第12話

「はぁああああっ! ――ゆずめ、援護をお願いします!」

「了解! ――我が敵に熱き矢を! ファイアアロー!!」


―、――――――――ぐ、ぐわぁあああああ!? ―、―――――――あ、あついぃいいい!?』

―――くぅっ! ―――――――――どうして二人相手に――――――――――――私達は苦戦させられてるの!?』


 無数のクリーチャーを相手に、高校生二人はかなり健闘していた。


 奴らが元々人間だった影響も大きいだろう。元の身体から大きく変化した事で、あいつらは未だ自分の身体を上手く扱えていない。動きに時々戸惑いがある。


 だから多勢に無勢の状況でも、彼女達は優位を保って戦えていた。


 しかし――、


「くっ。流石に数が多いですね……っ」

「どんだけ出てくるの、こいつらっ!」


 最初の数体を倒したと思ったら、後からドンドン追加が出てきた。


 初めの方はまだよかった。追加されたといっても所詮は数体。敵の力もさほど脅威ではなく、戦っていれば彼女達でも普通に倒し切る事が出来る状況だった。


―――――――――うぎゃああああああ!? ――――――なんだこいつ――――――――馬鹿みたいに強い!?』

――――――――――――――――――なんでこんな化け物が人間のままなのよ! ――――――――――おかしいんじゃないの!?』

「……キリがない。俺はいいが、このままじゃあの子達が危ないな」


 だが一回に追加される数が10を超えた頃から、様子が変わった。


 それまでは優位を保ち続けていた彼女達も徐々に息切れし始め、反対に時間を掛けるほど向こうは数が増え、更に身体の扱いにも慣れて段々と強くなってくる。


 一体一体が彼女達より強くなると、最早身を守るので精一杯だった。


「デスデスデス! その調子デスよ、お前たち! そいつらはもう限界、あと少し頑張れば女二人は倒せるデでしょう! さぁ、もうひと踏ん張りの時間デス!!」

『『『――、――はい、先生! ―――――頑張ります!!!』』』


「……ねえ、どうするのあやや? あんな事言ってるけど」

「……悔しいですが、事実です。私達はもう限界ですから」


 あややちゃんは悔しそうに歯を食いしばり、戦っている。

 ゆずめちゃんも少し顔が青い。余裕はあまり無さそうだ。


 ……ふむ。この状況、子供の二人には流石に酷か。


「どうする? このまま戦うか、それとも一旦退くか。退くなら退路は俺が作る。少し数が多くて面倒だが、上手く奴らの目を誤魔化そう。判断は君に任せるが」


 あくまでリーダーはあややちゃんだからな。


 しかし、個人的には一旦退いた方がいいと思うがね。

 まだ探索も序盤だ。攻略を焦るような時間でもない。


「……退く――いえ。一度病院内へ逃げ込み、状況の沈静化を待ちましょう。こんなに敵の注目を集めていれば探索も満足に出来ません。一旦彼らの目を撒きます」

「了解だ。期待してくれ。一瞬で奴らの目を奪ってやる」

「あいつらを倒せないのは残念だけど、今は我慢の時ね」

「私が合図を出します。3、2、1で彼らの注意を奪ってください」



「観念するデスね! お前たちには逃げ道などないのデスから! 安心しなさい、大人しくしてれば痛くはしません。天井の染みを数えてればすぐに終わるデスよ?」

「私はこれからも人間のままでいたいので――お断りしますッ!!!」



 桜江さん! と合図が掛かる。

 よしきた。俺の魔法を見せてやろう!


