第11話

 会議の後。俺はあややちゃん達を伴いクヌギハラ病院の前へと来ていた。


 彼女達の他にも探索者のパーティーやダン高生の班が数組いたが、どうせ合同で依頼をこなすなら少しでも知っている相手がいい。そう考えて彼女達へ一緒に行動する事を持ち掛け、道中、自己紹介や連携の確認をしながらやって来たのだが……。


「……うーわ。これもう病院っていうか研究所ラボだろう」

「……ですね。一応、病院の部分もあるみたいですが」


 丸みを帯びた異国風の外観。建物の上部に連なる煙突から吹きあがる蒸気。窓から覗く部屋には色とりどりの明かりが灯り、建物の周囲をドローンが巡回している。

 ……そして時折、何処からともなく人間の悲鳴らしきものが響いていた。


 ――どう見ても怪しい研究所です。ありがとうございました。


 というかかなりダンジョン化が進んでるな。外観に影響が出るなんて。


 普通、病院のような大型の施設はダンジョン化するにも時間が掛かるって聞いたんだが。ここは完全にダンジョン化してるみたいだ。あの話は嘘だったのか?


「それで、どうするのあやや。しばらくここに留まって観察するの? それとも早速中へ入ってみる? これは物品の回収依頼だし、時間に余裕はあるけど……」

「そうですね。……いえ。確かに外から観察したい気持ちはありますが、まずは内部の様子を把握しない事には攻略もままなりません。依頼された品は会長室にあるという話でしたし、ひとまず会長室を探しましょう。それで構いませんか、桜江さん?」

「あぁ、それでいい。速やかに会長室を見つけ、依頼の物を回収して帰ろう」


 臨時パーティーの中心となり、方針を決定するあややちゃん。


 俺達は今回、彼女達のパーティーが中心となって行動する事に決めた。


 理由は彼女達の方が人数が多く、互いの動きを把握している事。またダンジョンに関する知識もあちらの方が沢山有している事。彼女達にとってこの依頼は授業の一貫であり、臨時パーティーを率いる経験を積みたいと申し出てきた事、などだ。


 ……俺がパーティーを率いれるとは思えなかった、てのもあったが。


 仕方ないだろ? 俺、向こうじゃ仲間を率いて戦った事なんてないもんよ。


 そもそも一緒に戦うとほぼ確実に死ぬからな。大前提としてまず生き残る事が出来なきゃ、同じ戦場に立つ事すら叶わない。俺がいたのはそういう場所だ。


 必然、同レベルの実力者がいない俺はパーティー戦の経験が薄くなる訳だ。


「それでは二人とも、警戒しつつ中へ「おら、邪魔だ!」――きゃっ!?」


 話の最中、押し退けられるあややちゃん。小さく上がる悲鳴。

 彼女の背後から、一組の探索者パーティーがやって来ていた。


 ――高遠と呼ばれていた男と、その仲間のパーティーだ。


 高遠は自分で突き飛ばしたあややちゃんを見て鼻を鳴らすと、何も言わず仲間を引き連れてクヌギハラ病院へと入っていった。一方奴の仲間はこちらを見て嘲笑うような笑みを浮かべていたが、結局何も言わずに高遠の後を追い、病院へと入った。


「な、なんなのあいつら!? あややを突き飛ばしておいて謝罪も無いわけ!?」

「ま、まあまあゆずめ。もしかしたら彼らも前がよく見えていなかっただけかもしれませんし。あまり事を荒立てるような事を言ってはいけませんよ」

「前が見えてない訳ないじゃん! こんなに見晴らしがいいんだよ!?」


「……悪いな、巻き込んで。目を付けられたのは俺だってのに」


 まさかあいつら、俺と一緒にいたから彼女達にも嫌がらせをしたのか?


 だとしたら度し難いな。本当にクソだ。彼女達に迷惑を掛けるくらいなら、いっそバレる事も覚悟の上で、早めにあいつらを処理しておけばよかった。


 そうすればこんなしょぼい嫌がらせを受ける事もなかった。失敗したな。


「いえいえっ、大丈夫ですよ!? 本当になんともありませんから!」

「悪いのはあくまで向こうだって! 桜江さんは悪くないじゃん!?」


 いい子だなぁ、この子ら。荒んだ心が浄化されていくのを感じる。


 100年も生きてると死んだ方がいい人間を見た事も幾度となくあるが、彼女達からは真っ当な人間の善性が感じられる。世の中にこういう人間ばかりなら、俺ももう少しマイルドになってたのかね。……いや、無理か。だって人間だし。


 ……仕方ない。この子達に免じて、奴らはしばらく生かしてやろう。


「私達も病院の中へ入りましょう! ね!?」

「ここでジッとしてたって仕方ないしね!?」


 俺が落ち込んでると思ったのか、必死に声を掛けてくる二人。


 うん。あまりに二人が必死なものだから、なんか段々と面白くなってきた。とはいえ誤解は解いておこう。彼女達に申し訳ないからな。……少し惜しい気もするが。





「はぁーい、一名様ごあんなーい! さぁ、お前も健康になるデスよ!」

「い、いやだ!? 訳の分からない化け物になりたくない! 俺は健康だっ、病気も怪我も一切ない! だから治療も必要ないんだ!! 帰らせてくれよっ!?」

「ふぅむ。おかしな事を言う奴デスね? お前が人間である以上、異常がない訳がないのデス。人間デスから。さ、分かったらさっさと治療室へ行くデスよ!」

「くそっ! このっ、離せ! やめろぉ! いやだ、いやだぁああ!?」


 お、おぉう……。これはまた、中々ドギツイ光景がきたな。

 隣の二人もショックを受けたのか、口元を引き攣らせてる。


 俺達を出迎えたのは、外観からは意外なほどに清潔な空間だった。


 白で統一された空間。何故か入ってくる陽光。入り口近くには受付があり、訪れた患者の為の椅子も設置してある。あくまで病院がモチーフ、という事なんだろう。一瞥しただけだと、普通の病院にしか見えないような雰囲気を醸し出していた。


