第32話 投稿
理は小説を書き終え、恐る恐る投稿ボタンを押した。
――投稿しちゃった
これで彼は晴れて小説家の仲間入りを果たした。だが、彼は怖かった。どんな反応をされるのか、わからなかったからだ。初めて自分が作ったものを世間に出した。ある程度、怖くなるのは仕方がない。それでも彼は投稿した。小説家としての活動を始めるために。
「これでいいのかな…」
不安そうな表情を浮かべながら理はノートPCの画面を見つめる。と、その瞬間、彼は強烈な不安に襲われた。
――なんだ…これ…
体は思うように力が入らず、フラフラする。彼は椅子からゆっくり立ち上がると、ソファーに崩れ落ちるように体を預けた。
「やばいな…体の言うことが聞かない」
理はそうつぶやくと、落ち着こうとする。だが、彼の動悸は早くなる一方で、一向に心と体は落ち着かなかった。
「そんなに怖い…のか」
小説を投稿するまで少しばかりの恐怖心は抱えていたが、投稿したあとはさらにその恐怖が大きくなったように感じた。彼は自分の作品がどう評価をされるのかを、思っていた以上に怖がっていたのだ。
理は自分の大きな恐怖心に気付いたあと、ノートを手に取り、おぼつかない手でページをパラパラとめくった。そこには山岡モータースで初めて自分の本音を深掘りしたときの答えが書いてあった。
「自分の中には『怖いものが無い』」
「自分の内側には自分しかいないから、怖いものなんかない」
「外側ばかり見てたから、怖かった」
ノートに書いた答えを見て、彼は自分が外側ばかりを見ていたことに気が付いた。そう思うと、少し心と体は落ち着きを取り戻し、呼吸がしやすくなっていく。
――外側ばかり気にしてたのか…
自分がコントロールできるのは、あくまで小説家としてできることまでだ。それ以外の部分は自分じゃどうにもできない。ましてや、それを読んだ人たちがどのような感想や評価を持つのかは、その人たち次第だ。
――外側を一切気にしないってのは難しいもんだな…
小説を書き上げるまでは自分の作品に集中できたが、その作品を世に出せば、多くの人に目につくことになる。自分がどれだけ「いい」と思えても、それを読んだ人が「悪い」と感じれば、それも評価となってしまうのだ。それが自分にとって良いものであれ、悪いものであれ、彼の作品の出来を左右するものになるのは間違いない。
「みんなもきっと、怖いんだろうなぁ…」
理は自分が感じた恐怖を多くの小説家も感じているものだと思った。なぜならみんなも自分と同じ人間だから。他人に自分の作品を好き勝手に評価されるのだ。「全く怖くない」と言える人は少ないだろう。
彼はその日、そのままソファーで寝てしまった。
―――次の日
理はいつもより少し早めに目が覚めた。眠そうにしながらもいつもどおりの朝を過ごし、朝食を済ませてからノートPCの電源を入れる。すると、画面上には小説投稿サイトからのメールが来ているのが見えた。
「!?」
驚いてすぐにメールの中身を確認。すると、そこには評価をつけてもらえたことや、コメントしてもらえたことが書かれていた。彼は自身の小説に早速反応をもらえたのだ。
「えっ?やばい!嬉しい!」
昨日は自身の小説がどういった反応を受けるのかを気にして怖くなっていたが、実際に評価やコメントをもらうと、とても嬉しかったようだ。彼は舞い上がってしまった。嬉しい時は素直に喜べばいい。本当に嬉しかったのだから。
「評価の内容はどんなのだろ?」
ドキドキしながら小説投稿サイトを開くと、星が二つもつけられ、コメントは非常に温かいものだった。彼はそれを見て飛び跳ねた。「人生で一番喜んだことは何か?」と聞かれれば、おそらくこの時のことを話すだろう。それぐらいに彼は喜んだのだ。
「やった!やった!」
まるで子供のように全身で喜びを表現する理。最初はビクビクしていた彼だったが、今はそんなことは忘れて、大はしゃぎだ。
――嬉しい!!
理は一旦、自分を落ち着かせると、まずはwebライターの仕事に取り組む。いつもより仕事の進みがスムーズに感じたが、それよりも喜びの余韻のほうが強く、彼はそれに浸っていた。
それから午前十一時が回る頃には仕事を終え、彼はもう一度、小説が読まれたかどうかを確認してみた。
「あっ?さっきよりPV数が増えてる」
PVとは「ページビュー」の略で、何回表示されたのかを分析できる数字だ。小説の各ページごとのPV数が増えていれば、それは誰かが読んでくれた証拠である。朝見た時よりもPV数が増えているのを確認し、理は再び表情がゆるんだ。
「こうやって少しずつPV数が伸びていくのか…」
自身の小説を読んでくれた人がいることに喜びを感じ、彼は小さくガッツポーズをする。
――手ごたえはあったぞ!
投稿した作品に手ごたえを感じた彼は、午後からのんびり映画を見て過ごすことにした。映画を見ている最中も彼の心と体は軽く、今まで頑張ってきたことが報われるような気持ちになった。
夕方になると、またいつもどおりお風呂と晩御飯を済ませる。その後は、再びノートPCを開いて、PV数がどれぐらい伸びているのかを確認してみた。
「また、少し増えたのかな?」
自身の小説のPV数はお昼に見た時よりもさらに増えていて、順調なスタートを切れたことに改めて喜びを感じる。
――ありがとう
理は小説を読んでくれた人たちに、心の中で感謝をした。読んでもらえるだけでも彼にとっては、とても嬉しいことだからだ。
「コンテストにも応募しとくか」
自身の完成した小説がどのような評価を受けるのかはわからなかったが、せっかく書き上げた作品だ。コンテストに応募しないわけにはいかない。そこから小説家として書籍化デビューがあるかもしれないからだ。
――なんだか恥ずかしい気もするけど
そう思いながらも理は自身の小説をコンテストに応募してみた。
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