第16話

「クソッ、なんなんだよこの場所は!? 訳の分からない化け物がそこら中にウヨウヨしてやがるし、仲間は攫われるし、おまけに馬鹿みたいにデカい怪物だぁ!? ふざけんじゃねえぞ! こんな所で俺は死ねるか、絶対に生きて帰ってやる!!!」


 ……どうやら仲間の救援に来た、という訳じゃなさそうだな。


 それによく見ればあいつ、全身に値打ちの有りそうな物を抱えている。金のネックレスだのプラチナ製のバングルだの大ぶりな宝石の付いた指輪だの、色々と。


 あんな物を抱えて救援に来る訳ないか。一人で逃げるつもりだったな?


 というか一体どこからあんな如何にもな財宝を……いや、そうか。そういえばここはダンジョンだったな。ダンジョンは餌である人間を誘き寄せる為、人間が手を伸ばしたくなるような物を内部に生成する事がある、という話を聞いた事がある。


 あの財宝がそうなんだろう。確かに財宝なら釣られる人間も出てくる。


『うーん? お前たちの仲間デスか? それにしては随分と弱そうデスが……まあどちらでも構わないデスね。ここへ来た以上、お前もついでに始末するデス』

「やめろ!? 気持ち悪い触手を俺に近付けるんじゃねえ! やめろぉおお!?」


 触手に捕まり、持ち上げられる高遠。両手からこぼれ落ちる財宝。


 必死に逃げ出そうとしているが、触手はガッシリとあいつを捕まえている。殴られても噛まれてもビクともしない。意図的に離さない限り、落とす事は無さそうだ。


 マッドサイエンティストはそのまま高遠を握り潰そうとして――


『ぐ、ぐぁああああああッ!? な、なんデスか、この痛みはぁ!?』

「な、何が起きた!? 訳が分からねえが……とにかく今の内にっ」


 ――何故か突然苦悶の声を上げ、のたうち回った。


 それが演技でない事は一目で分かる。奴は本当に苦しそうな声を上げ、苦痛を和らげようと地面を転がっているからだ。こちらに意識を向ける余裕も無さそうで、かなり大きな隙を晒している。今攻撃されれば、奴はきっと反撃すら儘ならない。


「あいつ、なんであんなに苦しんでるんだ……? 何があった?」

「ねえねえ見てタイキ、これ拾ったの! わたしの物にしていいよね?」

「あー、フルミー? 今はそれどころじゃないんだ。後にして……」


 つい、とフルミーが持ってきた物に目を向けて。


 ……んん? と、俺は首を傾げる事になった。

 彼女が持つ小瓶に頭痛薬、と書かれていたからだ。


「フルミー? これは何処から持ってきたんだ?」

「これ? あそこに落ちてたよ。タコの足元」


 足元? ……見ると、確かに奴の足元には錠剤が転がっていた。


 それも一粒や二粒なんて量じゃない。千とか二千とか、もしくはそれ以上の錠剤が巨大なタコの足元に転がっていた。そしてタコはそれを踏みまくっている。


『この痛みはまさか頭痛薬!? 以前試作した『頭を猛烈に痛くするとてもヤバい薬』略して頭痛薬を、開発者のワタシに使ったのデスか? なんて姑息なぁ!?』


 『頭を猛烈に痛くするとてもヤバい薬』って、どんな名前だよ。


 けどなるほどな。その薬が効果を発揮しているから、巨大タコがあれほど苦しんでいる、と。何故『頭を猛烈に痛くするとてもヤバい薬』なんてヘンテコな名前が付けられたのかは分からないが、少なくとも奴が悶え苦しむ程度の効果はあるらしい。


 状況からして、これは高遠の奴が持ってきた物なんだろうな。

 あいつがこれを持ってきた理由は知らないが、――これは使える!


「フルミー。急いで病院中からこの薬と似た物を掻き集めてくれ。奴を倒す為に使いたい。これがあればだいぶ楽にあのデカブツを倒せそうだ。……頼めるか?」

「もっちろん! わたしに任せて? タイキのお願いは何でも叶えてあげる!」


 じゃあ早速行ってくるねー!!!

