愛しいあのこ

山広 悠

第1話

もうすぐ大好きなあのこに会えるのね。

そう思うと自然と足も軽くなる。

でも、焦っちゃダメよ。

会えない時間がさらに二人の心の距離を縮めるの。

そう自分に言い聞かせて、今日はここまでにすることにした。

ちゃんと連絡も入れてあるから心配はしないはず。

少しがっかりしてるかもしれないけれど、それはお互い様。

雨が降るといけないから、どこか屋根のあるところを探さなきゃね。

せっかくの綺麗なお洋服が汚れちゃうからね。

あー、そういえばこの先に犬小屋があるのを思い出したわ。

あの犬は吠えるから嫌いだった。

でもこの間埋めちゃったから、今ではもう吠えることもできないね。

うん。今晩はあの小屋に泊まることにしましょう。


失礼しまーす。

門扉を開けてお庭の中に入る。

ちゃんとご挨拶する私ってエライ。

こういうところがみんなに好かれる由縁かも。

あれ?

小屋がない…。

どうして…。

犬がいなくなったから撤去したのかな…?


ひどいわ!

私はライターに火を着けた。



消防車のサイレンをBGM代わりに聴きながら、静かに目を閉じる。

別のお家の物置小屋。

少し狭くてごちゃごちゃしてるけど、贅沢は言ってられない。

こうして少しずつあのこのところに近づいていくのは、何だかドキドキするね。

会うのは何日ぶりかしら。

あのこはどんな顔をするかしら。

嬉しくてとても眠れそうにないわ。


でも、しっかり眠らなきゃ。お肌にも悪いしね。

うとうとしかけた時、ギギギと音を立てて小屋の扉が開いた。

え、誰?

そこには綺麗な着物を着た、色白で長い艶々の黒髪の女の子が立っていた。

何だかお人形さんみたい。

そう思いながらお互い見つめ合う。

「あなたはだあれ?」

私の問いにその子は少し微笑むと、そのまま黙って出ていってしまった。

あの娘も誰かに会いに行っているのかしら?

おバカさん。

恋も友情も焦ったら負けよ。

うふふ、と笑いながら、私はそのまま眠りについた。


翌日。

いよいよあのこのお家が見えてきた。

少しずつ、少しずつ。

近づくたびに、テンションもあがる。

嬉しくて嬉しくて、何度も電話してしまう。

あのこも嬉し過ぎて言葉が出ないみたい。

何も言わずに切ってしまうこともあるほどよ。

もう、本当にあわてんぼうの照れ屋さんなんだから。


さあ。

もう、目の前ね。


あれ?

あのこのお母さんが手に何か持って玄関から飛び出してきたわ。


あれは…。


昨晩小屋で出会った着物姿の黒髪の女の子じゃないの。


ほら、ごらんなさい。

やっぱり焦るとろくなことにならないわ。

あーあ。

ゴミ袋に入れられて、ゴミ収集車に直接投げ込まれちゃった。

世話が焼けるわね。

見かねた私は収集員の目を盗んで、彼女を助け出してあげた。

「ありがとう…」

黒髪の女の子は小さな声で御礼を言った。

「おバカさん。焦っちゃダメよ」

私はそう嗜めると、彼女の髪を優しくとかしてあげた。


彼女の話によると、なぜだかあのこのお家に行くと、髪が伸びてしまうのだそうだ。

それが原因で、帰るたびにお暇を出されて、遠くへ連れていかれるのだそうだ。


髪が伸びるのなんて、普通じゃないの。

私はそう思ったけれど、黙っておいた。

人にはそれぞれ事情があるものね。

何か別の理由があるのかもしれないしね。

でも、好きな人のもとへ行きたい、ずっとそばにいたいという気持ちは私も同じ。

それに、同じお家を目指していたなんて、なんたる偶然!

私たちは今晩一緒にあのこに会いに行くことに決めた。


深夜。

皆が寝静まった住宅街。

長い黒髪の日本人形と金髪のフランス人形が、ぞろりっと物陰から出てきた。


フランス人形が携帯電話を取り出す。

「私メリーさん。あなたのお家にもうすぐ着くわ」

妙に嬉しそうな甲高い不気味な声が、夜のしじまに響き渡った。


                     【了】















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愛しいあのこ 山広 悠 @hashiruhito96

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