第26話 調べる

 ―――次の日


 理はいつもどおり朝早くから目が覚める。ベッドの隣では昨日泊った友子が気持ちよさそうに寝息を立てていた。彼は友子を起こさないよう、静かにベッドから出ると、顔を洗い、歯を磨いて、朝ご飯の用意を済ませた。


 ――まだ起きないか?


 そう思って、理は友子が寝ている間になんとか仕事を済ませようとする。一時間、二時間と時間が経つが、彼女はまだ起きてこない。


 ――フランスへ行く準備で疲れてるのかな?


 そして、時計が午前十一時を指した頃、理はようやく仕事を終えた。今日は比較的スムーズに仕事が進んだようだ。彼はまだ起きてこない友子が眠る寝室へと向かう。ベッドを見ると、さっきと同じように気持ちよさそうな寝息を立てていた。


 理はそれを見て黙ってカーテンを開ける。部屋は一気に明るくなり、それに反応するように友子も目を覚ました。


「おはよ」

「おはよ」

「よく寝たね」

「何時?」

「十一時」

「あぁ~、ほんとだ、よく寝てる」

「もう朝ご飯用意できてるよ」

「ありがとう」


 理はリビングのほうへ戻ると、友子は眠そうに寝室から出てきた。彼女はそのまま洗面台へ向かうと洗顔を済ませ、理が出してくれていた新品の歯ブラシを使って歯を磨く。リビングでは理が動画サイトで自然の風景映像を見ていた。


「歯ブラシありがと」

「うん」


 歯を磨きながら友子が理のところへ顔を出す。


「綺麗だね」


 ノートPCから流れている自然の映像を見て、友子は少し喋りにくそうに言った。


「うん、綺麗だね」

「癒される」

「そうだね、自然は気持ちいいよ」


 二人は黙ったまま、しばらく映像を視聴。それから友子はしっかり磨けたのか、洗面台へと消えていった。それを見計らって理はトースターのスイッチを入れ、お湯を沸かす。今日もいつもと同じクロワッサンとコーヒーだ。


 しばらくして洗面台から戻ってきた彼女は、クロワッサンの温まるいい匂いに気が付いた。


「美味しそうな匂い、なんのパン?」

「クロワッサンだよ」

「いいね、私もクロワッサン好き」

「お湯も沸かしてるからコーヒーも淹れるね」

「ありがとう」


 数分してトースターから出来上がりの音が聞こえる。クロワッサンが温まった。理はクロワッサンをお皿に乗せ、マグカップへお湯を注ぐ。部屋にはクロワッサンとコーヒーのいい匂いが広がった。


「いただきます」

「いただきます」


 二人とも並んで座り、手を合わせると、温まったばかりのクロワッサンを頬張った。


「美味しいね」

「うん、美味しい」

「二人で過ごす静かな朝もいいね、嬉しい」


 友子は嬉しそうにクロワッサンを頬張りながら喋る。


「でも、もうお昼が来るけどね」

「いいの!まだ午前中だから」


 理は少しやれやれと言いたげな表情を浮かべる。


「そう言えば仕事は終わったの?」

「終わったよ」

「はやっ!」

「今は仕事量少し減らしてるから」

「そうなんだね」


 朝食を済ませたあと、理はノートPCをテーブルまで持ってきた。ネットで小説について調べるためだ。まずはネット検索で「小説 書く」と検索してみる。そこにはズラッと、小説の書き方についてまとめられた記事が表示され、とりあえず上から順番に見ていった。


「あっ!小説?」

「そうそう、とりあえず小説について調べたくて」

「調べるのは大事だね」


 理が開いたサイトには、小説の書き方についての解説があり、小説のテーマやジャンル、キャラクターから世界観など、色々と書かれていた。


「へぇ~、すごいね」

「わぁ、たしかにすごい」

「こうやって書く前に色々と決めてから書き始めるんだね」

「なるほどねぇ」


 二人は小説がどうやって作られているのかを知り、思った以上に大変なんだと感じた。


「そういえば、これを調べてるってことは『やろう』と思ってるってこと?」

「そうだね、なんか自然と調べようとしてたよ」


 理は昨日、自分なりに色んなことに対しての答えを出した。そのおかげか、すでに彼の内側では変化が起きていたのだ。その変化は彼が「小説を書く」ために、「小説について調べる」という行動を起こしていた。理はそんなことに気付いてはいないが、彼が自然と小説について調べはじめたのは事実だ。昨日までは「書くかどうかわからない」と思っていたのに。


「理はなんで小説を書こうって思ったの?」

「そうだなぁ、自分が書くことを仕事にしてるし、映画やドラマみたいな物語が好きだからかな」

「へぇ~」

「自分の感覚を信じてみようかなって」


 友子は彼の言葉を聞き、以前の彼とは少し違うと感じた。それまでの彼からは感じられなかった何かを感じたからだ。


「そういうの、大事にしたいよね」

「うん」

「私も昔は迷ってたからなぁ」

「そうなの?」

「うん、人から色々と言われちゃうと、どうしても『私なんかダメだ』って思っちゃって」

「そうなんだ」

「でも、だからって、自分のやりたいことに嘘をつきたくなかったから、『やってやる!』って」

「アハハ、友子はすでに絵に深いものを持ってるもんね」

「そうだよ!それに絵が好きだし!」


 二人は語らずとも、互いの存在だけで、応援されているような気持ちになった。そのひたむきな姿勢は、自分のことにとても真面目で、それがどこか背中を押してくれているようにも感じられたからだ。


「そう言えば、フランス行くのって朝だっけ?飛行機」

「そうそう、九時過ぎくらいには出発かな」

「見送りとかはいらないからね」

「わかった」


 友子はフランス行きの時間を告げると、見送りは拒否した。彼女は見送りがどこかお別れをしているようで、「寂しくなるといけないから」と感じて、断ったのだ。


「向こう行っても、連絡はちゃんとするからね」

「うん」


 その日は夕方まで一緒に過ごし、友子は自分の家へと帰って行った。

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