 言うや否や、彼女は風のように飛んで行った。


「後はフルミーが戻るまで時間稼ぎをするだけ、だが。……はっ。万全の状態でさえ負ける気がしなかったのに、今は頭痛薬とやらの所為で調子も頗る悪いときた。もはや余裕も余裕だな。どうやったらこれで負けられるんだ、ってくらい余裕だ」

『言わせておけば……ッ!! 例え調子を崩していようとも、お前一人を殺すくらい訳ないのデス! 何を企んデるのか知りませんが、ここで磨り潰してやるデス!』





『ぐぅ……ッ、何故!? 何故何故何故何故何故デスか!? どうしてワタシの攻撃が当たらないのデスか!? きちんと狙いを定めて攻撃しているのにッ!!?』

「はははっ、確かに狙いはいいかもな! でもそれだけだ。フェイントを重ねてこちらに選択を迫る訳でもなければ、当たるまで追尾してくる訳でもない。そもそも逃げ切れない物量もなければ、“当たった”という結果を押し付けてくる事もない。ただ狙いがいいだけの攻撃に当たってやれるほど、俺は遅くはないぞ!!!」

『お前は何を言ってるデスか!? 途中からまるで分からなかったのデスが!?』


 分からなくとも問題ないさ。どうせこっちの世界では関係ない話だ。


『お前は何処までワタシを虚仮にする気デスか……ッ!!!』

「どこまでも、だ。戦いの世界じゃ弱い方が悪い。俺が手を抜くのは結局、お前が俺に本気を出させられないほど弱いからだ。馬鹿にされたくなきゃ強くなれよ」


 ――出来なきゃ死ね、と。口の中で出てきた言葉を遊ばせる。


 フルミーが薬を探しに行ってから約五分。そろそろ六分か。

 俺は巨大タコ相手に時間稼ぎをしつつ、適度に遊んでいた。


 本気を出せば即座に戦闘が終了してしまう為、結果的に俺は縛りプレイのような状況になっているが……これが逆に良かったのかもしれない。遥か格下の敵でしかないマッドサイエンティスト相手に、俺も少なからず楽しむ事が出来ているのだから。


 ルールはこうだ。……まず、利き手と利き足を封じます。

 次に目を閉じて視界も遮断。耳にも栓を入れ、音で敵の接近に気付く事が出来ないようにします。

 そして最後に反撃も封じ、自分から攻撃する事は絶対に有りません。


 まともな人間がやればまず死ぬ条件だが、俺なら問題ない。むしろこれだけやってようやく多少楽しめる程度にしかならない奴に、……少しだけ絶望してる。


 ダンジョンのボスがこの程度なら、他も期待出来なさそうだ。


「タイキー! 薬、持ってきたよー!」

「お、来たか! 待ってたぞフルミー」

「遅くなってごめんね? タイキの為に沢山持ってきたの!」



『何をするつもりか知らないデスが、企みごと潰せば関係ない事! お前たちが何かをしてくる前に、お前たちの考え諸共ワタシの触手で握り潰してやるデス!!!』



「うぉおお!? マジか、こんなところで――」

「きゃー! タイキ、助けて――」


 ――なーんて。その程度で俺達がやられる訳ないだろ。


「ふんっ!」「えいやー!」


『な、なんデスとぉ!? ワタシの触手がぁ!?』


「まったく。ふざけんなっての」

「びっくりさせないでよねー!」


 今まで手も足も出なかった癖に、たかだか触手で捕まえられたくらいで俺達をどうにか出来ると思われていたのなら心外だな。そりゃ高遠みたいな雑魚なら幾らでも好きに料理できるだろうが、俺達レベルの強者が大人しく捕まる訳ないだろうに。


