第31話 書き終える
理は次の日からひたすら書いた。途中何度も頭を悩ます場面はあったが、自分なりに考えて物語をまとめ、書き進めていく。始めたばかりの頃は、終わりを遠くに感じていたが、書き続けるうちに完成へ近づいていくのが嬉しかった。
一週間が経ち、二週間が経ち、三週間が経った頃、物語は終盤に差し掛かっていた。あと少しで完成だ。理はラストスパートをかける。最後の場面まで一切手を抜かずに書いた。初めてにしては大したものだ。
こうして彼は物語をすべて書き終えた。序盤の物語を書いていた頃が、遠い昔のことにように感じる。時間にすれば四週間近い日数を要し、初めての小説が完成した。
――できた…
理はやり切った感覚が強かった。自分が書くと決めてから、今日までの日は、とても長い道のりに思え、それを終えた今では強い達成感を感じる。初めて自分で何かを生み出したのだ。彼は心の中で自分を褒めた。
――よくやったよ、理
小説を書き終え、改めて小説を作る大変さもよくわかった。そして、最後まで自分が決めたことをやり抜くことの大切さも学んだ。理は今日、またひとつ小説に対しての、考え方が深くなった。
そのあとは、自分が書いた小説を最初から最後まで読んでみる。途中、誤字脱字があれば修正し、本文を完璧に仕上げた。
「よしっ、じゃあ残るはあとがきとタイトルか」
理はあとがきに自分が初めて書いた小説であることや、どういった思いを込めて書き上げたのかを記した。書き終えてからは「上手に書けなかった」と思う部分がいくつも見つかったが、今の自分が出せるものは、すべてそこへ出したのだ。彼はそれで満足だった。
「上出来かな」
あとがきを終えると、彼は一旦パソコンデスクから立ち上がり背伸びをする。そこからキッチンへ向かい、コーヒーを淹れ、ソファーへ座って一服することにした。テーブルに置かれたノートを手に取り、本文を書き始める前に作った物語のあらすじや、主人公の設定などを見返してみる。
――なんだか懐かしく感じるな
わずか数週間前に自分が作ったものだが、すでに懐かしさを感じさせる。最初は物語や登場人物を考えるのも大変だったが、何かひとつ頭に浮かべば、続けて色んなことが浮かんできた。そうやって小説を書き始めることができたのだ。
本文を書き始めてからも色んなことが浮かんできた。それらを新たに書き加えることで、物語に厚みが生まれることもよくわかった。最初はあらすじだけだったものに、色んなものが加わり、ひとつの物語が完成する。
文字数にすれば七万文字程度のものだったが、理にとってはそれでも十分すぎるほどに厚みのあるものだった。
「はぁ~、ほんとによくやったなぁ~」
ソファーの背にもたれながら、理は「やり切った」という思いに嬉しさを感じる。彼にとっては人生でおそらく初めての感覚だ。その余韻に何度も浸ってしまう。表情は自然と笑顔になり、普段と同じコーヒーがいつもより少しだけ美味しく感じた。
休憩を終えると、理は再びノートPCの前に座る。タイトルを仕上げるためだ。だが、ここで彼は再び頭を悩ませることになる。
「う~ん」
彼は小説家としてはまだまだ初心者だが、タイトルが大切なものであることは、よくわかっていた。読者との最初の接点がタイトルになるのだ。そこを大切にしないと、中身が読者まで届かない。
――内容が想像できるものや、読み終わってからタイトルの意味がわかるものがいいかな?
理はどういったタイトルがいいのかはまだわからなかったが、「インパクトがあるものでないといけない」という考え方は持っていた。これはwebライターとしての経験があったからこそだ。
ネット上にあるどんな記事にもすべてタイトルがある。そのタイトルは内容以上にこだわっているものが大半であり、それは見てもらえるかどうかがタイトルに左右される部分も大きいからだ。
「深く考えた先に~…、何か違うな」
「自分の中にある答え~…、う~ん」
「いやぁ~、難しい!やっぱり難しい!」
理は物語のあらすじや登場人物、本文を書き上げる以上に、タイトルを作る難しさを感じた。タイトル案が思い浮かべばノートに書き記していくが、どれも今一つのように感じる。
「伝えたいことをタイトルにも入れたいんだよなぁ」
自分の作品にはこだわりを持っているため、やはり本文中に込めた思いをタイトルにも反映させたい。そう考える小説家は多いだろう。理も例外に漏れずだ。
彼は「考える」や「深掘り」、「答え」というものを作品内で伝えたかったため、そこを強調しながらもインパクトあるものがよかった。
「考えるっていうのは、答えを出すってことだろ?」
「深掘りするっていうのは、奥の奥まで掘り進めるってことだろ?」
「答えって言うのは、自分を知るってことだろ?」
タイトルに入れたい言葉たちをつぶやきながら、ノートに思ったことを書き記す。別の言葉にも言い換えながら、自分だけのタイトルを模索した。一時間が経ち、二時間が経ってもまだ思いつかない。ノートには色々なタイトル案が書かれているが、彼はそのどれもに「違う」と感じていた。
理にもなぜ「違う」と感じるのかはわからなかったが、自分の感覚がそう言うのだ。だから、違うと感じているものをタイトルにすることはできなかった。彼はもう一度小説の中身を振り返る。その物語は自分のことをよくわかっていなかった主人公が、自分の答えを出すことを知り、人生を変えていくと言うものだった。
「自分を知らない自分かぁ…」
そうつぶやいた瞬間。理はタイトルが決まった。
「『自分を知らない自分』、うん、これにしよう」
それはこれまで考えた中で、一番しっくりきたタイトルだった。
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