第34話 おかえり

 友子が帰国した次の日の夜、彼女は理の家を訪れていた。


「ただいまぁ」

「おかえり」


 久しぶりの再会に嬉しそうな笑顔を浮かべる理と友子。


「お土産買ってきたよ」

「ありがとう」


 理は友子からのお土産を受け取る。袋の中からそれを取り出してみると、パリ土産として人気のチョコレートやマカロンが入っていた。


「美味しそうだね」

「そうでしょ」

「んっ」

「あっ!それ!エッフェル塔」

「こんなものまであるの?」

「そうだよ」


 友子はエッフェル塔の小さなオブジェもお土産として買ってきてくれていた。理はそれを手に取ると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。どんなものでも彼女が自分のために買ってきてくれたのが嬉しかったのだ。


「ここに飾っておくよ」

「いいね、かわいい」


 理は友子からもらったエッフェル塔のオブジェを、パソコンデスクのかわいい動物たちのフィギュアが置いてある場所へ飾ることにした。


「どうだった?」

「楽しかったよ、フランス語も学べたけど、本当に絵の勉強になったと思う」

「そっか」


 友子はそこからフランスでの経験を語ってくれた。絵のことはまったくわからなかったが、エッフェル塔や凱旋門を登った話は観光を楽しんでいるようで少し羨ましかった。


「あっ、それとルーヴルにも行ったよ」

「美術館だっけ?」

「そうそう」

「すごい芸術作品がいっぱいあったけど、建物もすごかった」

「たしかにすごそうだね」


 現地で様々な芸術に触れ、短期の留学は彼女にとって、とても素晴らしいものになったようだ。


「そういえば、理の小説良かったよ」

「ほんと?」

「うん、内容もそうだし、読んでて一生懸命書いたんだろうなっていうのが伝わってきた」

「あはは、ありがとう」

「本当はコメントしたかったけど、直接伝えようと思って」

「うん、ありがとう」


 理と友子は彼女の留学中、メッセージでのやり取りはしていた。そこで自分たちの近況はたびたび伝え合い、小説が完成した際には彼女にもそれを伝えていたのだ。


「大変だったでしょ?」

「思った以上に」

「そうだよね、初めてだしね」


 友子は理に小説に取り組んでみての感想を聞いてみた。


「最初に物語のあらすじを考えたりもそうだけど、書き始めてからも大変だったかな」

「それは思うように書けなくて?」

「それもあるし、心が折れそうになって、『もう書けない』って思ったりもしたよ」

「アハハ、わかるわかる」


 二人はやることは違えど、作品を作るアーティスト同士だ。共感できる部分はいくらでもある。


「でも、書き終わったときは嬉しかったよ」

「そうだよね、それは私も一緒、やっぱり完成は嬉しい」

「うんうん」

「完成した作品を見てもらえると、もっと嬉しいよね」


 理は友子の言葉に、自身が初めて小説を投稿したときに感じたことを思い出した。


「僕も評価やコメントは、たしかに嬉しかったんだけどさ」

「投稿する前はめちゃくちゃドキドキして」

「投稿したあとは不安になりすぎて、苦しくなっちゃったよ」

「それは私もわかるよ」

「えっ?そうなの?」

「今回の留学だって、お題で書いた絵にどんなこと言われるのか、毎回怖かったよ」


 友子が自分と同じように「怖い」と感じていたことを知り、理はどこか安心した。恐怖の度合いは違えど、みんな少なくとも「怖い」とは感じている。それは作った作品が、他人に見られるのを前提としているからだ。


理なら小説家、友子なら画家。そのどちらも他人が見て、それを評価してくれるから、職業として成り立つのだ。やはりそこを無視はできない。


「でもさ、自分が『もうこれ以上出ない』ってぐらい出し切ったと思えたから投稿したんだよね」

「うん」

「だったらさ、他人の評価も大切だけど、やっぱり自分が出し切ったと思えるかどうかが大切だと思うんだよね」

「たしかに」

「自分の作品だからね」

「うん」

「だから、理も今後も毎回出し切って行けばいいじゃん」

「ありがとう」


 理は友子が普段どれだけ頑張っているのかが、その言葉から伝わってきた。それは彼女が絵に本気だからだ。とても重くて厳しい言葉だったが、優しくて温かくも感じられた。


 その後は友子がフランスで書いた絵を見せてくれた。スマホで撮ったものだ。風景画や人物画など、現地では色々な絵を描いていて、そのどれもが彼には素晴らしいものに感じられた。絵を全く知らなくても、感じられるものはある。それは人それぞれだが、好きなように感じられればそれでいいのだ。


「すごいね」

「そう?」

「うん、上手だよ、よく描けてる」

「えへへ」

「なんだか絵も楽しそうだね」

「やりたかったら教えるよ」

「また今度ね」


 理は友子の「教える」という言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべる。いつでも絵を学ぼうと思えば、学ばせてもらえる相手が隣にいるのだ。何やら得をした気分になった。


「そういえば、次は何書くの?もう書いてたりして」

「いや、それが…まだあんまり…」


 友子の突然の次回作への期待に、理は恥ずかしそうにまだ何もできていないことを明かした。彼も仕事をしながら考えたりはしていたが、なかなか書けそうなものが出てこなかったのだ。


「そっか」

「うん」

「小説ともなると、書く前に作っておかないといけないことが多そうだね」

「そうなんだよね、色々考えたりして、自分なりに案は出してるんだけどね、なかなか…」

「なんかいい案がひとつでもあったらさ、それについてとことんまで調べてみるとか」

「あっ!なるほど…」

「今いいこと言った?」

「そうかも」


 どんな小説家も作品を作る前は下調べをすることが多い。それは自分がよく知らないものを描く際に必要なことだからだ。場合によっては取材をすることもあり、新しいものを「知る」ために「調べる」というのは、とても大切なことなのだ。


 理はこうして次回作への足がかりをつかんだ。

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