第28話 物語を生み出す

 次の日も理は仕事を終えると、小説案を考えることにした。昨日は伝えたいテーマを決めたところで、主人公や大まかな物語は浮かんできた。今日はさらに細かいところを決めてみようと考えたのだ。彼はまず最初に主人公の細かな設定を決めることにした。


「えぇ~っと、年齢は二十代」

「性別は男性」

「性格は暗い」

「仕事は一般会社員」

「人生がなかなか自分の思いどおりにはいかず、苦悩している」


 そこまで書くと、一旦手が止まる。自然と「やっぱり自分に似てるな」と感じてしまい、思わず微笑んでしまう。


 ――もう少し細かいところも決めていかないとダメかな


 そう思うと、理はノートに「仕事が上手くいかない」、「人間関係が苦手」、「映画好き」と書いてみた。


 ――少しだけ人物像がハッキリしてきたぞ


 続いて他にも何かないか考えてはみるものの、とくに思いつくものはなかった。


 ――意外に難しいな


 理は一旦主人公のキャラ設定を考えるのをやめ、物語のあらすじを考えることにした。昨日の時点で「人生に苦悩している主人公が、『自分の答えを出す』ということを知り、その答えを軸に生き方を変えていく」というところまではできていた。


 あとはこの大筋の細かい部分を作り込んでいけば、それなりに物語としての形にはなる。彼はなぜ主人公が人生に苦悩しているのかをノートに書き出してみた。


 彼が考えた主人公の苦悩は次のとおりだ。

 ●会社での仕事は下手くそ

 ●上司からは怒られてばかり

 ●同僚からは少しバカにされている

 ●副業でwebライターをしているが、その仕事も思ったようにいかない

 ●家では映画やドラマを見て過ごしている

 ●人生に嫌気が差している


 ここまで書きだしたところで理は何かに気付いた。


 ――あれっ?これって人物像にもつながるんじゃ…


 そこで彼はピンときた。小説は主人公の人生でもあるのだ。だから、物語を作り込んでいけば、おのずとその人物像も見えてくる。それはそうだ。その人生を生きているのが主人公なのだから。


 登場人物とその物語というのはすべてつながっていたのだ。だから、物語が出来上がれば、出来上がるほど、そこにどんな人物が登場するのかはある程度想像しやすくなる。それは世界観なども一緒だ。


「なるほど~」


 理はそうつぶやくと、序盤のあらすじが少し浮かびあがってきた。そのあらすじとはこうだ。


(あらすじ:主人公は一般会社員。会社では一生懸命頑張ってはいるが、仕事ではいつも失敗ばかりをして怒られている。上司からは嫌味を言われ、同僚からはバカにされながらも、なんとかそうした生活から抜け出したいと考えていた。そのために副業でwebライターとしても働き始め、自分の生きる道を模索している。)


「まぁ、初めてにしてはいいんじゃないか」


 序盤のあらすじがひとまず完成し、理は嬉しそうな表情を浮かべる。初めて物語と言うものを考えたのだ。自分の経験をもとにしているとは言え、まずまずの出来だろう。


 ――そう言えば物語には「起承転結」ってものが必要なんだよな


 そう思うと、理は起承転結について考えてみた。大半の物語には山となる部分と谷となる部分がそれぞれ用意されている。これが物語を面白くする要素のひとつでもあるのだ。理は小説については素人だが、まるで日課のように映画やドラマを見て過ごしてきた。物語がどういった構成なのかは感覚的にわかっていたのだ。


 序盤のあらすじが完成し、理は次に主人公をさらに苦しめようと考えた。そうやって谷の部分を作り、物語に起伏をつける。主人公が何かの出来事をきっかけに苦しみ、もがく様を描こうと考えたのだ。


 ――とにかく主人公を落とせるだけ落とすようなものがいいな


 理は何が主人公を苦しめるだろうかと考えた。「人間」、「仕事」、「お金」と色々な案が浮かんでくるが、どういう形にしようか悩んでしまう。


「う~ん」


 先ほどノートに書いた主人公の人物像と、序盤のあらすじを見る理。すると、何かが頭の中に浮かんできた。


 ――仕事が下手な主人公が、大きな失敗をして会社をクビになるか…


 自分で作った主人公と序盤のあらすじを照らし合わせてみると、なぜか主人公が仕事で大きな失敗をするのが浮かんできた。まるで主人公が勝手に物語の中で動いたように。それはとても不思議な感覚だった。


「物語が生まれたな…」


 理はさらに主人公がその物語の中で、どう動くのかを見てみた。だが、次は先ほどのような動きを見せてはくれない。


 ――何かが必要だな


 そこで理は主人公の昔からの友人を登場させることにした。すると、主人公がその友人に騙され、お金を失ってしまうところが浮かんできたのだ。


「なるほど」


 理は物語がどのようにして生まれいくのかが見えてきた。自分が「主人公を苦しめる」と決めれば、必ず何かに苦しむ物語がそこに生まれる。それをさらに発展させるには、新たな登場人物や出来事など、次の展開がはじまるきっかけを用意すればいい。


 そうすると、次のあらすじも大方決まってきた。そのあらすじとは次のとおりだ。


(あらすじ:主人公はあるとき、勤めていた会社で重大な失敗を犯してしまう。そこで彼は会社からクビを言い渡され、どん底のような気分を味わってしまう。そんな傷心中の彼のもとへ昔の友人が顔を出すが、彼はそこで友人に騙され、さらにお金を失ってしまった。)


「おぉ!なんか物語ができてきたぞ」


 理は自分が物語を生み出していることに驚いた。まさか自分がここまでできるとは思いもしなかったからだ。それと同時に彼は、自分が何かを生み出す喜びも感じていた。それはこれまでの人生ではなかなか味わえなかったことだ。


 今日一日で彼はまたひとつ、小説に対しての理解が深くなった。

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