第30話 書き出し

 それからしばらく考えてみたが、なかなかいい案が思い浮かばない。思いついたものを実際に書き出したりもしてみるが、そのあとが続かず、上手くストーリーにつなげられないのだ。


「う~ん、何か違うなぁ」


 そこで理はノートに書いた物語序盤のあらすじに目を通してみた。


「主人公は怒られてばかりか…」


 この小説の主人公は会社では怒られてばかりだ。理はその状況を上手く使って書き始めればいいんじゃないかと思いついた。


 ――「バカヤロー!」って怒られているところから始めてみるか…


 そう思うと、理は主人公が怒られている場面を想像しながら、冒頭部分を書き始めた。


(冒頭:「バカヤロー!」

 オフィスに部長の怒号が響いた。社内にいたみんなの視線が一斉に、一か所に集中する。

 ――また、アイツだ

 彼は今日も仕事で失敗をして、部長から怒られていた。)


「まぁ、こんな感じでいいか…」


 理は小説の冒頭にそれなりに満足した。どこか「ありがち」だとも感じたが、主人公のキャラを考えれば、ごく自然な場面だと言ってもいいだろう。


「これなら意外とスムーズに書き進められそうだ」


 冒頭の場面が決まると、その後の展開が作りやすかった。頭の中では主人公が勝手に動き出し、肩を落として自分のデスクに戻る姿が想像できる。理はそこからドンドン物語を書き進めていった。上司に怒られ、同僚からはバカにされ、主人公が人生に嫌気が差している様を書いていったのだ。


 ―――それから二時間後


 最初は冒頭の書き出し部分で手が止まってしまったが、一度書き始めると、スムーズに手が動いた。夢中になって書いていたこともあり、気が付いたらそれなりの時間が経っていたようだ。


「結構書いたな」


 一旦休憩しようと理はパソコンデスクから立ち上がる。テーブルに置いてあったタバコに火をつけると、温かいコーヒーを淹れた。


 ――これだけスムーズに書けるんなら、意外に早く完成するかも


 理は自分の書くスピードが速いのか、遅いのかはわからなかったが、物語をスムーズに生み出している感覚はあった。手がほとんど止まることなく書けたからだ。書くのが速いのがいいわけではないが、決して悪いことでもない。スムーズに書けるときはいくらでも書いていけばいい。


 コーヒーを一口飲むと、タバコを一口吸う。そして、静かにノートPCの画面を見つめる理。頭の中では、このあとの展開を考え、続きの物語が新たに生み出されていった。


 ――もう少しだけやってみるか


 理はそう思い、続きの文章を書き始めた。その後は、書くことに集中しすぎて、普段ならお風呂や晩御飯を食べる時間になってもまだ小説を書いている。手がいくらでも動くのだ。彼はドンドン書き進めていった。


 そして、一時間が経ち、二時間が経ち、ようやく一段落したところで、時計に目をやる。すると、針はすでに夜の七時半を回っていた。


「あっ、風呂」


 彼はお風呂をシャワーで軽く済ませると、晩御飯は冷凍のチャーハンをさっさと平らげる。その後も小説の続きを書こうと思っていたからだ。


 ――あと一、二時間だけ書こう


 そう思うと、理はまたまた小説を書き進めた。本文を書き始めてまだ一日も経っていないが、すでに文字数は一万文字を書き上げていた。一日で書く量としては十分すぎるほどだ。


 そこからキッチリ二時間が経ち、時計の針は夜十時を指している。長時間小説を書き続けたことで、体はかなり疲れていた。


「よくやった!今日はよくやった」


 そう言うと、理はパソコンデスクから立ち上がり、ソファーの上に倒れ込んだ。体はクタクタだったが、これまでの仕事で感じていた疲れとは違い、どこかスッキリしたような感覚もある。彼にとってそういった疲れは、人生で初めてのことだった。


 ――明日も頑張ろう…


 理はあまりの疲れから、その日はそのままソファーの上で寝てしまった。


 ―――次の日


 理はいつもより少し遅めに目を覚ました。昨日、長時間小説を書いたせいだ。


「んっ」


 彼はゆっくり体を起こすと、まず最初にタバコを一本吸った。そのあとは普段どおり、顔を洗い、歯を磨いてから朝食だ。まだ頭がボーっとするが、webライターの仕事をやるうちに、徐々に体も起きてきた。


 午前中で仕事を済ませると、昼食にはお茶漬けを食べる。疲れた体を内側から温めてくれるお茶漬けがとても美味しく感じた。食後は体がダルイのかソファーへ横になる。すると、自然と目を閉じてしまった。


 ―――そこから数時間が経ち


 理は午後三時に目を覚ました。まだ頭がボーっとしたが、「書かなければ」と思ってなんとか体を起こす。どうやら昨日の執筆の反動が大きかったようだ。なかなか書き始めるまでに至らない。


 彼はそのまま夕方までボーっとして過ごし、お風呂と晩御飯を済ませる。それから少し体のダルさが抜けたのか、ようやくパソコンデスクに座れた。


 ――昨日、書きすぎちゃったかな


 小説を書くだけで生計を立てられるのなら好きなペースで書けばいいが、今の彼の仕事はwebライターだ。そっちもちゃんとしなければいけない。小説に没頭して、仕事をおろそかにするわけにはいかないのだ。


 ――毎日の書く量と時間を調整しなきゃ


 理は昨日の自分の行いを反省した。今日は午後から何も進んでいない。「書きたい」という思いはあるのに、まだ何も書けていないのだ。


 ――さすがにこれじゃいけないな


 その日は結局小説は書かず、夜は早めに寝ることにした。

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