第29話 こんなに難しいとは思わなかった

 ――次の日


 今日は友子がフランスへ出発する日だ。理はいつもどおり朝早くに起きると、朝食を済ませ、仕事に打ち込む。朝の九時前になったところで、彼女から「いってくるね」とメッセージが届いた。


「いってらっしゃい」


 理はそうつぶやくと、友子へ「いってらっしゃい」とメッセージを返信。その日はいつもより少し早めに仕事が終わり、お昼まで午前中はのんびり過ごした。お昼にはカップラーメンを食べて腹ごしらえ。


 ――さぁ、やるか


 食事の片付けも終わり、テーブルに置いてあったノートを開くと、理は昨日の続きから考えることにした。理は昨日、物語序盤からその後に主人公がどん底へ落ちるような物語を考えた。


 ――ここで何か出会いのようなものがあってもいいな


 そう思うと、頭に浮かぶのは山岡の存在だ。理は山岡と出会ってから、「自分の答えを出す」ということを教わり、今の自分がいる。彼にとってそうした転機となるような出会いは外せなかった。


「う~ん」


 理は考える。自分が伝えたいものを、何か別のもので表現しようと思ったが、どうやらかなり難しいことのようだ。彼は山岡が教えてくれた深掘りをどう表現するかに頭を悩ませていた。


 それから三十分、一時間と時間は経つが、まだまだ何も出てこない。何かひらめくかと思い、ノートを見返したりしてみるが、それでも彼の中に出てくるものは無かった。


 ――じゃあ、そのまま使うか…


 理は山岡との出会いや教えてもらったことを、直接的な表現にすることを決めた。どうやって伝えたいことを表現するのかは、小説家としては腕の見せ所だが、彼にとっては初めての小説なのだ。そんなに上手くいくことばかりではない。


 ――どんな素晴らしい小説家だって、最初はなかなか思ったように描けず、苦しんだはずだ


 そう彼は思った。だが、上手くいくこと以上に、自分だけの作品を作りたかったのだ。


 ――自分の中から出てきたものを作品にしたい


 理はどんなものが出来上がるかはわからなかったが、自分の中にあるものや、内側から出てきたもので小説を描きたかった。それは自分の作品だからだ。彼にとってこれは、人生で初めてに近いような作品作りになるのだ。少しも甘えたり、手を抜いたりはできないと考えていた。


 それに彼は自分の作品に、自分で責任を持ちたかったのだ。自分で小説を書くと決め、自分で小説を作り始めた。それで完成した小説は、紛れもなく、すべて自分がしたことの結果だ。自分以外の誰のものでもない。だからこそ、最後まで自分で責任を持ってやり遂げたかったのだ。小説を書くと言うことを。


 続いて理はどのようにして山岡のような人物と出会うのかを考えた。


「どうしよっかな…」


 主人公は現在失意のどん底。ここからどのようにして出会うのかは、とても大事な場面だ。理はそこで主人公があまりの不幸を経験したことでやけくそになり、荒れた生活を送ることを思いついた。


 酒やギャンブルに逃げ、それでも精神的に楽になることはなく、そんなときに街で似顔絵を書いているおじさんと出会うという流れだ。


「ははっ」


 理はつい笑ってしまった。思いついた物語の流れから誕生した人物が、山岡と友子を合わせたような存在だったからだ。


「我ながら傑作だな」


 楽しそうな表情を浮かべ、理はあらすじを思いついた。そのあらすじとはこうだ。


(あらすじ:主人公は失意のどん底から酒やギャンブルに逃げるようになった。だが、すさんだ生活はさらに彼を苦しめるようになる。そんなとき、ひとりの中年男性と出会い、彼の人生は少しずつ変わっていく。)


「うん、悪くない」


 物語としてそれなりに形ができてきたことに喜びを感じる理。小説を作るのは初めてだが、比較的順調に進んでいる。彼はそのあとのあらすじも考えてみた。


 まずは主人公が自分で考え、自分の答えを出すところからはじまる。その後は理と同じように小説を書くことを思い立ち、小説を書き始めるという物語だ。そこまで考えると、彼はこれで物語を終了することにした。それは「書いてみないとわからないこともあるだろう」と考え、終わり方は成り行きに任せることにしたためだ。


 その後は主人公が出会うおじさんについても考えた。画家の部分は友子の要素を使い、それ以外の部分は山岡の要素を使うことにした。知っている人物をモチーフにするのだ。彼はどこか恥ずかしい気持ちにもなった。


 あらかた小説の骨格を作った理はその後、夕方まで映画を見て過ごし、いつものようにお風呂と食事を済ませる。その間も彼はワクワクしていた。これからいよいよ小説を書き始めることになるからだ。


 理は小説投稿サイトをネットで検索すると、まずは書くために会員登録。その後は実際に執筆ができるページを確認してみる。そこには本文だけでなく、タイトルやキャッチコピー、紹介文などの項目があり、彼はそれを見て思わず手が止まった。


「あっ、タイトルか」


 理はここで初めて小説のタイトルを考えてなかったことに気が付いた。だが、それよりも彼は早く書き始めたかったため、タイトルに「自分用小説」とだけ記入し、まずは本文から書くことにした。


「え~っと、なんて書き始めようか」


 本文を書こうとした理だったが、ここで思いもよらぬことが起こった。それは本文の冒頭だ。登場人物や物語のあらすじは出来上がったが、彼はどのようにして書き始めればいいのかがわからなかった。


 ――どうしよう…


 理は完全に手が止まってしまったばかりか、考えることすらできなくなってしまった。彼は混乱したのだ。頭の中が整理できず、わけがわからなくなる。


「ダメだ!一旦落ち着こう」


 パソコンデスクから立ち上がった理はソファーに腰を掛け、タバコを吸い始めた。


「ふぅ~」


 ――こんなに難しいとは思わなかったな


 理はそう思うと、改めて小説の難しさを知った。これも書いてみないとわからないことだ。最初は仕方がない。彼はただ静かにタバコを吸った。

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