第13話
『
「そうなんだよ! いや、お前が何言ってるかは分からないけどさ。お前のカッコよくて強そうな姿を見てたら、段々治療を受けたくなってきたんだ。さっきはビビッて逃げ出して悪かった。どうか俺達にも、先生の治療を受けさせてくれないか?」
「お願いします。私達もその素晴らしい身体に生まれ変わりたいのです」
「私からもお願い! あの時は治療が怖くて逃げちゃっただけなの!」
『
朗らかにクリーチャーに迎えられ、何処かへ連れていかれる俺達。
……を、少し離れた物陰から俺とあややちゃん達が眺めていた。
「上手くいったみたいだね。タイキ、わたし役に立った?」
「あぁ。とても役に立ってるよ。十分すぎるくらいだ」
作戦は非常にシンプルだ。まず俺とフルミーが現実を夢想で塗り替える魔法、『
囮として影武者を送り、出来た安全地帯を俺達が通過する――という作戦だ。
勿論、俺達自身が敵に見つかったらアウトなのは変わっていない。
だがこの方法を使えば、少なくともただコソコソと奴らの視線を掻い潜りながら病院内を移動するよりは、遥かに安全に目的地へと辿り着く事が出来るだろう。
我ながらナイスなアイディアだ。やるな、俺!
「……けれど複雑です。偽物とはいえ、自身が敵に降る姿を見るのは」
「まあ、そこは仕方ないんじゃない? やっぱ安全には代えられないしさ。信じて送り出した娘が怪物になって帰ってきたらご両親も悲しむと思うし」
「いえ。分かってはいるんですよ? 分かってはいますけど、こう……」
ふむ。あややちゃんには少々受け入れ難い作戦だったかな。
まあ気持ちは分からなくはない。提案しておいて何だが、俺自身もまったくいい気分じゃなかったからな。例え偽物だろうが、敵に降る自分を見せられるのは。
思わず敵諸共消し飛ばしそうになる己を、一体何度諫めた事だろうか。
……というかだ。俺の身体はただでさえ人間の部分が少ないのに、この上見た目まで人間じゃなくしてしまったら、それはもうただの化け物じゃないか!? 俺は自分の見た目が結構気に入ってるんだ。これを変えようなんて、絶対に思わないね!
「とにかく巡回を排除したんだから、今のうちに――」
『
「――はぁ?」『……
ゆずめちゃんが話してる最中、突然現れたクリーチャー。
虚を突かれたのか、両者とも時が止まったように停止した。
「――ふっ!」「とりゃー!!」
『
その一瞬の隙を、俺とフルミーが同時に突く。
拳による殴打。光速移動からの猛突撃。
首がへし折れ、胸部に妖精サイズの穴が空き。
……悲鳴を上げ、クリーチャーは死んだ。
あ、あっぶな! もう少しでバレるとこだったぞ!?
いきなり潜入が見つかりそうになるとか、俺の作戦も思いのほか完璧な訳じゃなさそうだな。いや、絶対に見つからないなんて保障があった訳じゃないけどさあ?
けど、もう少し安全に探索できる予定だったんだが。上手くいかないな。
「大丈夫か、君ら。怪我とかしてないよな?」
「は、はい。大丈夫です。ゆずめは……?」
「私も大丈夫。……ありがと、桜江さん。フルミーさん」
「なに。これくらいなら全然構わないさ」
「ちょっとドキドキしたね! こう、ビクッと!」
フルミーは呑気だな。今ので見つかる可能性もあったんだが。
だがまあ、一人くらいは呑気な方がいいかもしれない。息が詰まりそうだしな、敵にバレないよう静かに探索を行っていると。ムードメーカーは必要か。
『
『
「……まずいっ、周囲が騒がしくなってきた!」
「このままだと見つかりそうな感じだね?」
「今の悲鳴を聞かれたかもな。さっさと移動しよう」
「はい、桜江さん。三人とも、こっちです!」
段々と騒がしくなる病院内。近付いてくるクリーチャーの足音。
敵に見つからない内にその場を離れ、俺達は会長室へと急いだ。
「うぇ、この扉だけ病院内と雰囲気が違くないか……?」
病院内を四人で進んでいると、不意に違和感に気付いた。
――扉があった。如何にも分厚そうな金属の扉が。
無数に施された固い錠。分厚く、重みのある金属の質感。更にその上から木の根が這うように悍ましい肉片が張り巡らされ、浮かび上がった血管がピクピクと脈動を続ける――そんな、それ自体がまるでクリーチャーであるかのような醜悪な扉が。
「どうしましたか、桜江さ……ひぇっ!?」
「……うっわぁ。なにこれ、気持ちわるっ」
俺が足を止めた事に気付いたあややちゃんとゆずめちゃん。
様子を見に来た二人もこの扉を見て嫌悪の表情を浮かべた。
「わっはー! なにこれなにこれ!? 見て見てタイキ、これ生きてる!」
「……あ、あぁ。分かったから一度落ち着け、フルミー。敵に見つかる」
というか、よくそんな不気味なものに躊躇なく触れるな。
女の子二人なんて、気味悪がって一切扉に近付こうともしないのに。
ほら、そんなものに触るんじゃない。バッチィだろ!?
