第14話

「おぉ、なんてそれっぽい……! ちょっと感動するな!!」

「すっごーい! 変なのー! 色々触っても大丈夫かな!?」


「……ねえあやや、桜江さんって結構子供っぽくない?」

「……そ、そうですね。でもそこがまた可愛くて……っ」

「……うわぁ。親友の恋愛事を聞くのってちょっと複雑」


 俺達を出迎えたのは、マッドなあいつの実験室、らしき場所だった。


 緑色の明かり。並んだガラスポッド。クリーチャーの標本。


 至る所に散乱した実験の跡と思しき残骸。生物っぽい物の中には機械的な物も多数混在しており、その混沌ぶりから、ここの主の無節操な趣向が伺える。


 怪しい実験室と言えばこれ、と例で示すような有り様だった。


「……はぁ。ダンジョンってこんな地形も生み出せるんだな? ゲームや映画に出てきそうな光景が見れて今、凄く驚いてる。俺が行ったのは戦場跡地な八百屋とかダンスパーティーをする玩具屋とか、やけに色物感が強い場所ばかりだったからなぁ」

「逆にそんな場所を何度も引き当ててる事に驚いてるんだけど……?」

「ダンジョンの大半は城や遺跡などの構造物、あるいは森や山など自然の地形を模した場所が多いんですよ? このダンジョンだって私達からすると珍しいのに……」

「そうなのか? ……でもなぁ。実際、俺が行くのは何故か色物ばかりだぞ?」


 別にそういう場所を選んで行ってる訳でもないんだがなぁ?


 もしかして担当の千代子がそういう場所ばかり俺に行かせてたのか? 基本、俺に依頼を斡旋するのは彼女だけだからな。意図するとすれば彼女くらいだが。


 ……ないか。あいつにそんな事する理由とかないだろうしな。

 大方、あいつがそういうのを選びやすい人間ってだけだろう。


「――待ってください二人とも。……これを見てくれませんか?」


「なに? どうしたのあやや?」

「……何か見つけたのか?」

「なになに? わたしにも見せて―!」


 あややちゃんが指し示したのは一本のガラスポッド。

 この実験室に、幾本も並べられているものの一つだ。


「え? これって確か……」

「うん? 何か見覚えがあるような……?」

「わー! 中に人間が浮かんでるー!」


 彼女が示すガラスポッド。その中には人間が入っていた。


 チャラチャラした身なり。染めた髪。とてもだらしがない服装。

 装備がなければ、探索者だと見分ける事も出来なかっただろう。


 何処にでも居そうなチャラい若者、って感じの奴だが。


「こいつがどうかしたか? ……もしかして知り合いだったか?」

「いえ。そうではなく。……彼、病院前で会いませんでしたか?」

「病院前? ……あ、あぁー。そういえばいたな、こんな奴」


 あー、思い出してきた思い出してきた。

 確かにいたわ、こいつ。高遠の後ろに。


 高遠一派は正直、高遠とそれ以外って印象が強い。


 だからそれ以外の連中は顔もぼんやりとしか思い浮かばないが……実物を見れば流石に思い出してくる。こんな感じのチャラ男が居た事はハッキリ思い出した。


「というかこいつ捕まったのか。まだそんなに経ってないのに」

「この方がガラスポッドに入っていて、他のガラスポッドにはクリーチャー。……やはりここは、人間をクリーチャーに変えるダンジョン、という事なんですね」


 まあ流石に確信せざるを得ないよな。

 俺からはそうだと思う、としか言えないが。


「一体何の為にこんな事を……? 何か意味があるのでしょうか?」

「あるんじゃないか? 治療する、ってあのマッドサイエンティストは何回も言ってた訳だしな。あいつにとってはクリーチャーにする事も治療の一貫なんだろ」

「そんな治療あってたまるか、って感じだけど。……イカレてるしね」


 そうなんだよな。あいつ、根本的にイカレてるんだよな。


 案外、あいつなりの善意で改造を行っている可能性もある。見た目の悪ささえ度外視するなら、クリーチャーは確かに人間よりずっと強い能力を持ってるからだ。


 ただ、その善意が明白に間違った方向へ向いているだけで。


 どういう発想すればクリーチャーにするなんて思考になる。

 クリーチャーにされて喜ぶ人間なんて、この世にいるのか?


「ここに居ても仕方ない。先へ進むぞ。……どうした?

 来ないのか? ポッドの前に立ってても進めないぞ」

「あっ、いえ。その……」


 なんだなんだ。何か前に進めない理由なんてあったか?


「桜江さん。この人、ここから出してあげないの?」

「……助けたいのか? やめた方がいいと思うが」

「っ。どうしてですか? 救出すれば戦力にもなるのに」


 あややちゃんは助けたい派か。

 性格から十分考えられた事だが。


「それはこいつが俺達に協力すれば、の話だろう? こいつは高遠一派。俺達と険悪な関係の人間だ。助けたところで、素直に協力するとは考え難い。むしろ連携を乱す害悪になる可能性の方がずっと高い。そんな奴を連れて歩けるほど、ダンジョンってのは呑気な場所じゃないだろ? 助けるなら、せめて攻略を終えた後の方がいい」

「……なるほど。ありがとうございます、桜江さん。教えてくれて」

「……そうだった。そんな余裕、私達にはないんだった。すっかり忘れてた」


 まあ、困ってる誰かを助けたくなる気持ちも分かるけどな。

 そういうのはまず自分の安全が確保できてから考える事だ。


「話は纏まったな。先へ進むぞ」

「はーい!」

「はい、分かりました」

「了解。気を付けて行こう」


 あれ? いつの間にか俺がパーティーを仕切ってね?

