第15話
「ワタシが人を改造する理由? 簡単デス。癒す為デスよ。人は愚かさ故に他人を妬み、恨み。時には暴力にすら手を染める。それらは人の愚かさ故に起こる事。……これは病デス。ワタシは改造を施す事で、『愚かさ』という病を治療してるのデスよ」
「それはあまりに強引では? 確かに人は愚かです。歴史を見ればそれは一目瞭然。しかし貴方の行為は結局、対処療法です。とても根本的な治療とは言い難い。人の愚かさを治すと言うなら、まず人々の意識に働きかけるべきでは――」
「ワタシの行いが対処療法、デスか。なるほどまったく正しい言葉デス。ワタシの治療は焼け石に水デしょう。デスが結論を出すのが早いのでは無いデスか? 人間全体の意識に働きかけるなど、すぐには出来ないのデス。まずは仲間を集めて――」
目の前であややちゃんとマッドサイエンティストが言葉を交わしてる。二人とも相手との議論に集中していて、参加できない俺達は置いてけぼりになっていた。
最初は確か、あややちゃんが疑問を呈したのが始まりだった。
――何故貴方は人間をクリーチャーに改造するのですか。
彼女は武装貴族、らしいからな。
武装貴族と言えば皇国の特権階級。様々な恩恵を国から授けられる代わりに、皇国の天、地、人を守る義務を課された者達。その意識を幼い頃から刻み込まれた彼女からすれば、人を害する者に疑問を覚えるのは至極当たり前の事、だったのだろう。
そんな彼女の疑問に対する返答は。
――人間の愚かさを治療し、人間という病を根絶する為デスよ。
だった。
俺には意味が分からなかったが、何か思う事があったらしい。あややちゃんはあいつと人間の愚かさについての議論を始めて、すぐにこの有り様になった。
「何処までいっても平行線、ですか」
「仕方のない事デしょう。結局ワタシはモンスターで、お前は人間。立場が違えば結論も違ってくるのは当たり前の事。だからこそお前との議論は有意義デしたが」
「……モンスターである貴方が、そもそも何故人間の治療を?」
「ワタシはモンスターである前に医者デスよ? 目の前に病を抱えた患者が居れば治療を施すのは当然デしょう。それが敵かどうか等、後から考える事デス」
患者がいれば治すのは医者として当然の事、か。……凄いな。
敵かどうか判別する事すら後回しにして、目の前の患者を治療する。自分を殺すかもしれない人間を治療し、万全の状態へと整える。己の命よりも己の存在意義を貫くその在り方。……とても真似できるものじゃない。素直に尊敬する。
……あぁ、やってる事が本当にアレでさえなければ。マッドサイエンティストの治療が俺たち基準で見て真っ当な物であれば、共存する事も出来たかもしれない。
「さて。では本位デはありませんが、そろそろお前たちを片付けるデス」
「――待ってくださいっ!! 貴方は何故、ダンジョン教団の人間と会っていたのですか!? 彼らは一体、貴方と関係を持ち何を企んで……っ」
「それを知ってどうするのデスか? これから知る事になるお前が」
ペシャリと疑問を跳ね除け、奴は懐から小瓶を取り出した。
――緑色の液体が入った小瓶。見覚えがあった。
「それは……!? スネークヘッドのリーダーの……っ!」
「ほう? これを知っているのデスか? これは『モンスター化薬』。ワタシが開発した傑作の一つデス。飲み干した者をモンスター化し、尋常ならざる力を与える効果があるデス。まあこれは市場に流した廉価版と違い、完全版なのデスが」
液体を飲み干し、奴は瓶を捨てた。
「そして、ワタシが今飲んだのは『ボスモンスター化薬』!! 飲んだ者をボスモンスターへと変化させ、モンスターを遥かに超越した力をその身に与える! ……当然デメリットもそれなりデスが。お前たちは特別にこの力で葬ってやるデス!!」
――起きた変化は一目瞭然だった。
突然苦しむように呻き始めたマッドサイエンティスト。次の瞬間その背中を突き破るように巨大な触手が何本も飛び出し、奴の身体も急速に肥大化。ぐにゃぐにゃとゴムのように変化し、バキボキと身体から鳴ってはいけない音が聞こえてきた。
時間にして一分か、二分。五分は経ってない。
緑の液体――『ボスモンスター化薬』を飲んだマッドサイエンティストはたったそれだけの時間で原型を残さない程に変異し、……その威容を俺達の前に晒した。
『どうデスか!? これがワタシが開発した『ボスモンスター化薬』の力! これを披露したのはお前たちが初めてです。光栄に思いながら死ぬといいのデス!!!』
「はっ。死んだら光栄もクソもないだろうが。馬鹿言うなよ」
「なんて姿……っ! これが、『ボスモンスター化薬』の力!?」
「うぇ、なんでここのモンスターはこういうのばっかなの!?」
