第24話 何がやりたい

 夕方を迎え、理はいつもどおりお風呂に入る。体を洗って、湯船に浸かると気持ちいい。全身から力が抜けていくようだ。


「はぁ~」


 お風呂でゆっくり過ごしたあとは、食事の用意。買っておいたカップ焼きそばにお湯注ぐと、ソファーで出来上がりまでの時間を待つ。


 ――ご飯食べたら、またやろっかな


 理はそう思うと、出来上がったカップ焼きそばを頬張る。ソースの匂いが部屋中に広がった。食事中は自分がこれから何をやっていこうかを考える。これまではとりあえず、自分ができることをやっていただけ。


 ――やっぱり頭の中だけで考えようとしても上手くいかないな


 考えようとしても食事中は上手くいかず、彼は残りの焼きそばを口へかき込んだ。


「ごちそうさま」


 食事を終えるとあと片付けをし、食後の一服。


「ふぅ~」


 タバコを吸いながら彼はノートを広げた。


 ――まずは自分の好きなものを書き出してみるか


 理はシャーペンを手に持つと、新しいページに好きなものを書いていく。そこには「自動車」、「物語(映画やドラマ、漫画など)」と順番に書き出され、「自然」と書き終えたところで手が止まった。


 ――あれっ?今パッと思いつくのはこんなもんか


 自分が書いた好きなものを見て、意外と少ないことに気付いた。「それならそれでいい」と思った理は、「自動車」を深掘りしてみることにした。まずはノートに「自動車の何が好き?」と書いてみる。


「そうだな…『見てるだけでも楽しい』…かな?」

「それはなぜか…えぇっと…『かっこいい』から」

「なんでかっこいいのか、それは…『車の個性』があるから」


 理は自分の好きなものを深掘りし、その答えにも納得する。


「車の個性っていうのは、『こだわり』だ」

「こだわりっていうのは、『深み』だな」

「深みっていうのは、『味が濃い』ってことだ」


「深み」という答えのあとに、「味が濃い」という答えが出て、理はコーヒーを思い出していた。深みのあるコーヒーとは、それだけ味も濃いものだ。彼はそうひとりで納得する。


「味が濃いっていうのは…それはつまり…『よく考えられてる』ってことだ」


 理の「自動車が好き」という感覚は、そのよく考えられてる部分に魅力を感じていたからだった。彼はそのことに気付き、モノづくりや商品開発というものが、とてつもない深い仕事をしていることにも気付かされた。


「すごいな、車って」


 人の仕事に関心したところで、彼はもう少し深く掘れないか考えてみる。


「よく考えられてるっていうのは、『思ったとおりのものを作るため』だ」

「思ったとおりのものを作りたいから、よく考えてから作ってるんだな」


 理はまたまたひとりで関心している。


 ――仕事ってすごいな、僕もそんな仕事をしてみたい


 そう思ったあとも、さらに理は深く考える。


「思ったとおりのものを作るっていうのは、まず最初に『それを思いついたから』だ」

「創造ってやつか…まるで発明家だな、アーティストっぽくも感じる」


 理はここで初めて、人が作ったものはすべて、最初に「思いつく」という段階があることに気付いた。


 ――この世界にあるものは全部、誰かが思いついたから、形になってるんだな


「自動車の何が好き?」という質問から、またまた思いもよらない答えが出た。でも、理はそれも納得できた。いや、深く理解できたというほうが正しいか。どちらにせよ、彼は好きなものに対しての答えをひとつ得たのだった。


「じゃあ、自分が思いついたものを僕も形にすればいいのかな?」


 理は漠然とした疑問が浮かんだ。だが、自分なんかにそんなことが、本当にできるのかとすら感じる。


「あっ?」


 理は何かを思い出したような表情を浮かべる。


 ――そういえば、山岡さんが「深いものを持ってるんなら、それは大切にしておこう」って言ってたな


 頭の中で山岡から言われた言葉を思い出し、理は自分が今すでに持っている「書くこと」という少しばかり深いものを活用できないか考え始めた。吸い終わったタバコを消すと、すぐに新しいのをもう一本取り出し、吸い始める。


 タバコをくわえたまま、ノートに目をやると、そこには「物語」の文字が。


 ――小説?


 ふと頭に「小説」という言葉よぎる。理はびっくりしてひとりで「いやいやいや」と手を横に振った。彼にとってそれは、それだけ驚くようなことだったのだ。


「僕が小説を書くの?ほんとに?」


 自分の中に突然出てきた小説という言葉は、あまりにも突拍子がないもので、理は少し恥ずかしくなった。


「なんだこれ?いや、物語は好きだし、書くことも仕事にしてるけどさ」

「小説?マジかよ…」


 理は自分ひとりしかいない部屋の中でなぜか恥ずかしそうにしている。誰かに見られたわけでもないのに。思いもよらないものが、自分の中から出てきて動揺しているのだ。仕方ない。


「なんとか書けるかもしれないけどさ、そもそも誰が読んでくれるっていうんだ?」


 まるで誰かに話すかのようにひとり部屋の中で喋る理。動揺はまだ収まらない。なぜ収まらないのか。それは自分の中から「小説」というものが出てきたから。「思いついた」からだ。


 先ほど、「自動車の何が好き?」という質問から出た答えがまさに「思いつく」。彼は思いついてしまった。そして、それが自分の内側から出てきたものである以上、どうやっても無視ができなかった。


 それは彼が「本当の自分を知る」という答えを出し、そのために「自分をごまかさない」、「自分の感じたことを大切にする」と決めたからだ。だから、無視なんてできるわけがない。


「本当の自分を知れるきっかけにもなるのかな」


「小説」というのは自分の中から出てきたものではあったが、先のことを考えても、どうにかなるとは想像がつかない。ただ、それでも「書けそう」という思いだけは感じていた。

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