「“あぁ眩しい。目が痛い。わたしに世界は眩すぎる。明けの暁光。没後の残照。陽の差す世界がわたしを拒む。――忌々しい。憎々しい。覗く誰かの笑顔を嫌おう。故にわたしは決意する。太陽がわたしを拒むなら、太陽ごと世界を沈めてしまえと”」



『――光呑むグズリの泥世界シャドウ オブ マッドネス!!!』



 ぶおん、と空気が揺れ。しかし変化は起こらない。

 不発……? 二人が首を傾げた瞬間、――それは起こった。


 ――ゴポゴポ。地面から水が染み出すように影が溢れる。


 水のように見えるそれはしかし水ではなく。

 触れる事すら叶わぬまま全てを呑み込んだ。


「こ、これは……っ!?」

「ひ、光が消えた……?」


「驚いてるとこ悪いが、退散するぞ。長持ちしないからな」


「っ、桜江さん!? は、はい! 分かりました!」

「こ、これ心臓に悪くない? 全然何も見えないんだけど」


 視界が利かない二人の手を引き、俺はエントランスを後にする。

 何も見えず、右往左往するしかない敵の集団をその場に残して。


「デスデスデスッ!? ビックリするほど何も見えないのデス! お前たち、状況は一体どうなっているのデスか!? あいつらを捕まえる事は出来たのデスか!?」

――、――いえ、先生! ――――――――――――まったく声が聞こえません! ―――――――――多分逃げられました!』

「に、逃げられたぁ!? 逃げられたならどうしてそんなに悠長なのデスか!? あいつらは患者! 今すぐ治療が必要なのデス! 早く捕まえて治療室に――」





「……どうやら撒く事が出来たみたいですね。追手は見当たりません」

「そっか。……あー、よかった! あの化け物にされずに済んで」


 エントランスから退散した俺達は、病院内の一室に隠れ潜んでいた。

 本来は病室として使われている部屋なんだろう。部屋の中にはベッドが幾つか並べられている。……所々に血の跡が残されているのが気にはなるが。


「ゆずめ、縁起でもない事を言うものじゃありません。それに、まだあの怪物達が元人間だとは限らないじゃないですか。あまり憶測で物を言ってはいけませんよ?」

「えー、もう確定でいいでしょ。状況的に絶対そうだって。ね、桜江さん?」

「うん? ……んん、俺もほぼ決まりだとは思う。ただ、直接人間がクリーチャーにされる現場を見た訳じゃないからな。今はまだ状況証拠の段階だ。現場を確認するか決定的な証拠が手に入るまでは、それを前提に話すのはやめた方がいいかもな」


 えー! と、口を尖らせるゆずめちゃんに苦笑した。


 実際のとこ、あのクリーチャー達が元人間である事自体は確信してる。


 このダンジョン――『人体改造研究所マッドラボクヌギハラ病院』に侵入した直後に見た、探索者がマッドサイエンティストに連れ込まれる光景。それとクリーチャーの服がある女性探索者と同じものだった事で確証を得た。あれは探索者。――元人間だ。


 このダンジョンが人間をクリーチャーに変えているのは間違いない。


 とはいえ、馬鹿正直にそれを彼女達へ伝える気はない。


 人間だ! と人間かもしれない。

 両者の間には大きな違いがある。


 例え気休めにしかならないとしても、この恐ろしい情報を確定された事実として聞くのと、未確定の推測として聞くのでは精神に掛かる負担が大違いだ。特に奴らに捕まった後の未来を明確に提示してくる奴らの存在は、彼女達にとっては毒だろう。


 事実。俺が曖昧に濁した事で、あややちゃんはホッと息を吐いた。


「っ、そうだ、桜江さん! あの魔法、なんだったの!? なんか真っ黒い水みたいなのがバーッと下から溢れてきて、病院中を呑み込んだアレ!! 完璧に液体だったのに全身が浸かっても普通に中で息が出来て、逆に驚いちゃったんだけど!?」

「私も是非知りたいです! 桜江さん、もしよければ教えてくれませんか?」

「あー、あれなぁ。別に教えてもいいんだが、……ん? うぉ、やべぇっ!?」


「もー! タイキ!? わたしは一体いつまで隠れてればいいの!? タイキの中にいられるのは嬉しいけど、わたしにだって我慢の限界があるんだから! 妻であるわたしがいながら他の女の子達と話すなんて、これって浮気だよね!?」