「わー! すっごーい、タコだー!? 初めて見たー!!」
その姿はどう見ても巨大なタコだった。
吸盤が付いた八本の触手。不気味なピンクの体色。細長い頭部。頭の底辺りには人間のような大きな黄色の目が。更にその下からは、鋭い牙が何本も生えている。
「三人とも、来ます……! 構えてくださいっ」
「了解、あやや!」「もちろん」「やるぞー!」
『さあ、ワタシの力を見るのデス!!!』
「我が敵に熱き火球を! ――ファイアーボール!!」
「我が剣は閃光のように! ――フラッシュスラスト!!」
『フハハハハハハ! 無駄無駄無駄無駄無駄デスよぉ!! ボスモンスター化したワタシの身体は如何なる攻撃をも通さない! お前たちがどれだけ優秀でも、そもそも攻撃が通用しなければ無意味! お前たちはここで負ける運命にあるのデス!」
「くっ、厄介ですね……!」「っ、本当にね!?」
ゆずめちゃんの魔法。あややちゃんの剣戟。
二人の攻撃はボス化した奴には通用しなかった。
どちらも通常のモンスターであれば仕留められる威力があった。一撃で、問答無用に消し去る事が出来ただろう。……だが、奴にダメージを負った様子はない。
それだけで、ボス化した今の奴の防御力の高さが伺えた。
『次はこちらの番デス! 喰らいなさい!!』
「きゃぁああああ!?」「ぐっ、かは……っ」
――マッドサイエンティストの薙ぎ払い!
八本ある奴の触手。その二本ずつを使い二人を薙ぎ払う。
あややちゃんとゆずめちゃんは咄嗟に防御したものの奴は巨体。彼我にある体格差からとても防ぎ切れず、二人は防御の上から強引に吹き飛ばされてしまった。
そして壁に衝突。落下。呻き声を上げる。立ち上がる様子はない。
『さあさあ! 残るはお前と、そこの羽虫だけデス!! 先程は運良くワタシの攻撃を躱してみせたようデスが、――次はそうはいかないデスよッ!!!』
「わたしのこと羽虫って言うなー! ちゃんと妖精って言えー!」
「……フルミー。今、それを気にしてる場合じゃないだろう?」
こっちはこの状況をどう上手く切り抜けようか考えてるってのに。
誰にも聞こえないよう、ぼそりと呟いた。
正直、マッドサイエンティストを倒すだけなら幾らでも方法がある。コルウェルで愛用していた剣を使えば一瞬で焼き尽くせるし、秘蔵の大杖を出せば奴を生き埋めにする事も簡単だ。なんなら武器を使わなくたって殺すだけなら簡単に出来る。
だが……それでいいのか? 簡単に勝ってしまっていいのか?
あややちゃんとゆずめちゃんは戦闘不能になった。だが意識まで失っている訳じゃない。二人は今も起きていて、俺達の戦いを固唾を呑んで見守っている。
彼女達へ、俺があっさり勝利する姿を見せていいのか?
かつて大英雄だった俺は知っている。人間とは愚かで臆病な生き物だ。
自分達と違うものを恐れ、自分達よりも強いものを恐れ。それが恐ろしいものだと思っている癖に後先考えず簡単に排除しようとする。それが正しいかどうかなど重要でなく、ただ怖いというだけの理由で、あっさり愚かな選択に踏み切るのだ。
大英雄だった俺が人間に裏切られた事も一度や二度じゃない。
……まあ、裏切った奴らには必ず地獄を見せてやったが。
そしてあややちゃん達が俺を恐れないとは限らない。二人は今のところ俺に好意的だが、力を見せた途端にそれがひっくり返る可能性もゼロではないのだ。
特に、現在進行形で彼女たちが苦戦している敵が相手だからな。
今更嫌われる事に怯えたりはしないが……いい気分じゃない。
好意を向けてくれる子に嫌われたくないと思う気持ちはある。
必要なら奴を瞬殺する事を躊躇ったりはしない。だが今そこまで切羽詰まっているかというと、そんな事もないんだよな。こいつも強くはあるんだろうけど、所詮こっちの世界基準だし……俺からするとあんまり大差ないんだよな、うん。
だからこそ今、困ってる訳だが。
あんま早く倒すと不自然で、けど手加減すると多分ぎこちない動きになる。実力が遥か下の相手を苦戦したフリしながら倒す、なんて。そんな経験ある訳ないし。
なんとか上手く倒す方法はないか、と。今必死に知恵を絞ってる。
「なんだぁ!? この化け物はっ!?」
「……なんだ?」
叫び声が聞こえた方を見れば、見覚えのある男の姿。
……というか高遠だった。あいつ捕まってなかったのか? 仲間が捕まってるからあいつもてっきり捕まっているものだと思っていたが。今ここに居るって事は、上手く逃げられたのか。けど、何をしにこんな場所に来たんだ? 仲間の救援か?
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