 大事な部分で詰めが甘い。やっぱこいつの根が戦う者じゃないからだな。


「おかえしだ。フルミー、やれ!」

「はいはーい! 派手に行くよー!」


『なんデス? これはまさかワタシの――ぐぁああああああ!?!?!?』


「ははっ、効いてる効いてる!」

「さっすがタイキ! 効果バツグン、だね!」


 悶え苦しむ巨大なタコ。ダンジョンボス、マッドサイエンティスト。


 その足元――どころか辺り一帯、いやいや奴の身体にまで無数の錠剤が張り付いている。『頭痛薬』『腹痛薬』『手痛薬』『足痛薬』。その他にもetc、etc。


 そう。これらの錠剤は今し方フルミーにばら撒いて貰った物だ。


 マッドサイエンティストが試作した名前通りの効果をもたらす薬の数々。これらを病院中から掻き集めるように頼み、更に奴へ向かって盛大にばら撒いて貰った。


 あれだけの巨体だ。満足に避ける事すら出来ないだろう。


 少し動くだけで別の錠剤を踏み、更なる苦痛に襲われる。

 結果が想像出来るから、奴は一歩も動く事が出来なくなる。


 そして奴が動けなくなった今なら、あっさり倒せても不自然じゃない!


 はっはっはっは! どーよこの完璧な作戦は!

 ここから奴が巻き返すのは不可能だろう!!!



『ぐ、ぐぉおおおおおお!!! まだデス!! ワタシは、こんな所で負ける訳にはいかないのデス!!! 全ての病気を治療するまで、負ける訳には……ッ!!!』



「おうおう。頑張るなー? 大人しく諦めればいいのに」

「どれだけ頑張っても無駄だけどね。ここで終わりだし」


 バカでかい軟体をくねらせ、必死にこちらへ迫ってくる巨大タコ。


 その頑張りは認めてやらんでもないが、状況は決した。ここからどれだけ足掻いたところで勝機はない。希望もなく、一縷の望みすらどこにも存在していない。


 何故なら俺がちょっと飽きてきたからだ。いい加減、この病院にも。


 俺がもう終わりだと決めた。なら、大人しく終わのがお前の役目だ。


「フルミー、久しぶりにあれやろう。あれ」

「あれ? ……ああ、あれ! いいのっ!?」

「勿論。機会がなきゃずっとやらないしな」


『ぐぐ……ッ! ワタシに勝った気でいるようデスが、いいのデスか!? 時間を掛けるほどワタシもこの痛みに慣れて――な、一体なんデスかその姿は!?』


「「あー、なにって……なんだろうな? 合体?」」


 そういえば俺もよく分かってないんだよな、この形態の事。

 便宜上、『妖精形態フェアリーフォルム』って呼んではいるが。


 元々フルミーには失った心臓の代わりをして貰ってるが、そこから一歩進めて、細胞単位で混ざり合っているのが今の形態だ。当然今の俺は人間とは言えないし、かといって妖精かと言われるとそうでもない。――だから合体、と言っている訳だが。


妖精形態フェアリーフォルム』になると見た目がフルミーに近付くんだよな。


 まず髪は真っ白だし、俺の眼もフルミーの赤目に置き換わる。背中から妖精の羽も生えてきて、一応は人間だってのに空も自由に飛べるようになるからな。


 この形態になると全身でフルミーを感じられて――って、これはいいか。


「「ま、いいや。この姿を披露してやったんだ。――大人しく死んどけ」」


 直線距離10メートル未満。障害物、無し。

 狙いはデカい頭。一直線に中心をぶち抜く!


「「即席奥義――フェアリーキック!!!」」

『ぐぁああああああああああああああ!?』


 ズドン!!! 轟音を上げ、一瞬で空気の壁を突破する。

 着地した時にはマッドサイエンティストは遥か後方にいた。


『――我が執念、叶わず、デスか……ッ』


 巨大なタコの身体は爆発四散。

 後には無数の錠剤だけが残った。


「「ダンジョンボス。討伐完了」」


 まあまあな威力の蹴りだったな、うん!

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