ以上……」
「黙れ! 金はもう貰ってる、出来ませんでしたじゃ済まねえんだぞッ!?」
思うように進まない状況にチンピラ達のリーダーは焦っていた。
臆病風に吹かれた様子のチンピラ達に、唾を散らして怒鳴っている。
仲間に当たる敵の首魁を見て、私――沖崎あややは目を細めた。
――確かスネークヘッド、だったでしょうか?
近頃都内で話題の犯罪グループという話でしたが。
噂では、リーダーは狡猾で優れた頭脳を持つ等と言われていた。
武装貴族すら手玉に取る、新世代犯罪者たちの新たな頭目だと。
しかし実物を見るに誇張された噂だったようだ。尾鰭どころか背鰭や胸鰭まで付いている。思惑から外れた程度で取り乱すようでは武装貴族の相手にはならない。
だがなんにせよ、不利な状況で相手が冷静さを失うのは素直に有り難い。
「ゆずめもそろそろ限界ですね。無理もありませんが……」
この場に居る仲間は三人。親友の咲坂ゆずめとクラスメイト二人。
だがクラスメイト二人は敵との遭遇直後に昏倒させられてしまっている。
不意を打たれ、背後から鈍器で頭を殴られたのだ。幸いすぐに身柄を確保できたので人質にされる事態は避ける事が出来たが、未だに意識が戻る様子をみせない。
殴られた際の衝撃の強さからして、戦闘中に意識が戻る事はないだろう。
そして――ゆずめは純後衛の魔法職。
彼女は本来乱戦には向かない人間だ。
今はなんとか持ち堪えてくれている。ギリギリ戦線も維持出来ている。
けれど、既にだいぶ息が上がっている様子が見て取れた。このままではすぐ限界が訪れるのは目に見えている。状況を改善出来なければ、全員の身が危ない。
「おらぁ!! どうした嬢ちゃん、考え事か? 動きが止まってんぞぉ!?」
「っ! 厄介な。チンピラ風情が何処でそれほどの装備と戦闘技術を……!?」
「俺達は犯罪者だぜぇ? ダンジョンに侵入するくらい訳ないってぇの!」
「そういう事ですかっ。貴方達、管理の甘いダンジョンで腕を磨いて……!」
「そういう訳だ。おらっ、いい加減諦めな! お友達は限界みたいだぜ?」
見れば、ゆずめは確かにもはや満足に戦闘も熟せない様子だった。真っ青な顔。明らかに精彩を欠いた動き。杖を持つ手も震え、魔法もほとんど使えていない。
――完全に魔力欠乏状態だ。それもかなりの深度に達している。
「自分達の状況が理解できたかぁ? ならさっさと武器を捨てて降参しちまえよ!」
「くっ。せめて救援が……、探索者の誰かが一人でも来てくれれば……っ!」
状況は悪化する一方。先程空に撃った発煙弾の効果も未だ現れず。
――そんな状況で。私は、少し前の自分の行動を思い出していた。
「今日は初のダンジョン実習だ。全員、装備は持ってきたか? 忘れた奴は参加出来ないぞ。それと実習の時間までに班を作って報告するように。人数は5人まで。班員に条件はないが、間に合わなかった奴がいれば先生と一緒の班になるからな?」
「えー、そりゃないぜせんせー!」「はい、私イケメンと一緒の班がいいです!」
「ゆうちゃん一緒の班になろー?」「ふっ。我の実力を見せる時が来たか……」
「ええいっ、うるさいぞお前ら! とにかくそういう訳だ。好きな奴と班を組みたいなら早めに声を掛けろ! 早い者勝ちだからな。分かったら動け、行動開始だ!」
「危険な場所に行くというのに、みなさん元気ですね……」
数時間前。緋龍第一ダンジョン学園高校。一年Aクラスの教室。
クラスの担任である佐護先生が初のダンジョン実習を宣言した。
わっ! とクラス全体が盛り上がりを見せた。普段は大人しい性格の子たちも積極的に興味のあるクラスメイトに話し掛け、交流の輪を広げている。
――けれどそんな彼らを尻目に、私は憂鬱な気持ちを隠せずにいた。
「どうしたのあやや? そんな暗い顔をして」
「ゆずめ……。いえ、少しだけ心配なんです」
心配って? 私の言葉に首を傾げたのは一人のクラスメイト。
第三級武装貴族『咲坂家』。長女、咲坂ゆずめ。私の親友だ。
「……どうも私には彼らが遊び気分でいるように見えてしまって。ダンジョンはとても危険な場所。生半可な気持ちで挑んでいい場所ではありませんから」