 そんな事を言いつつ俺の身体から飛び出す妖精妻、フルミー。

 長い事放置した所為で、我慢できずに飛び出してきたらしい。


「……………………」

「……………………」


 突然の事に、二人は口をぽかんと開けていた。


 あー、うん。まあそうなるよな。

 結構長い事放っておいた訳だし。


 妖精のフルミーが我慢できるはずもない。

 

 ……まあ、いいか!


 どうせあややちゃんにはフルミーがいる事も知られてたしな。

 知ってる人間が増えても何とかなるだろう! ……なるよな?


 逆に考えればいい。もう彼女達に隠す必要は無いんだ、と。


 コルウェルからこっちの世界に転移してきて以来、フルミーにはだいぶ窮屈な思いをさせてしまっていたからな。彼女が自由に活動できる環境が増えるのは、素直に有り難い事だ。むしろ、今まで隠していた事がおかしかったまであるかもしれない。


 ……必死に屁理屈捏ねてる、とか言ってはいけない。

 別に彼女を叱れないとかじゃないから。……マジで。


 まあなんにせよ、彼女達にはしっかり口止めしておかないとな!





「……では、今後の攻略方針を決めようと思います」

「おー! ようやく話を前に進められるねー!」

「シッ! 駄目だってフルミーさん。立ち直ったばかりなんだから!」


「……はぁ。ここまでくるだけなのに随分掛ったな」


 フルミーが我慢できずに飛び出してきた後、色々あった。


 妻宣言を聞いたあややちゃんの表情が何故か魂が抜けたようになったり、それを見たフルミーがあややちゃんを俺の二人目の妻に誘ったり(!?)、止めるかと思ったゆずめちゃんが率先してあややちゃんを応援し始めたり、意味が分からなかった。


 特にフルミーがあややちゃんを妻に誘った事。

 あれに関しては本当に、心の底から意味が分からない。


 今回は何とかやめせさたが……あの様子だとまた誘おうとしてるな。

 俺にフルミー以外の妻なんていらないし、勘弁してほしいんだが。


 ……まあ今はダンジョンに集中しよう。

 結果的にではあるが、戦力も増えてる。


「依頼された品の場所は会長室。ダンジョン化の進行具合を見るに、多少サイズが大きくなっていても、病院内部の間取り自体にそこまでの変化は見られません。会長室へ向かうルートの確保、という意味では特に問題ありません。安心してください」


「……問題は先程のクリーチャーです。強さ自体は大した事なく、一体ずつであれば私達も苦戦する事なく倒せる。しかし、一度見つかれば先程のように増援を呼ばれると分かった以上、どうにかして見つからないように行動する必要があります」


 何か意見はありますか、と深刻な表情て口にするあややちゃん。

 俺とフルミーは顔を見合わせた。


「やっぱり強引に突破するしかないんじゃ? 私達、隠密での行動なんて習ってないじゃない。敵から隠れつつ会長室を目指すなんて、ちょっと現実的じゃあない」

「ですがそれではあの数にどう対応するのですか? 戦力が増えたとはいえ、結局は四人だけ。とてもあれだけのクリーチャーに対処できるとは思えない。現実的な選択でないのは私にも分かりますが、現状ではこれ以外に選択肢が――」

「だから強襲するんでしょ? ボスさえ倒せればあれを相手にする必要は――」


「あー、二人とも。いいか? 俺達から提案があるんだが」


 議論を交わす二人に声を掛ける。

 すると四つの目が一斉に此方を向いた。


 ……ちょっと怖いな。


「隠れながら移動する、とは少し違うかもしれないが。

 ――何とかする方法がある。俺達に任せてみないか?」

「何とかする方法……」「……ですか?」


 二人は揃って首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る