 ただし――目の前で繰り広げられている光景を除いては、だが。


「うえっ。確かに研究所っぽい見た目だったけど、人を改造、って。まさかマッドサイエンティストみたいな事をしてる訳!? ……勘弁してよ、もう!」

「グロテスクなものには耐性がありますが、これはちょっとキツイですね……」


 目の前で如何にもマッドサイエンティスト風の恰好をした老人が、俺達よりも先に侵入した探索者を強引に治療室へ連れ込もうとしている――だけならよかった。


 しかし老人の背後からグロテスクな化け物が現れ、俺達は目を見張った。


 全身に生えた無数の青い瞳。何本もある触手のような腕。身体中の皮が醜く垂れ下がっており、恐ろしい口元からは容易に人を食い殺せそうな鋭い牙が生えている。


 化け物。どう見ても化け物だ。モンスターというよりクリーチャーだが。


 しかし何より恐ろしいのは、そいつが――見覚えのある服を着ている事だった。


―――これが――――――本当に私なの? ――――――――身体が凄く軽いわ!!」

「うむうむ。これでお前の病気は綺麗さっぱり完治したデス。ついでにとっても健康になれるよう改造したデスので、今後病気に掛かる事もないデしょう! これからは怪我を負う事だけ気を付けて生活するといいデしょう! ではお大事に、デス!」

―――――ありがとう――先生! ――私今――――――――――とっても最高の気分よ!!』


 朗らかにマッドサイエンティストと話すクリーチャーが着ている服。

 あれは……俺の記憶違いじゃなければ、同じ依頼を受けた女性探索者が着ていたものじゃなかったか? 少なくともそう感じるくらいにはそっくりなものだ。


 彼女が着ていた服と同じものを――あのクリーチャーが身に着けてる。



「――おやぁ? そこにいるのは新しい患者たちではないデスか?」



「っ! やば、目を付けられた!?」

「いけませんっ! 急ぎ撤退を!?」


 敵に見つかった。急ぎ退却を選んだ彼女達だが、少し遅かった。

 何故なら既に、数体のクリーチャーが背後へと回り込んでいる。


―――――――――――――お前らも俺達と同じになれよ! ――――楽しいぞ!?』

―――そうよ! ――――――――――――――――人間のままでいるよりずっと幸せよ?』

―――――――見ろよこの身体! ―――――――――――めちゃくちゃ強そうだろ?』


 見た目からしてあのクリーチャーと同系統の連中だ。


 つまり推測が正しければこいつら全員、元は人間だったはず。なのにあのマッドサイエンティストに従っているのは一体どういう訳だ? 洗脳でもしているのか。


「駄目デスね。駄目駄目駄目デスデス。病院に来て治療を受けず帰るなんて」


「……確かに病院が怖いのは分かるデス。どれだけ取り繕ったところで、ここで行うのは人の身体に手を加える行為。なにをされるか分からない、という恐怖。生まれ変わる自身への抵抗感。帰りたくなる気持ちはワタシにも分からなくはない、デス」


 クリーチャーを引き連れ、何か語り始めたマッドサイエンティスト。


 いや……俺らが帰りたくなったのは病院に来たからじゃないからな? お前に捕まったら何をされるのかが明白過ぎて、さっさと引き揚げたくなっただけだから。


 恐怖とか生まれ変わる事への抵抗、とか。見当違いな事しか言ってないぞ。


「……………………」

「……………………」


 見ろ! お前の所為で二人がめっちゃ微妙な表情になってるじゃないか!?


「――しかぁし! 我が病院に来ておきながら治療を受けないなど言語道断! 特にお前たちは人間! 病の塊デス! 徹底的にワタシが治療してやるデスよ!!」

「見逃してくれる気は……ないようですね」

「見逃すぅ? 有り得ないデスね! ワタシは医者デスから。病気の患者を見逃したりしません! 病に罹った全ての患者を治すのが、ワタシの使命デスから!!」


「聞くだけだといい事言ってるんだよね……やる事がアレじゃなければ」


 ぽつり、とゆずめちゃんが小さく呟いた。

 うん。本当に、な。アレじゃなけりゃな。


「さぁお前たち、治療を開始するデスよ! 患者をワタシの元へ連れてくるデス!」

『『『――――――分かりました――先生!!!』』』


 マッドサイエンティストの号令で、クリーチャー達が押し寄せてくる。


「どうするの、あやや! このままじゃあいつらに囲まれるよ!?」

「……突破しましょう。どの道、依頼を達成する為には彼らをどうにかする必要があります。ひと当して倒せそうならば倒し、無理なら病院内へ逃げ込みます」


 どうですか、桜江さん。と彼女は俺にも確認を取る。


「いいな。そういう分かりやすいのは好きだぞ? やってやろう」


 頷くと、あややちゃんは鋭く敵を睨み付けた。


「行きますよ、二人とも!」

「おう!」「了解!」


 俺達と元人間のクリーチャー達の戦闘が始まった。

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