「ははーん、なるほどね? クラスメイト達が怪我したりしないか心配な訳だ」
「ええ。彼らを侮るつもりはありませんが、……あの様子なので」
「ま、確かに心配になるよね。私も武装貴族の一員として気持ちは分かるよ」
親友が頷く姿を見て、私の気持ちは更に暗くなる。
――ダンジョンとは外れた場所。異形のモンスター蔓延る危険な箱庭だ。
外の法則は一切当てにならなくなり、内部には独立した特殊な環境とそれに適応する異常なモンスター。簡単に命が奪われる恐ろしい世界――それがダンジョンだ。
確かに昨今優秀な探索者が増え、配信によりその活躍が知れ渡った。
情報も増え、昔と比べれば探索者になるハードルも下がっただろう。
ダンジョンと言えば昔から富と名誉が集う一発逆転の地だ。一つでも攻略出来れば莫大な報酬金が支払われ、危険度によっては武装貴族に成る事さえ叶う。ダンジョンを攻略する動画の一本でも出せば、簡単に有名配信者に成る事だってできる。
成功者たちの配信を見て、若者が成りたいと考えるのも無理はない。
――しかし、ダンジョンが危険な場所なのは今も変わっていない。
どれだけ富を集め、成功者を輩出しても。それは今も不変の事実だ。
今日使う予定の実習用ダンジョンだってダンジョンはダンジョン。怪我をする時はするし、事故が起こる事も当然ある。最悪、命を落とす事だってあるだろう。
なのにどうしてクラスメイト達はこれほど気楽に構えていられるのか。
幼い頃からダンジョンの危険性を叩き込まれた私には分からなかった。
「まあ今からそんなに構えてたってしょうがないよ。気楽に行こ、気楽に」
「……そうですね。まだ何か起こると決まった訳でも、彼らが油断すると決まった訳でもありません。身体の力を抜き、何が起きてもいいように備えておきます」
「あはは、全然気楽じゃないじゃんそれ~! あややってば超真面目!」
「――おい、そこの女ども。さっさと班を作るぞ」
ゆずめと話をしていると、そこへ男の声が割り込んできた。
振り向けば、そこには苛立った様子でこちらを睨むクラスメイト。彼の背後にはクラスでも気弱な生徒が二人。おどおどと怯えた様子でこちらを伺っている。
第三級武装貴族『加堂家』。三男、加堂遼一。クラスの不良だ。
「あ、加堂じゃん。どうしたの? わたし達に何か用事?」
「……用事もクソもねえ。残ってんのはもう俺とお前らだけだ」
「え? あ、本当じゃん! 班作りに出遅れちゃった!?」
ゆずめはオーバーな仕草で出遅れてしまった事を嘆いた。
私も確認すると、確かに他の人達はもうそれぞれで集まっている。
ここの五人以外に余った人がいるようには見えない。
「じゃあこの五人で佐護に報告すっぞ。……ちっ。めんどくせえ」
そう言うや否や、加堂さんは佐護先生に班結成の報告をしにいった。
残されたのは彼の背後にいた二人。それと私とゆずめだ。
「なにあいつ、感じ悪い! もう少し愛想良くしてもいいじゃん!?」
「まあまあ、ゆずめ。話に夢中で遅れた私たちが悪いですから」
あややはどっちの味方なの!? と怒鳴る親友を宥める。
そして残されたクラスメイト――同じ班になった二人と向き合った。
「では、実習時の役割について話し合いましょうか。実習では危険度の低い場所が選ばれるのが恒例ですが、あくまでダンジョン。何があるか分かりませんからね」
「は、はい!」「よ、よろしくお願いします。沖崎さん!」
ダンジョン実習は探索者を目指す生徒に危険性を教える場だ。命の危険はないだろうが、逆に言えば将来に響かない程度の危険はある、という事でもある。
この二人は確か一般の出。武装貴族として教育を受けた訳じゃない。
――ならば彼らを導くのは武装貴族たる者の務め!
緊張した様子の二人に笑顔を向けつつ、私は内心気を引き締めた。
……ただ、何故だろうか。ダンジョン実習はダン高の恒例行事。佐護先生や他の先生方も安全性を見極め、生徒に万が一が起きないよう気を遣っている事だろう。
なのに私は――この実習で、何か悪い事が起きる気がしてならなかった。
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