「……どうする? こんな見た目でも、一応は扉だ。如何にもヤバそうだし、多分中にはそれ相応の何かがあるはず。この臨時パーティーのリーダーはあややちゃんだから君の決定に従うが……俺としては、中の確認くらいはした方がいいと思うが」
これだけ厳重なんだ。どうせ中にはヤバい物が隠されてるだろ。
個人的には中を調べてみたい。ここはダンジョンなんだ。これだけあからさまな扉があって、入ってみたら何もありませんでした! なんて事はないはず。
きっと中にあるのはお宝だ、間違いない。俺の勘がそう言ってる。
「……えぇ、この中に入るの? 私、嫌なんだけど。入り口がこれって事は、中には絶対にこれ以上の物があるって事じゃん。無理無理、絶対に嫌だ! あややが行くって決めたら従うけど……、でも! この中には絶対に入りたくないから!」
「えー? わたしは好きだけどなー、これ。なんかぶにぶにでぐにぐにだし! 多分中にはもっと凄いのがあるよ? 見たくない? 今帰ったら後悔するよ、絶対!」
ふむ。フルミーは中へ入る派。そしてゆずめちゃんは入らない派か。
反応で分かっていた事だが、これで二対一になったな。数の上では。
……だが、パーティーのリーダーはあくまであややちゃんだ。
つまり方針の決定権を持つのは実質、彼女一人だけ。パーティー内で意見が分かれた事もあり、扉の先へ向かうかどうかは彼女の判断に委ねられる事になった。
あややちゃんが目を閉じる。そして僅かな後、力強く開いた。
「この扉の先を調べましょう。確かに私達の目的は忘れ物の回収。会長室までさほど距離もありません。依頼の事を考えるなら、先を急いだほうがいい。――ですが私は探索者を目指す者であると同時に武装貴族家の人間でもある。不審なものを見つけたのなら調査をするのも私の役目。最低限、中の安全は確認しなければいけません」
「うぇぇ……。まあ、分かった。あややがそう言うなら……」
なるほど。中を調べると。いいね、そうこなくちゃ。
フルミーも喜んでる。いつも以上に飛び回ってるよ。
盛り下がったゆずめちゃんには悪いが、俺もちょっと嬉しい。
「よし、じゃあ決まりだな! 中へ行こうか。念の為、扉は俺が開ける。二人は少し離れた場所から様子を見ていてくれ。何が起きても対処できるようにな」
「分かりました。気を付けてくださいね、桜江さん」
「……はーい。クリーチャーとかに気を付けてね?」
さて。二人も離れた事だし、まずは普通に開けるか試して……。
「……うっへぇ。くそっ、マジかよ。……最悪だな、おい」
最悪に気持ち悪い感覚だ。妙に生暖かいし、少しネチャッてしてる。
これをフルミーは喜んで触ってたのか? ……いや、そうか。
彼女は妖精。肉体が物質に依存した人間と違い、妖精は魔法生物だ。素手で外部の物に触れているように見えてもその実、彼女の身体は常に魔力によって有害な物質から保護されている。だから彼女は直接、肉の部分にだけ触れる事が出来たんだ。
……つまりこのネチャ、は有害な訳だ。ほんと最悪。あとで手洗おう。
「チッ。やっぱ開かないか。まあそりゃそうだ。これだけ厳重なら」
レバーを引いても、扉は開かない。分かってた事だが。
力尽くでやれば動かす事は出来る。ただ、それをするとレバーは間違いなく折れるだろう。そこまで頑丈じゃない。正しい手順でなければ開けられないようだ。
そして正しい開け方の調査、なんて悠長な事をするつもりはない。
「ふんっ! ――ぬおりゃっ、と!!」
壁との隙間に強引に指を突っ込み、――無理矢理引っぺがす!
「キャー! さっすがタイキ、力持ち!」
「え、えぇ……? ぇえ?」
「嘘でしょ、アレを持ち上げるの……?」
ふふふ、まあこの程度なら軽いもんだよな!
コルウェルじゃこれ以上のデカブツを持ち上げる事もよくあった。酷い時には大陸規模のデカブツを処理する事もあったからな。この扉程度なら軽い軽い!
さて。じゃあ引き剥がした扉を脇に置いて……、と。
「よし。じゃあ中に入ろう、三人とも」
「はぁーい! やたっ、わたしが一番乗りだー!」
「……ゆ、ゆずめ。探索者ってあんなに力持ちなんですか?」
「馬鹿言わないで。そんな訳ないでしょ? あの人がおかしいの」
「わ、私も武装貴族としてあのレベルの探索者に……っ」
「やめなってあやや! 人間にあのレベルは絶対無理だって!
あの人は人間じゃないから持ち上げられるだけだから!?」
「おーい、どうした? 行かないのか?」
「……い、行きます! すぐ行きますから!」
「ちょっとだけ待ってて! 桜江さん!?」
ふむ。なにやら少し離れた場所で二人が話しているが……、あの様子だと全部聞こえている事は教えない方がいいんだろうな、多分。だって如何にも内緒話だし。
人間じゃないとか凄い事も言われてるが、何も言うまい。
俺が人間じゃないのは半分くらい事実だしな。
むしろ半分……いや、70%は超えてるか?
まあそれはいいが、……ここに居るとまたいつ敵の巡回が来るか分からない。いつまでもここに居る訳にもいかないしな。もう一度、二人に声を掛けるか。
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