第25話 小説?

 理は自分の中から出てきた「小説」という言葉が頭から離れない。


 ――なんで小説が頭に出てきたんだろう?


 そう疑問に思い、彼はノートに「なんで小説を書こうと思った?」と書いてみる。


「それはだから、物語が好きで、書くことを仕事にしていたからだよ」


 理は誰かに話すように自分の考えを口に出した。


「それは、子供の頃から好きだったものだし、仕事にできることが書くことだったから」


 ノートに言葉にしたことを書き記す。まだまだ深く掘れそうだ。


「それは、楽しかったからだし、それしか無かったから」


 理は物語に楽しさを感じていることや、会社を辞めて、ひとりで仕事をするのに、そのときはwebライターという仕事しかなかったことをノートに書く。


「それは…えぇっと、なんだろうな…」

「それはなんでかっていうと、そう感じたからだし、そう思ったからだよ」


 理屈っぽい答えから、徐々に感覚的な答えが出てくる。理はそれに対して「こんな答えでいいのかな」とすら感じてしまう。だが、それでもまだ深く掘れそうな気がした。


「それは、だって…それが自然な反応だったから」

「ん?あれっ?」

「自然な反応ってことは、それはつまり自分だけの感覚か」

「自分だけの感覚…」


 理は先ほど「自分をごまかさない」、「自分の感じたことを大切にする」と決めたばかり。だからこそ、自分だけの感覚と言う言葉がとても重かった。


 ――自分の感じたことを大切にするっていうのは、そういうことか


 自分だけの感覚は紛れもなく自分だけのもの。自分と全く同じ状況の人がいたとしても、自分と同じように「小説」を思いつくとは限らないし、思いついたとしてもそれをやろうと思えるかはわからない。


 だが、理の場合は自分が好きなものと、自分ができることを掛け合わせたとき、それが頭の中に浮かんだのだ。「小説」と。さらに彼は「自分をごまかさない」、「感じたことを大切にする」と決めたばかり。そして、それは「本当の自分を知る」ことにもつながると感じたのだ。


「小説が出てきたのは自分の内側からだ」

「ってことは小説は、自分の内側から出せるものってことか」


 理は先ほど「何を仕事にしたらいい」と自分に質問した際、「自分の内側から出せるもの」という答えが出たばかりだ。


 ――つながった!


 深く考えた先にあったものが、理の中で今つながった。最初は「小説」というものに対して「自分なんか無理だ」と考えていたが、それは自分の外側を見て勝手に自分で無理だと判断しただけだった。


 だが、彼の内側はそれを思いついた。そして、彼は自分をごまかさない。自分の感じたことを大切にする。もう「小説を書く」以外の答えがそこには無かった。


 ――やるんだな、小説を


 そう思うと、理はソファーの背に倒れ掛かるようにもたれた。今の彼にとって小説を書くというのはかなりぶっ飛んだ話だ。それは本人が一番よくわかっている。そもそも小説なんて書いたことがないのだから。


 すでに答えは出ているが、現実離れしたことのようにも感じられ、すぐに「よし!やろう!」とはなかなかなれない。内側を大切にしてはいるが、それでも現実だって無視はできない。だからこそ、「小説」という答えが出ても、どこか腰が重いのだ。


 そこで理は一旦考えるのをやめた。小説をやるにしても、やらないにしても、一回落ち着こうと考えたのだ。


 ――そうだ!友子何してるかな?


 そう思い立ち、テーブルにあったスマホから眞鍋改め友子へ連絡を入れる。すると、すぐに返信が返ってきた。ちょうど彼女も理の家へ行こうと思っていたようだ。連絡からしばらくして彼女が家に顔を出す。


「ピンポーン」

「ガチャッ」

「やっほー」

「いらっしゃい」


 理は彼女を中へ通すと、一緒にリビングへ。


「今日何してたの?」

「今日は山岡さんのところ行って、それからずっと家にいたよ」

「私はフランス行く用意してた」

「もうバッチリ?」

「うん、もう準備OK」


 友子は嬉しそうな表情を浮かべる。


「今日さ、色々と考えててさ」

「何を?」

「上手く言えないけど、色々と」

「そうなんだ」

「それでさ、ひとつ挑戦してみようかなって思ったことがあって」

「何?」


 理は友子を見ると、目を丸くしてこちらを見ている。


「あの、えぇ~っと…」

「何なに?」

「小説…」

「えっ?」

「いや、だから!小説…書こうかなって」


 恥ずかしそうな表情を浮かべる理。彼は恐る恐る友子のほうへ目をやると、そこには嬉しそうな笑顔を見せる彼女がいた。


「マジで小説書くの?すごい!えっどんなヤツ?」

「いや、まだ書こうかなって思ってるだけで…」


 理はてっきり笑われるかと思った。何の前触れもなく、突拍子も無いことを言うのだ。笑われても仕方がない。でも、彼女は予想を反して、逆に彼の「小説を書く」と言う言葉に、ワクワクしている様子すら見せる。彼はその反応を見て、ホッと胸を撫でおろした。


「もしかしてwebライターの延長線上のような感じで?」

「まぁ、そんな感じ…かな」

「いいね、アーティストの世界へようこそ」

「そうか、小説を書いたら、僕もアーティストか」

「そうだよ、一緒だね」

「いや、だから、まだ書くと決めたわけじゃ…」

「書くよ、自分でそう思ったんなら、きっと書く」


 友子は理が色々と考えた末に「小説を書く」という答えを出したことを知っていたのだ。彼女が「絵を描く」と決めたときと同じように。だからこそ、彼女は決して彼が出した答えを笑うことは無かった。


 理もそれを感じたのか、改めて彼女が自分にとっての味方であることを知った。長い人生の中でひとりぐらい、無条件で味方になってくれる人がいれば、こんなに嬉しいことはない。


「今日泊ってもいい?」

「明日仕事だけど、それでいいんなら」

「なら決まり」


 その日、友子は理の家へ泊ることになった。

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