 ……まあいいか。別に困るようなものでもないしな。





「あれは……!? 急いで隠れましょう、三人とも!」


 なんだ? 急にどうしたんだ?


 首を傾げつつあややちゃんの指示に従う。

 俺達は急いで近くの物陰へと身を隠した。


 そして、彼女が指し示す場所へと目を向けた。


「―――――――――――? ―――――――――――――ッ!」

「―――……ッ!? ―――――――――――――――――――ッ!! ――、――――――――――――――――――!? ――――――――――――――」

「――――……!! ―――――――――ッ!? ―――――――」


「マッドサイエンティストと……もう一人は誰だ?」


 少し離れた場所でマッドサイエンティストと誰かが話している。

 フード付きの真っ白なローブ。性別や体格は一切分からない。


 ただ、二人の様子から良好な関係でない事だけが伝わってくるが。


「……あの逆さ塔のマントはダンジョン教団共通の象徴です」

「うっげぇ。なんでそんなのがいるの? テロリストじゃん」

「テロリスト? へぇ、そんなのがいるのか。物騒だな」


 ――『ダンジョン教団』。


 ダンジョンが誕生した大昔から存在する宗教組織。


 人類に様々な恩恵を齎すダンジョンを神と崇め、人類すべてがダンジョンからの恩恵を受け取れるようにする事で、全世界の平和を目指す組織なのだとか。


 しかしお題目は立派な一方。教団が行うのは発生したダンジョンの勝手な封鎖や、発生した土地を強引に持ち主から買い上げる。又は運営中のダンジョンを攻撃し、封鎖に追い込むなど。とても平和を目指す組織とは思えない乱暴な行為ばかり。


 故に世界中から嫌われ、皇国でもテロ組織と認定されてるようだ。


「ふーん。なるほどなぁ」


 説明を受けた訳だが……まあ、所詮は人間の組織って感じだな。


 そいつらは別に、一噛みで数十キロ単位の地面を喰らったり、一歩進むだけで大地震を起こしたり、見渡せる範囲すべてを焼き尽くす事も出来ないんだろ?


 なら、やっぱりただの人間だな。特に感想を抱く程でもない。


 ただ確かに宗教関係者っぽい恰好はしてる。特に全身を覆い隠すような白のローブなんてまさにそれだ。背中にある逆さ塔の紋章も含めれば、もう完璧。


 宗教と言えばローブってイメージがあるが。それを体現してる。


「彼らはダンジョンを信仰する集団。ダンジョンに許可なく踏み入る事を教団で最大の不敬と定め、緊急時でもなければ滅多に中に入る事はしないはずなのに……」


 そうなのか。だいぶ勿体ない事してるんだな、そいつら。


 モンスターを倒せばアイテムがドロップするだけじゃなくて、希少な資源や強力な力さえも手に入れられるのに。その選択肢を自分から捨ててるって事だろ?


 よっぽど信者たちの信仰心が強いのかね? 本当に勿体ない話だ。


「あっ! こっちに来ました……!」

「隠れるぞ。音を出さないようにな」


「――害獣めッ!! あのモンスターは自分の立場を分かってないようだ。ダンジョンなど所詮、我々人間に使われるだけの存在。大人しく我らに従い、力のすべてを捧げればいいものを……。まったく、これだから半端に知能があるモンスターは」


 グチグチと悪態を吐き、教団の人間は通り過ぎていく。


 ……お、おぉ。あれが教団の本音か。なんて分かりやすい。


 確かにダンジョンやモンスターは害獣としか言えない存在だ。突然世界へと発生しては徐々に己を拡大させ、世界そのものを乗っ取ろうとしてる訳だからな。


 だから皇国はダンジョンを利用しつつ、攻略も積極的に推進してる。


 けどそれは仮にも教団の人間が口にしていい本音じゃないだろう。まあどうせここはダンジョンだし、誰にも聞かれてないと思って口が緩んだんだろうけどさ。


 バッチリ聞いちゃってるんだよなあ、俺達。どうするべ、これ。



「――そこにいるのは誰デス? 出てきなさい!

 ボスには敵を感知する能力が備わっているのデス。

 そこに隠れている事は分かっているのデスよ!?」



 おっと。そんな事を考えてる間に隠れてる事がバレてしまったらしい。


 ボス、ね。やっぱりあいつがここのボスだった訳だ。ゲームだとボスは最奥で待ち構えてるのが一般的なんだが……なんで入り口にいるんだよ。自由すぎか?


「どうする、あやや? 今ならまだ誤魔化せるかも」

「誤魔化す、ですか。……いえ。それは難しいでしょう。

 どうやら、完全にこちらを捕捉しているようですから」


「タイキー。わたし飽きた。もう帰りたい」

「多分もう少しだから。それまで待ってくれ」

「えー? ここではもう沢山遊んだよー?」


 おいおい。フルミーが飽き始めたぞ! マジか!?

 今、彼女の相手をする時間なんてないんだが……?


「ここはあちらの呼び掛けに応える事にしましょう。

 丁度良く、私は彼に聞きたい事もありますから」


 え? なんだって? 悪い、聞いてなかったんだが。

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